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闇の影 影の船【麦わらミステリー劇場2】



 そんな訳で。その日の夕食後、会議が行われた。リリーを含めたクルー全員が、ダイニングでそれぞれの定位置に座っている。サンジが淹れた食後のお茶をリリーが運んで来てそれぞれ配る。サンジが片付けをあらかた終えたのを見計らい、ナミが切り出す。

「最近この船の中で、“もう一人のクルー”が何度も目撃されている。この中でそれを見た人は?」

 問うと、チョッパーが挙手する。

「俺見たぞ。ダイニングにいたらウソップが来たから声をかけたんだ。そしたら無視されちゃって……そのあと思い切って、何で返事してくれなかったんだって聞いたら、ウソップはずっと地下の工房にいたって」

 その時のことはウソップも覚えている。自分はそんなところに行っていない、と答えた時の、チョッパーの青ざめた顔。じゃああれは……と呟いた彼の言葉が続くことはなかった。ウソップも状況はよく分からなくても、薄気味悪いものをはっきりと感じた。

「それはいつのことなの?」

「えっと、いつだったっけ」

「リリーがこの船に来た少し後だったから、たぶん10日くらい前だろう」

 首を傾げてきたチョッパーの代わりに、ウソップが答えた。書記を務めるロビンがその内容をノートに書き留める。

 次にフランキーが手を挙げる。

「俺も見たぜ。3日前か、ニコ・ロビンがリリーと花壇にいるのを見たんだ。そのまま下のアクアリウムに行ったら、そこにもニコ・ロビンがいて一人でコーヒー飲んでるから驚いたんだ」

 続いてゾロも口を開く。

「俺もたぶん見たぜ。1週間くらい前に不寝番してたら、ナミが甲板を歩いてるのを見た。そのまま船首の方に歩いていったんだけど、そのまま見えなくなったな。暗かったから。確か夜の1時を回った頃だ」

「わ、私っ、そんな夜中に部屋を出たりしないわよ!?」

「ああ、だから妙だと思って覚えてたんだ」

「ってことは、だいたい10日くらい前から3日に一回程度のペースで目撃されてるってことだな」

 サンジが呟いたのを最後に、一同は沈黙に包まれる。なんとなく、重い空気だ。気味が悪い。実態の分からない何かが、この船に潜んでいる。しかも敵なのかどうかも定かではない。その何かは船員達にほとんど害を与える訳でもなく、ただ誰かの振りをして隣で微笑んでいるだけ。

「ねぇロビン……」

「そうね、私もそうだと思う」

 ナミとロビンがそんな会話を交わす。

「なになに? 二人とも何の話っ?」

 リリーが内緒話はナシだといわんばかりに食いつく。ロビンが小さく頷き、ナミが全員の顔を見渡して言った。

「みんな、ドッペルゲンガーって聞いたことあるかしら?」

「どっぺる……? なんだそりゃ」

 ルフィを初め、全員が首を傾げている。聞いたこともない言葉だった。

「ドッペルゲンガー。意味は生きている人間の霊的な生き写し、二重の歩く者」

「ダブルウォーカーと言われることもあるわね。自分の姿を第三者が違うところで見ること、もしくは自分で違う自分を見る現象のことよ。原因はよく分からないけど、世界で何例も報告されているの」

 知識の広いナミとロビンが説明していく。

「その、ドッペルゲンガーって奴がこの船で現れてるってことか?」

「たぶんそうなんだと思うわ。ドッペルゲンガーの特徴は目の前数十cmから数mの場所に現れて、まったく動かないか、もしくは歩いたり動いたりするってことだから、この船に現れるものとは一致するわね」

「で、でもよロビンちゃん、さっき俺殴られたんだぜ? そんな幽霊なんだかよく分からないやつに殴られるなんてことあるのか?」

 サンジが食ってかかるが、ロビンは残念そうに首を振った。

「分からないわ。何しろ正体も分かっていないし、前例があると言ってもそう多い訳でもないし……」

 正体が分かったようで、結局分かっていない。しかも余計怖くなっただけだった。いや、まったく何も知らないのと得体の知れないものだということだけが分かった今と、どちらが怖いだろうか。

「もう一つ、言っておかなくちゃいけないことがあるの……」

 突然ナミが声を潜める。その声色は、怪談話を思わせる程低くて。

「なんだ? そんなもったいぶって」

「今のところ目撃されてるドッペルゲンガーは全部他人のものだから大丈夫だと思うけど、みんなくれぐれも自分のドッペルゲンガーには会わないようにね……」

「な、何でだ?」

「会ったらどうなるっていうんだよ……?」

 不敵に吊り上げられたナミの口元に、全員が静かな恐怖を覚える。

「自分のドッペルゲンガーに会ってしまった人間はね……死んでしまうのよ」

「「「ええええええええええ!?」」」

 叫んだのはウソップとチョッパー、リリーだった。三人とも青ざめた顔でガタガタと震え、抱き合って部屋の隅にうずくまる。

「し、し、死ぬの!? 死んじゃうの!?」

「いやだぁぁ! 俺幽霊になんて殺されたくないぞ〜!!」

「か、勘弁してくれ!! これ以上恐怖を煽ってどうすんだよ!!」

 発狂したかのように三人が騒ぐ。だがこのままでは話が進まないので、ロビンが咲かせた三本の手が、彼らの口をふさいだ。むぐぐ、と騒ぐ三人の姿を見て、ナミが溜息をついた。

「まぁドッペルゲンガーの話はこれくらいにして、これからのことを考えましょう」

「サンジが殴られたんだから、この先それ以上の事態があると思っても用心のし過ぎってことはないわ。これからは船内での単独行動は控えて、必ず二人以上で動くようにしましょう」

 ロビンの提案に、最初に反応したのはサンジ。

「よーしじゃあ俺がナミさんとロビンちゃんとリリーちゃんを守るぜ!!」

「待て! それじゃあ人数多すぎだ!!」

「お、お、俺も怖いぞ!! 誰か守ってくれー!!」

「俺は別に一人でもいいぞ?」

「お前は話聞いてたのか麦わら!!」

「めんどくせぇな、もうクジとかで決めちまえばいいじゃねぇか」

「ちょ、待ってよ! それでもしウソップとかとペアになっちゃったらどうするのよ!!」

「おいリリー! それは俺が頼りないって意味か!?」

「だって怖いじゃない!! それとも絶対に守ってくれる保障でもあるっていうの!?」

「心配すんなよリリーちゃん! 君は何があっても俺が守ってあげるからさ!!」

「サンジは黙ってろ!!」

 これまでの恐怖を振り払おうとするためか、タガの外れたような喧騒だった。なんだかんだで全員怖いらしい。

 しばらく経っても騒ぎが収まる気配がなかったので、ナミがロビン以外の全員に鉄拳を食らわせてようやく落ち着いた。そのあとそれぞれの実力と状況判断力を吟味して、不平が出ないようチームを決めた。

 だが。








 最悪に近い事態は、起こってしまった……。




もういっちょ続きますよー

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