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闇の影 影の船【麦わらミステリー劇場3】



 それは静かすぎる午後。

 本当なら、新しい武器の構想を練るのは地下の工場が一番いいのだが、一人きりでいると落ち着かないのでウソップはルフィたちとアクアリウムにいた。中央のテーブルに大きな紙を広げ、ああでもないこうでもないと思考を重ねていた。

「ねぇウソップ。……トイレに行きたいんだけど、一緒に来てくれない……?」

「ああ?」

 後ろから近づいてきたナミがおずおずと声をかけてきて、ウソップは紙面から顔を上げた。

 ナミとチームを組んでいるのは同性のロビンとリリーである。だが二人は、暇を持て余すあまりに夕食の出来具合を覗きに行ってからなかなか戻ってこない。サンジと何か話し込んでいるのだろうか。水槽の魚を眺めていたルフィとチョッパーは、飽きてしまったのかいつの間にやら夢の中。ゾロとフランキーは展望台で見張りだ。

「何だよお前、しょんべんくらい一人で行けよ」

 冷たく返すと、ナミが語気を荒げる。

「私だってあんたと連れションなんかしたくないわよ。でもルフィやゾロに単独行動するなって言い聞かせてるのに、私がそれを破るわけにいかないでしょ?」

「だからってなぁ、男相手に『トイレついてきて』なんて言うかよ、普通……」

「……あっそ、じゃあいいわよ。私に何かあったら全っ部ウソップのせいにしてやる!!」

「ああもう、分かったよ。行きゃいいんだろ?」

 仕方ないなぁとウソップは立ち上がる。うちの女王様……もとい、航海士は一度機嫌を損ねると後が大変なのだ。

 今日は生憎の雨。物音も悲鳴も飲み込むような、酷い土砂降りだった。











 部屋の隅においてあった傘を使い、甲板に出る。相変わらず勢いの止まない雨に二人で一度顔をしかめてから、思い切って外に飛び出した。

「しかし、あの会議以来ぱったり姿見せなくなったな」

 階段を上っていきながらウソップが呟く。もちろんドッペルゲンガーのことだ。

「そうね……。あっちも様子を伺ってるのかしらね」

「おいおい、様子を伺うだと? 相手はお化けだぞ? そんなわけないだろ」

「……」

 がははと一人笑うウソップは、ナミが何か言いたそうにしていることに気付かなかった。

 階段を上ってダイニングの扉を開ける。スープのいい匂いが広がっている。テーブルに顔を突っ伏しているリリーがいた。サンジとロビンの姿はない。

 一旦閉じた傘の先から、ぽたぽたと雫が落ちる。扉を閉めると、音に気付いてリリーが顔を上げた。眠っていたのか、くしくしと目をこする。

「ん……ナミとウソップ……どうしたの?」

「あ、いや別に……。サンジとロビンはどこだ?」

「えっと……なんか、本を貸すからって一緒に部屋に……」

「本って?」

「あのね……ロビンがぁ……お魚の王国の絵本の話をしてて……それでサンジが……オールブルーを……ね……」

 言ってるそばから今にもリリーのまぶたがくっつきそうで、さらにはこっくりこっくりと船を漕ぎ始める。ナミが溜め息をついてその続きを遮る。

「あぁもういいわよ、いいから寝てなさい」

「はーい……」

「お鍋、火ぃ点いてるけど大丈夫なの?」

「うん、そのままでいいってサンジが……」

「そう、分かったわ」

 リリーが再びテーブルに突っ伏したのを確認してから、ウソップは甲板に続くはしごを上る。この船では、はしごを上る時は男が先に上るのが絶対の不文律になっていた。そうじゃなきゃ怒られる。レディを敬うサンジでもそうだった。あれ、でも階段を上ったり降りたりする時は基本的に男が先に立つもんだとサンジが言っていた。でもウソップは階段を上る前にはそれを思い出したことが一度もない。まぁいいや、別に。

 二人はナミのみかん畑を横切って測量室に入る。図書室も兼ねているこの部屋には壁一面に本が置いてあった。大量にあるこの本は全てクルーの持ち物だが、ルフィだけは本を置いていないようだ。この上が大浴場になっていて、その隣に小さなトイレが一つある。

 ウソップがはしごを上ろうとするとナミが声を上げた。

「ちょっとウソップ、どこまでついてくる気? ここで待っててよっ」

 怒ったように命令してウソップの肩を押し退ける。ナミははしごに一段足をかけると、振り返って釘を刺すように低い声で一言。

「覗いたら殴るからね」

「へぃへぃ……」

 適当に返事をしながら、はしごから離れて壁際のベンチに座る。だったらミニスカなんて履くな、と思うのが男の心情ってやつで。でも興味なさそうな顔の下で今日は何色なんだろうなんて考えてしまうのが男のサガで。しかしそれを上回るのがナミのげんこつを恐れる本能で……。

 そんなことをぐるぐると考えていると、今しがた入ってきた扉が再び開いた。そちらの方に視線をやると、来客は二人。

「おお。サンジ、ロビン。どうしたんだ?」

「……」

「ダイニングいい匂いしてたなぁ。何作ってんだサンジ?」

「……」

「何だよ、おい……」

 サンジとロビンは、まるで壁のようにウソップの目の前に並んで立つ。だが無言。

 何も言ってこない二人に、ウソップはだんだんと違和感を感じた。そして、彼らが決定的に“オカシイ”ことに気付いてしまう。

 足元を雨で濡らしたウソップに比べて、サンジとロビンはどこも濡れていなかった。ここに来るには、どうしたって雨に当たらなきゃいけないのに。傘もタオルも持っていないのに、どうしてこの二人はどこも濡れていない?

「お、おい……お前ら……?」

 震える声で声をかけても、サンジとロビンはよく出来た人形のように笑みの形を崩さない。

 ――違う、こいつらは俺の仲間じゃない……。

 心臓の音が早鐘のように高まる。頭の中の芯の部分が全力で危険だと叫ぶ。それでもどうすればいいのか分からなくて、ウソップは何かの行動を起こすことが出来なかった。

「ウソップ? どうしたの?」

 そんな時、上から場違いに呑気な声が聞こえた。

「! ナミ! ダメだ来るんじゃねぇッ!!」

 ウソップはナミの下に駆け寄る。ウソップの体を捕らえようと伸びてきた二本の手をすり抜けはしごに両手をかけると、蹴飛ばしてずらして、無理矢理引っ張って外してしまう。手を離すと支えを失くしたはしごが、バタン!と大きな音を立てて床に倒れる。ナミがびくりと肩をすくめる。――これでナミは下に降りられない。同時に、こいつらも上に上がることは出来ない。

 ナミが慌てて声を上げた。

「ちょ、ちょっと! 何すんのよウソップ!」

「いいからそこにいろ!!」

 叫んで、再び二人に向き合う。

「っ……!」

 逃げ場はない。武器も部屋に置いてきてしまった。万事休すか――

 サンジとロビンの形をした“何か”が笑みを浮かべる。じりじりとただ無言に迫るそれに、途方もないウソップは恐怖を感じた。

 いや、だが武器を持っていないのはあちらも同じだ。たかが二人にリンチされるくらいならたぶん死なない。もっとも、目の前の化け物が、サンジと同じキック力を持っていたとしたら大怪我どころでは済まないかもしれないけれど。

 だがウソップの考えは甘かった。先ほどから薄い笑みを貼り付けたままの偽者のロビンが、ふところから一本のナイフを取り出した。キラリと刀身を光らせたそれを見て、ナミがようやく異常に気付く。

「サンジくん? ロビン……? 何やってるの? 何でナイフなんか……」

 違う、とウソップは重々しくかぶりを振った。ここにいる二人は、本物ではない。

 その意味に、勘のいい彼女は察したらしい。息をつめて叫ぶ。

「ウソップ! 逃げなさい!! あんたなら逃げられるでしょう!? ねぇ早く!!」

 いや、こうも壁に追い詰められていては無駄だ。どうやったってつかまってしまう。確実にウソップの心臓に狙いを定めたナイフと、二人の化け物が一歩、また一歩と迫ってくる。

 緊張が極限を越えたせいか、急激に頭の中が冷めていた。諦念にも似たものが心の中に広がっていくのを感じながら、ウソップは天井から降り続けるナミの声を聞いていた。

 何を今にも泣きそうな声出してんだよ。らしくもない。お前は理不尽なくらいに怒って俺たちに八つ当たりでもしていればいい。でも笑ってるのが一番だけど。

 そういえば、司法の島で俺が殺されそうになった時も、あいつ泣いてたなぁ。

 最近よく泣くなぁ、ナミは。――俺のせいか?










 あ……っ。










 測量室には、ナミの必死な声と雨の音だけが響く。


 ウソップは本棚に寄りかかったまま、ずるずると床に倒れる。


 いくつかの本の背表紙が、血の赤に彩られた。



読みにくくてすみません;こういう緊張するシーンが苦手なんですすみません…;

ウソップが好きなのでヒイキしてみました☆これからもヒイキします☆(堂々と;)
かっこよすぎたかなぁ、でもウソップはこれくらいかっこよくていいと思います


この先が書けてないのでここで一旦停止します。続きが気になる方は気長に待ってみてください。
ここまで読んでいただいてありがとうございました

[mente]

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