子供達の夜
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 ひらり。身軽な所作を真似るように、その黒い衣服は柔らかく翻る。とんがり帽子を被った子猫。白いウサギを抱えるお面。背丈の短い行列が、夜の通路を闊歩する。リズムの合わない靴音が、一つの不安定な音楽になる。
 彼らの手には、不釣合いなほど大きなランタン。先頭を行く可愛いゴーストと、最後尾を務める小さな魔女が、暖色の灯りをゆらゆらと揺らす。
 茜色をした夕闇の中真っ白な円を誇示した月が、今は天上を統べている。あまり星座を意識せずに、小さなライトが踊り始める。夕食の時間はとうに過ぎ去り、常ならその小さな彼らは、ベッドに潜り込む時間だろう。
 被った仮装により、僅かにこもる声。期待が上げさせる高い喜笑。甘い匂いがかぐわしく彼らの周囲を包んでいる。
 一年の内でも数少ない子供らが夜更かしを許される晩は、騒がしい光と声により彩られる。子供達の歩みが止まる。狙った家の門戸を叩く。そして、このときばかりは声を合わせ、目配せの後に常套句を放つ。
「Trick or Treat!」
 お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!




<< 知っているヘプタ >>
 街灯の下で、パトロールをしているお父さんに手を振る。子供達の夜間外出は危険だから、今晩は子供のいる親達が、住宅街の至る所に立っていたり、見回りをしたりしている。僕たちも、何箇所か決めてある家を回ったら、初めの集合場所に戻らないといけない。面倒くさいって、リタは言ってたけど、僕は夜更かしできることが嬉しい。
 夜でも明るいメインストリートを歩いて、三つ目の信号で右に曲がる。そうすると、真夜中もやっているお店があって、その横に二階建てのアパートメントがある。六室の内、三室しか埋まってない。結構広くて高いから、ここに住むぐらいなら、マンションや一戸建てを買う人の方が多いんだって。
 埋まっている三室は、一人は学生さん。僕はこの人のことよく知らない。銀縁の眼鏡をかけてて、朝早くから夜遅くまで、外に出てる。一階の隅に住んでるから、迷惑にはならないって、同じ階に住んでるお姉さんが言ってた。隣も空いてるから、気にならないんだって。
 そのお姉さんも一人暮らし。働いてて、朝出掛けて夕方帰ってくる。僕が学校に行くのと同じ時間帯だから、朝の挨拶をする。笑って返してくれて、僕は好き。
 でも、今回の目当ては、最後の一室。今晩のハロウィンに参加する子は、みんな絶対ここに来る。だって知ってるんだ。二階の真ん中に住んでる人達は、美味しいお菓子をいつでも持ってるって。手作りのケーキや、僕らが買うような駄菓子の類。あと、時々すっごく高そうな詰め合わせ。多分、僕たちだったら虫歯になるって取り上げられる分以上、毎日食べてる。だってそうじゃなきゃおかしい。
 成人病とかならないのかな? なんて、聞き齧ったことを思ったりするけど、毎日見掛る二人は不健康なところなんて一つもない。ちょっと怖いお兄さんと、いつも笑ってるお兄さん。お母さんは目の保養だって。
 コンクリートの階段を上がる。茶色の扉に金色の部屋番号が書いてあって、住居者の名前はない。僕は、お兄さん達が呼び合ってるの聞いたことあるけど、郵便屋さんは困るだろうな。
 僕は、同じ班のトリエラとシシィがいることを確認して前に向き直る。力いっぱいドアを叩いて(だって僕子供だから、一生懸命叩かないと通じないんだ)息を吸い込む。
「Trick or Treat!」
 インターフォンには手が届かないんだから、仕方ないよね?
 扉が開く。僕らに当らないように、少しゆっくりと開けてくれた。玄関の明かりがついてたから、人がいるのは分かってるんだけど、どちらのお兄さんが出てくるのかドキドキしてしまう。笑ってるお兄さんの方が良いって、普通思う。でも、トリエラは笑わない方がカッコいいって。
「へー、こんなとこまで来んのか。小さなゴーストは、どんなお菓子をご所望ですかね?」
 良かった。トリエラには悪いけど、やっぱり、こっちの方が安心する。
 ちょっとからかう口調で話す、この人がデュオ。にっこり笑って、いくつかお菓子を差し出してくれた。僕はちょっと迷って、結局クッキーを取る。トリエラとシシィも同じように好きなのを選んで、お礼を言う。
 デュオは僕の頭を撫でると、「悪戯も程ほどにな」って言った。僕たち、悪戯はまだしてないけど。

<< 教会のジゼル >>
 ヘプタとすれ違って、やっぱりあの家は当たりだって言われた。それはそうだわ、だって日曜日のミサに時々来てくれるデュオは、いつもお菓子をお土産にしてくれるもの。しかも、買ってきたのじゃなくて、ちゃんとした手作り。パイとか、タルトとか、中々食べられないものだから、神父様には言わないけどとっても楽しみにしてる。でも、お菓子を焼いてるのはデュオじゃなくって、ヒイロなんだって。ちょっと意外。
 ミサの最初に歌う賛美歌は、この間来たシスターより、デュオの方が上手だと思う。アルトの声が、壇上の私たちまで届く。いつもこっそりデュオを見ながら歌ってるんだけど、気付かないみたい。ほっとするけど、残念な気もする。
 デュオは、何かと懐く私を可愛がってくれてると思う。でも、ヒイロの方はよくわからない。トリエラもエルザも、あの人のどこが良いのかしら。
 階段を上りきったら、被ってる帽子を直す。スカートの裾が折れてないことを確認して、髪の毛が変な方向に跳ねないように撫で付けた。デュオの長い髪は綺麗で、憧れる。私は蜂蜜色のくせっ毛だから。
 扉を叩くなんて乱暴なことしたくなかったけど、インターフォンに手が届かないから仕様がなくノックした。声もなるべく上品そうにしたかったけど、結局後ろの二人が叫んだから無意味。扉を開けてくれるのがデュオならいいんだけど。
「千客万来だなぁ。て、ジゼルか。目当てはブルーベリーのパイ?」
 いつも通りの笑顔に迎えられて、でも驚いてしまった。
 だって、いつもは長い三つ編みになってるデュオの髪が、ほどかれてたから。
 私と視線を合わせるために屈んだデュオの肩口から、さらさら茶色の波が揺れる。下に置いたランタンのオレンジ色の光で、いつも以上に、とっても柔らかそうだ。
「可愛いわ、デュオ。」
 思った通りの賛辞を送る。
「褒め言葉じゃねぇなぁ、それは。」
 苦笑して、頬骨の上がった表情が好き。
 何だかとっても得した気分になる。持ち歩くのが大変だけど、私はパイを貰った。デュオは、専用の小さな箱にいれてくれて、他の二人も同じように手に持ってる。「ありがとう」って言って、ヒイロにも伝えてね、って私が付け加えたら、デュオが褒めてくれた。私は良い子だって。
 神様がそう思って下さるより、デュオに言って貰えた方がずっと嬉しいなんて、不謹慎かしら。

<< 敵愾心を燃やすエミリオ >>
 車道越しに見つけたジゼルの笑顔が、すごく気に入らなかった。だって、ジゼルは僕と一緒にいるとき、どんなことがあったってあんな表情はしてくれない。そりゃ、僕はちょっと乱暴だけど、男の子なんだから仕方ないじゃないか。父さんが、それぐらいじゃなきゃ女の子は守れないって、言ってた。
 そもそも、デュオとか言うあの長髪男。いっつもへらへら笑ってて、ジゼルに色目使って、ムカつくったらない。ジゼルは神様の子供だから、デュオのそういうところに気付かないんだ。
 やっぱり、男はヒイロのようじゃなきゃって思う。子供の僕から見ても、ヒイロはカッコイイ。笑わなくて、無駄なことしなくて、デュオみたいにおしゃべりじゃない。しかも、家事まで出来る。このご時勢、男も家の中のことが出来なきゃダメだ。いつも冷静沈着で、エルザが好きだって言う理由が分かる。
 ぶらぶらランタンを大きく振って、支えている針金をキシキシ言わせる。隣を歩いてたジョゼが嫌そうな顔をした。こいつは女々しい。
 ジゼルの様子から見ると、お菓子をくれたのはデュオなんだろう。気が滅入る。美味しいお菓子がなければ、絶対近寄らなかった。
 寒い風が吹いて、身体を震わせる。耳に熱がこもってる。手元のかぼちゃの灯が暖かくて、壁に浮かび上がる自分の影は、ランタンを揺らすのと同じタイミングでぶれている。怖いなんて思ってない。
 202号室と書かれてる扉を、思いっきり殴った。ちょっとした腹いせだ。しかも中々出てこないから、蹴飛ばそうと足を振り上げる。寝るにしたってまだ早い時間だ。ジゼルが来た後は居留守か。そう思うと更にイライラして、声にも力が入る。
「わかったわかった! ちょっと待てって。」
 ドアの向こうから、デュオの声が聞こえた。鍵を外す音がして、振り上げていた足を下ろす。仏頂面を作ったけど、お面をつけてるからわからない。
 現われたデュオは、髪をほどいていた。加えて、着ているワイシャツも上の二、三個ボタンをはめずにいる。本当に寝る間際だったんだろうか? それともお風呂に入るつもりだったのか。どちらにしろ、いくら自宅といっても少し気の抜けすぎた服装だ。僕は叱ってやろうかと思ったが、でも子供からそんなことを言われたと知れたら、デュオの沽券もあるだろうと思い至ってやめてやった。感謝して欲しい。
「マスクマンは何が欲しいんで?」
 デュオの手元にあるお菓子を覗き込み、チョコレート! っと答える。わざわざ手元にないお菓子を言ったのに、デュオはリビングに行って本当にチョコを探し出している。聞き取れなかったけど、ヒイロと会話しているようだ。ヒイロもこんな同居人では大変だろうな。

<< 運の良いエルザ >>
 いつも以上に乱暴になってるエミリオを見送って、だからジゼルに嫌われるのよ、と胸の中で囁く。ジゼルはただでさえ優しい人が好みなんだから、エミリオのあれでは逆効果だわ。
 私は、道の段差を軽いステップで乗り越える。かごに詰めたお菓子が、ちょっと宙に浮くのが分かる。冷たい空気が気持ちよくて、厚着してきてよかったと思った。過保護に思えたお母さんの見立ては、間違ってなかったみたい。こんな時間に出歩くことが稀だから、衣服の感覚が分からないのよね。
 私はランタンを持たない代わりに、みんなの分のお菓子を担当してる。ある意味、私達にしたら一番の重要任務。かごが私。ピンク色の手提げがジェシー。おざなりなビニール袋がラウーロ。
 猫耳にあわせて付けた尻尾が変な感じ。生気のない尻尾だわ、って鏡に映った自分を評したら、お父さんが笑ってたっけ。
 店の前を通ると、そこだけ明るくってちょっと目がちくちくした。街灯やランタンで雰囲気が出てたのに、台無しだって思わないのかしら。ハロウィンくらい、オレンジ色のジャックで街全体を照らしたらいいのに。きっと素敵だわ。
 一階に住んでるスーファっていう女の人は、玄関にクリスマスアーチのハロウィン版みたいのを飾ってる。何だか可愛い。ちょっと欲しかったけど、年に一度のことでお父さんにおねだりしても、勝率は低い。
 ラウーロが、足音を立てないように階段を上ってる。夜だから気を付けてるみたい。さっきからあんまし話さないし、私はラウーロのそういうところ、とっても良いと思う。寧ろ、ジゼルはラウーロがお似合いだわ。元々、二人は相性が良いもの。
 寝てしまっている黒い耳を、引っ張ってピンと立たせる。エミリオの様子から、あんまし期待できないけど、万が一ヒイロが応対したときのためだ。ジョゼは可愛いって言ってくれたし、シシィも似たような感じだったから、変じゃないと思う。まだまだ子供なんて思って、好きな人の前で気を抜くのは絶対やっちゃいけないこと。少なくとも、私はそう思う。
 ラウーロは背が高いから、ぎりぎりだけどインターフォンに手が届く。特有の鐘の音がして、みんなで声を合わせた。
「Trick or Treat!」
 物音がするまで、少し間があった。私はジェシーと顔を見合わせる。ジェシーも、ちょっと変な顔をしてる。だって、お父さんもお母さんも、この時間帯は大体起きてる。私達を寝かしつけた後は大人の時間って言って、お酒やテレビを見ながらお話しするんでしょ、普通。ラウーロは前を向いてるから、表情はわからない。でも、似たようなこと考えてると思う。もし、すっごく疲れて寝てるなら、悪いことしちゃった。
 玄関の扉が静かに開く。そして、私はびっくりして目を見開いてしまった。だって、本当にヒイロが出てきたのだ。デュオだとばかり思ってたのに、私ってついてる!
 ほっぺたが、ふわっと熱を持つのが分かった。ドキドキして顔を見上げてると、無言のまま、ヒイロがお菓子をかごと手提げと、ビニール袋に入れてくれる。シャツの上に茶色のニット。その袖口から大きな男の人の手が生えていた。ころん、と転がった数個のキャラメルは、包装ビニールが鮮やかだ。
「ありがとう!」
 そう言うと、ヒイロは玄関を閉じてしまう。やっぱり、いつも通りそっけないけど、このキャラメルは中々食べられないだろう。
 でも、本当にエミリオはどうしてあんな不機嫌だったのかしら。それとも、デュオはバスタイムとかで、出られない状態だったの?

<< 見付けるソフィ >>
 イリオンとエドが、殆んど同時に階段を駆け上がった。私が振り向いてピースサインを作ると、イリオンはともかくエドは本気で悔しそうにする。それがとっても面白いって言うと、エドが更に怒った。
 競争は、お店の角からアパートの二階まで。言い出したのはエド、頷いたのが私。イリオンは迷惑だよ、って言ったけど、結局私達に負けた。ダメよイリオン、もう少し強く言えるようにならなきゃ。間違ってないことを言う人は、強くないといけないわ。ママが、ジゼルの教会でそう言ってたもの。
 ランタンが邪魔だったのは私も同じ。エドはお化けの白いシーツを被ってたから、きっとそれで遅れたんだと思う。私はリトルウィッチ。スカートで走るのは毎日やってるから、慣れたもの。パパには、そのたび叱られるけど。
 イリオンの息が整うのを待って、エドが玄関の前に立つ。インターフォンを押そうとして頑張ってたけど、あと少し届かない。ヘプタが持ってる、野球ボール一個分くらいかな。エドはうーんと背伸びして、バランスを崩して扉に激突した。ただでさえ、さっきからバランスを取るために平手で叩いてたんだから、これじゃ本当に迷惑だわ。
 見てられなくなって、ノックしようとランタンを置いた。でも、右手を上げたところで、呼びかけても居ないのにドアが開く。やっぱり、さすがにうるさかったかしら?
「Trick or Treat……?」
 おずおずと、イリオンが尋ねる。表情の変わらないヒイロは、こういうとき怖いと思う。どうしてデュオが出てきてくれないのかしら。エルザの上機嫌はわかったけど、エミリオはあんなに怒ってたじゃない。
 ヒイロは、暫く私達を見下ろして、室内に戻って行った。ちょっと、どうすればいいのか分からない。玄関が開いたままだから、待ってていいように思うけれど、一言ぐらい何か言えばいいのに。ばつの悪そうなエドと目が合って、私もこんな顔してるんだろうな、と思った。
 玄関から真っ直ぐリビングへの廊下が伸びて、ちょっと陰になってるけどローテーブルとソファーがある。じーっと見てたら、何かがフローリングの上を動いた気がした。保護色みたいに茶色の床と一体化してる。正体を見極めようとしたけど、ヒイロがお菓子を片手に戻ってきてしまった。良かった、お菓子がもらえれば、私達は少なくとも満足だわ。
 室内は暖房が効いてるのかもしれないけど、ヒイロはワイシャツに、ジーンズだけだった。寒くないのかしら。そう思って、お礼を言うのが少し遅れる。慌てて頭を下げた。
「あと、何組来るんだ?」
 初めて真正面で聞いたヒイロの声は、本当に平坦だった。何ていうか、起伏がなくて、肉声だってちょっと疑わしい。でも、少し疲れてる感じだったから、ごめんなさいって言いたくなる。逆光になってて、ヒイロの表情はよく見えない。怒ってるんじゃないってことは、分かる。パパが、私の我儘に折れたときの雰囲気に似てると思う。
「三、四組かなぁ?」
「もっと居るよ。だって、私達より一個上の学年が終わってないもん。」
 エドがそういって、私が訂正する。
「多分、十五組くらいだと思います。」
 イリオンが言うと、ヒイロは溜め息を吐いた。
 珍しいものを一杯見てる気がする。エルザにばれたらきっとうるさい。困ってしまって、二人と目配せしていたら、ヒイロはそれに気付いて、了承の言葉を残して玄関を閉めた。
 私達は、来たときが嘘みたいに静かに階段を下りた。疲れてたのかな、とか、ヒイロの声って思ったより綺麗だわ、とか、そういえば、ちょっとだけ見えたあの茶色、何だったんだろう? とか、色々考えて、エドもイリオンも何だか静かだ。
 切り抜かれてるかぼちゃが笑って、手渡されたお菓子は、とても美味しそうだった。

<< 青少年達の夜 >>
 ヒイロがリビングまで戻ってくると、デュオは既に身体を起こしていた。床に散っていた長い髪は編まれ始めており、それは、ヒイロと少女の交わした会話が、聞こえていたことを指す指先だ。彼のすぐ横に脱ぎ散らかされていたニットを手に取り、ヒイロももう一度それを被った。
 羽織る程度でしかなかったシャツのボタンを掛けなおし始めたデュオを見遣り、ヒイロはジーンズを放る。晒されている両脚をそれが隠し、しかし際どいことに変わりはない。デュオに背を向けヒイロがキッチンに入ると、ダイニングテーブルの上の乱雑さが目立った。先程、チョコレートの探索が行われた名残だ。
「さっさと着ろ、目の毒だ。」
 緩慢な動きをしているデュオに、ヒイロが声を掛ける。それを受け、僅かに彼の手の動きが早まった。コーヒーメーカーをセットすると、服装を整えたデュオもキッチンに入ってくる。それを視線で迎え入れ、ヒイロは、デュオにテーブルの整頓を命じた。気のない返事をし、しかし手持ち無沙汰なのだろうデュオは素直に従う。部屋の温度で柔らかくなっているアーモンドチョコレートを冷蔵庫へ仕舞い、デュオは椅子に腰を下ろした。
「残りはどれくらいだって?」
「十五組だといっていたな。」
 脇に置いてあったスナック菓子を右手に、デュオが尋ねる。事実は変わらないのにわざわざ確認したデュオは、小さく吐息する。似たような気分だったヒイロも、多少疲れた色を表情に乗せた。
 キスをしていたら、一番初めの訪問があった。それはまだ良かった。子供の他愛無さは、この場面ではまだ罪ではなく、平和の象徴だったからだ。苦笑いでヒイロから離れたデュオは、既に意図なき悪戯をしていた白いゴーストへお菓子を渡した。
 デュオの髪をほどき、次の訪問。多分、このあたりで諦めていればよかったのだろうが、性格的な問題で二人揃って意地になった。一つの行動を取るたびに扉への強打やインターフォン。最後は無視するつもりでいたのに、付随された駆け上がる騒音が、二人のその気を確実に削いだ。
 デュオは、見苦しくない程度にダイニングを片付ける。そしてポップコーンの封を開けると、数個を口に含む。ヒイロは咎めようかと思い、とどまった。
「何で男の二人暮らしに子供らが押し掛けるかね。」
「ばれているんだろうな、菓子の類が大量にあると。」
「ガキって怖ぇー。」
 テーブルに額を擦りつけ、デュオが唸る。あまりきっちりと編まれなかった彼の髪は、項のあたりでたわんでいる。それに指を通し、ヒイロがデュオの頭部へ唇を押し当てた。察したデュオが顔を左へ向け、ほつれた長髪を恋人に整えさせる。ヒイロが左耳に口付けると、デュオの青い瞳が小さく笑った。
「子供の洞察力を侮るべからずって?」
「あれだけ教会に持っていけば、どんなアホでも分かるだろう。」
 デュオが声を立てて笑い、冗談でしかない詰りを言う。その振動がテーブルを伝う。聞き慣れてしまった悪口を受け流したヒイロが、態度でキスをしたいと言う。
 上半身を持ち上げると、デュオは頬杖を突いた。彼の右手側には口の開いたポップコーンがあり、白い塊が一個飛び出ている。ヒイロが彼にキスをすると、それは調合された塩分の味がした。
「Trick or Treat!」
 そして、玄関の扉が騒々しく叩かれる。二人は暫し目を合わせ、デュオが重い溜め息と共に席を立つ。
 ハロウィンであるこの晩、大人の時間は、未だやってこない。


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