スキトキメキトキス
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ちょいSっ気のある元親×ちょいMっ気のある元就。
18禁描写があるので、18歳以下の方は読まないでください。



『やっぱ好きだし、嫌われんの怖いし』
 携帯電話のアルファベットボタンを、親指で連打する。そう長くもない文章を送信すると、チャット画面に、今打ち込んだばかりのそれが表示されて、今までの会話が一つ下段にずれた。そのまま、しばらく待つ。相手は、あまり携帯に慣れていないのか、打ち込むのが遅い。
『そうだな、気持ち悪いと思われるのが、一番つらい。だが、黙っているのも、ひどく心苦しい。』
 返された文面に、思わずうんうんと頷く。同感だ。いつかばれることだとも思うが、やはりタイミングが掴めない。俺の場合、ばらすと怖がられる可能性もあるし。
 パスワードを設定して、そのパスを知っている人間しか入れないチャットルームを使っているから、話し相手は一人だけだ。顔も実名も、齢も性別も、何も知らない赤の他人。でも、似たような悩みを持っていたもんで、最近は、このチャットの世話にばかりなっている。
『なんかさぁ、最近は、こっちが我慢すればいいだけだしさ。このまんまの方が平和かなぁって』
 ベッドにもたれかかり、ずるずると体勢を崩していく。マットレスに頭だけ預けて、また数秒の画面の沈黙を眺める。携帯画面上部に小さく表示されているデジタル時計は、午後の8時過ぎを指していた。かれこれ1時間は話している。しかも進展なし。ただ、俺にしろ、向こうにしろ、何か画期的な解決策を求めているというよりは、溜まったものを吐き出すことそれ自体が目的なので、このずるずるとした会話も、別段苦ではない。
『こちらは、それも一つの手だが。その、chikaはできるのか? chikaはSの気があるのだろう?』
『……一定は、我慢できると思う』
 言って置いて何なのだが、痛いとこを突かれた。でも、出来る出来ないの問題ではなくて、我慢しなければいけないのだ。ただ、その欲求不満が爆発したときを思うと、ぶっちゃけ、それが一番恐ろしい。
 怖がらせたり、痛い思いさせたいわけじゃなくて、好きなだけだから、何も知らない相手を傷つけるのは、想像しただけでも身を切られるような恐怖だ。我ながら、なんでこんな面倒な趣味を持って生まれてきたんだろう。
『シュウはMッ気だから、我慢はそんなにつらくないわけ?』
 続け様に打ち込むと、いつも以上に返信が遅れた。ありゃ、突っ込んじゃ不味かったかな。でも、先に聞いてきたのは向こうだ。
『我慢は、つらいわけではないと思う。ただ、行為の最中は大概、わけがわからなくなるから、変なことを口走りそうで、怖い』
 なるほど。
 姿勢がつらくなってきて、上半身を持ち上げる。そして、ベッドの上に座り直した。
 俺の場合は、恋人とそういうことをしてるとき、相手を怖がらせないように自分を抑えるので手一杯なのだが、隠れMには、隠れMなりの苦労があるらしい。というか、自分が言うことを気にしていたら、エッチしてるときもそっちが気になって、そんなにのめり込めないんじゃないだろうか。そう思うと、自分はまだマシだよなぁと、反省の気持ちになる。
 枕の横に置いたペットボトルへ、手を伸ばす。片手でキャップを回していると、珍しく、シュウの方からもう一度文章が打ち込まれた。
『それのせいで、行為も敬遠してしまって。それも、嫌われる要因になるのではないかと思って、不安だ』
『いや、それは平気だって』
 なにやら、元から下方を向いていたテンションがさらに下り始めているシュウに慌てて答える。シュウが長文を続け様に打つときは、相当参っているときが多い。チャットで話すだけだが、それを週1ペースで2ヶ月もしてれば、なんとはなしに人間性もわかってくる。むしろ、自分が誰かわからないっていう安心感があるもんだから、妙に本音の部分に近いことを言ってしまうこともしばしばだ。
『聞いてる限り、シュウの恋人は、シュウにベタぼれだから。ダイジョブダイジョブ』
 短いスパンで書き込む。実際見ているわけではないから、大きいことはいえないが、それでも、シュウの相手は、かなりの甘やかしだと思う。なんつーの、目に入れても痛くないっつーか。そういう感じがする。でも、当事者なのにというか、当事者だからこそというか、シュウにはそれがわからないようで、どうにもマイナス方面のフィルターをかけてしまっている。
 少しでも安心させてやりたくて、もう二言三言、ダメ押しした方がいいだろうかと考えていたら、返信が来た。
『ありがとう、chikaは優しい』
 面と向かって言われると(いや、実際は面なんて向き合ってないけど)、ちょっと照れる。
 チャットを始めた当初は、携帯越しの付き合いが、こんなにも続くとは思ってなかった。多分、会話をすることによって、時々妙に素直な口を聞くこのチャット相手に、癒されてるのもあるのだろう。
『chikaは、ずっと黙って付き合うつもりか?』
 自分で、場のテンションを下げてしまったのが気まずいのか、シュウは話題を元に戻す。それは、俺らにとっては、結構核心を突く。
 スポーツ飲料を口に含んで、嚥下する。そして、天井を見上げた。意味もなく、右手の親指で画面を上へ下へとスクロールする。文章は打ち込まない。というか、うまい返事を打ち込むことができない。何度も考えてきたことだが、いつだって、同じとこに行き着く問題だ。だからこそ、答えの出しようがなくて、困る。
 シュウは、打ち明けないことを、恋人を騙しているようでいやだという。同感だ。だが、何でもかんでも言えばいいってもんでもないし、そもそも「大好きすぎるので虐めさせてください」っていうのは変態だ。紛うことない変態だ。性質の悪い冗談として受け取られるならまだしも、最悪引かれて、避けられる。
 嫌われたくない。
『嫌われたくないし』
 結局、これに集約される。
 変なこと言って引かれるくらいなら、このまま付き合っていたい。少なくとも、今は、相手を抱きしめて、キスして、優しくして、それで満足できる。
 微妙に、答えになっていないのだが、この切実さはシュウもわかると思う。だから、シュウだって、心苦しいといいながら、自分にMッ気があることを告白できずにいるのだ。
『そうだな、嫌われたくない』
 毎度毎度の堂々巡りで、お互いによく飽きないものだと思う。でも、似たような類の悩みを持ってる人間と、こうやって話せるって言うのは、やっぱりそれだけでも気が楽になる。シュウには感謝している。こういう捌け口がなかったら、もうすでに恋人を襲っていたかもしれない。だって俺、若いし。体力有り余ってるし。
『chika』
『んー?』
 今日は、そろそろお開きかなと思った矢先に、シュウが呼び止めるようにして書き込んで来た。答えると、やっぱり間が空く。何かを逡巡しているのか、それとも必死に打ち込んでいるのか、微妙なところだ。
 じいっと携帯を眺めて待っていると、一段、新しい行が増える。そんなに長い文章じゃない。
『今度、直接会わないか』
 どうやら、この話題を持ち出すか持ち出さないかで、悩んでいたから時間が掛かったようだ。というか、意外だ。まさかシュウの方から、そんな話をしてくるとは思わなかった。
『その、無理ならいい。抵抗もあると思う。ただ、直接合って、話してみたいと思っただけだ。』
 「合って」って何だよ。相当焦ってるのがわかった。誤変換とは、これまた珍しい。今日のシュウは珍しいことだらけだ。
『シュウは、住んでるとこ都心に近いの?』
『近いかどうかは、知らないが。出易くはあるな。』
 一応、警戒した方がいいのだろうか。でも、正直俺も会ってみたい。会ってどうこうするわけでもなく、携帯のキーを押さない会話をしてみたいのだ。多分、どんなに話したところで、結論は今日と同じだろうけど。
 シュウは黙ったまんま、俺の返事を待っている。
『ごめん、聞いてばっかりで。こっちは、都心に近いからさ』
 シュウが、返事を送信する前に、さらに文章を打ち込む。
『うん、会ってみたいかも』
 その後は、お互いに乗り気だったせいか、とんとん拍子で決まってしまった。翌週の土曜日、午後2時だ。
 某駅付近のモヤイ像を、一応の待ち合わせ場所にしたのだが、到着したらチャットルームに入ろうって話になった。携帯のアドレスを知らせるのは、さすがに抵抗があったので助かった。もしかしたら、シュウも少しばかり警戒してたのかもしれない。
 こんな風にして、他人と会うなんていうのは初めてだから、どうすれば効率がいいのかわからない。チャットから出た後で、背格好くらい説明しておけばよかったと思った。隻眼の上に銀髪だから、結構俺は、見た目が柄悪い。逃げられたら凹むな。
 翌日も、一応チャットを覗いてみたのだが、シュウはいなかった。こちらの風貌を説明できずに当日を迎えてしまって、少し気が重くなる。そういえば、シュウがどんな恰好をしているかというのもわかっていない。ノリと勢いで決めすぎたと、今更気付く。
 デートのときは、到着が異様に早い彼女に合わせて、俺もそれより早く来るよう努めるのだが、今回はいいだろ。そう思って、待ち合わせ場所に行くと、何でか知らんがその彼女がいた。あの細っこいシルエットは100メートル先でも絶対見間違えない自信がある。何で居るんだ、今日この時間この場所に。
「……元就?」
 無視するわけにもいかないので、恐る恐る話しかける。今日は用事があるといっていたが、元就も待ち合わせなのか。この出不精が、休日に外へ出てるなんて、なかなかあることじゃない。
「元親」
 元就は、俺のことを見上げて凝視している。俺が個人的に感じてるだけの気まずさなのだが、居心地が悪い。この可愛い彼女を苛めたくて仕方ないですなんていう相談をする前だから、一層逃げ出したいような気分になる。
「待ち合わせか?」
「う、うむ。……友人と」
 そういうと、元就は連絡を確認するためか、俺に目で謝ってから携帯を取り出した。あ、そうだ。俺もだ。
 暖かい初夏の陽射しが、ほぼ真上から降り注いでいる。妙な緊張のせいで、シャツの下は冷たい汗をかいてるけど。
 チャットルームの参加者一覧には、すでにシュウの名前があった。

 自分に、若干のSッ気があるんじゃないかと気付いたのは、半年くらい前のことだったと思う。それを明確に自覚したのは今年に入ってからだが、それ以前も、確かにその傾向はあった。
 元就とは、結構長い付き合いだ。本当に可愛いと思う。でも、その中でも、きれいで白いあの顔が、羞恥で赤く染まるのを見るのは、格別に好きだった。多分、いつもは気位の高い元就が、本当に「女の子」ってものになってるのが可愛いんだと思ってたのだが、どうやらそういう「意地悪」から少し逸脱してるらしい自分を、高1最後の期末試験で気付かされてしまった。
 試験中は、まあ、当たり前といえばそうなのだが、元就からの許可が下りず、俺は結構溜まっていた。ので、性急なのはわかっていたのだが、試験最終日に部屋へ連れ込むと、すぐさま元就をベッドへ押し倒した。元就も、口にはしないが寂しかったらしく、そんなに抵抗はしなかった。
 素直な様子に気分が良くなって、少しだけ制服を乱した頃だ。はたと目を丸くした元就は、自分が、随分と明るいところでいじられているのに気付いたらしい。唐突に、必死になって俺のことを押しのけてきた。こちらとしては見たいので、断固拒否。暴れる両腕を押さえつけて、真上から見下ろした。そこで、まず一回、「あれ?」っと思った。
 キスすると、元就は耳や首筋まで真っ赤にして、苦しそうに息を吐く。細い両腕をまとめて、そのまんま空いた方の手でリボンを外し、シャツをはだけさせた。まだ下着に覆われていた胸は、それでもほんのりと赤かった。
 試験中、学校の時間割は早終わりなので、夕方にもなっていなかったと思う。だから、きゅうっと立ち上がり硬くなった乳首や、それをまじまじと見られることで、羞恥に耐えないとでもいいたげな元就の顔を、そりゃもうよく観察できた。胸を晒させたまま、元就の両足の付け根に手を這わせると、肉の少ない両足が暴れた。スカートが捲れ上がって、ほとんど何もしてないのに染みのあるショーツが視界に入った。ここで、二回目の「あれ?」。
 「やめろ」「待て」「元親」という単語を、どう考えたって誘うような声で繰り返す元就に喰らいつき、いつもよりか手荒く完食。性的な姿を露にさせられて、ぐったりとした元就をぎゅうっと抱きしめた。そして、三回目の「あれ?」。
 以来、どうにもエッチのとき、元就を苛めたくて仕方ない。泣きながら感じきって、言葉も喋れなくなる元就を、見たくてたまらないのだ。
 常なら、この欲望は大人しくしている。わがままを言う元就に、はいはいと頷いて甘やかすのが幸せだ。だから、なんかの勘違いではないかと安心しかけるのだが、ひとたび俺の下で喘ぐ元就を見ると、自分を諌めないといけなくなる。
 結局、元就は、屈辱的だっただろうそのときの行為を、許してくれた。元就は俺に甘いので、一回限りってことで、見逃してくれたんだと思う。
 怖がらせたに違いないし、何より、追い詰めるような抱き方をした。ただでさえ、元就は矜持が高いから、随分な辱めだったはずだ。なのに、何故か知らないが、自分はそれをしたいらしい。元就のことが大好きなのに、なんで酷いことをしたいと思ってしまうのか、自分が自分で嫌になった。
 元就に言う勇気はなかった。だからといって、友人連中だって、こんな話題は振られても困るだろう。政宗あたり、適当に流して慰めてくれそうだが、あんまりそういう意味で世話をかけたくない。自分のことで一杯一杯になっていたから、半月くらい、元就とも距離を取った。
 煮詰まって、本当に別れた方がいいんじゃないかなんて思い始めた頃、シュウに会ったのだ。シュウは、俺とは違ってMッ気があるかもしれないってことで悩んでいて、その境遇があんまり似てたもんだから、びっくりしたついでにちょっと気分が軽くなった。同病相憐れむというか、同じような人間が居るとわかって、ほっとしたんだと思う。
 「シュウ」っていう名前から察するに、男なんだろうなとあたりをつけている。恋人にばれるのが怖いっていう話題のとき、つい「相手は男? 女?」と聞いたら、「男だ」と返ってきた。このご時勢に同性愛だというのだから、やっと通じ合った彼氏(というのかこの場合も?)に、自分の性癖を言うか言わないかというのは、大問題だろう。ちなみに、同じ質問を返された。「女」と答えたら、「そうか。そちらにも、そちらなりの苦労があるのだろうな」と言われて、思いやりの言葉に胸が熱くなったものだ。
 しっかりしているし、大概、チャットルームには土日の夜にやってくるので、社会人かもしれない。そんな風に思って、一度、モヤイ像付近をぐるりと見わたした。それらしい男の人はいないので、話しかける。
『待たせた? 今着いた』
 送信し、携帯をいじっている男を捜すために視線を上げる。しかし、そんな人間はたくさん居すぎて、ぱっと見てもわからない。
『大丈夫だ。こちらは、丁度モヤイの正面あたりにいる』
 正面?
 というと、俺もほぼ正面にいるんだが。
 「正面」という言葉の使い方も踏まえて、正面向こうにあるバスのターミナル付近も見た。ガードレールに凭れているおっさんはいるけど、まさかなぁ。そもそも携帯出してないし。
『俺も、ほぼ正面にいるんだけど』
 返信を待つ。しかし、今度は応答がない。短文ならば、シュウでもそんなに時間は取られないはずなので、容姿でも説明しているのだろうか。ただ、探すならこっちの容姿を言った方が早いはずだ。銀髪隻眼なんて、今この場に一人しかいねぇ。
 そう思い、キーを押そうとしたときだ。ふと、隣から視線を感じて、そちらに顔を向けた。元就が、なんとも説明のしにくい不思議な顔をして、こっちを見ている。「どうした?」と、できるだけいつものように尋ねると、何度か口元を動かして、俺の服の裾を握ってきた。すんごく可愛いので抱きしめたくなるのだが、そこは耐える。
「その、妙なことを聞くのだが。心当たりがなければ、気にしないでくれ」
 さすがに、元就が話しているとき、チャットの画面を見ることはできない。相槌を打ちながら携帯を下ろす。元就は、右手で自分の携帯を握り締め、もう片手で俺の服を軽く引っ張っていた。伸びる伸びる、元就伸びる。そう思いつつも、口には出さない。彼女にこういうことをされて、嬉しくない彼氏はいない。
「……のか?」
 思考が少し飛んでたせいで、うまく聞き取れなかった。というか、元就にしては、なんだかはっきりしない態度だ。いつもなら、必要以上に言葉を選ばず、物を言うこともあるくらいなのに。
「悪い、もう一回」
「っ、う」
 何事かわからないので、心配になって元就を覗き込んだ。首をかしげながら、軽く頭を撫で、もう一度促す。元就の肩に、妙な力が入った。そんなに力まないと言えないことなのか。
 元就は、俺が片手に持っている携帯に、ちらりと視線を寄越す。そして、口を開いた。
「も、とちかは、ちかなのか?」
 質問の意図が掴めず、一瞬固まった。その空気がわかったのか、元就はまた俯いてしまう。ちょっと待て、「ちか」? そんなリーサルウェポン並の破壊力持ってる呼び方、一度だってされたことないぞ。
 ほぼ元就のせいで、ちょっと冷静じゃない頭を必死になって働かせる。「ちか」なんて、友人連中だって呼ばない。それこそ、チャットルームでシュウが呼ぶくらいで。
 呼ぶくらいで。
 ふっと、太陽の光が翳った気がした。勿論、それは錯覚で、モヤイ像近くは午後の光に抱かれている。なんとも眩しい。というか色々逃避したい。
「元就」
 びくんと、細い身体が跳ね上がった。恐る恐るといった雰囲気で、元就が俺を見る。俺も、元就と、元就が握ったままの携帯を見返した。
「あのさ、ちょっと、携帯見せてくんね? 俺も見せる」
 それで、こっちの言いたいことがわかったのだろう。一瞬、拒否するような声が上がったが、全部を言い終える前に、元就は折畳みの携帯を俺の胸に押し付けてきた。受け取って、ちっちゃな右手に自分のを乗せる。
 衝撃が強い。衝撃というか、なんというか、もうどうするべきかわからない。元就の携帯の画面には、俺と同じチャットルームが表示されていた。勿論参加者は「シュウ」と「chika」。

「つまり、元就が『シュウ』なのな?」
 お互いに落ち着く必要があったので、とりあえず缶ジュースを飲みつつ駅から離れた。腰を落ち着けて話せる話題でもないし、適当に歩きながら会話をする。というか、顔を見ることが出来ない。無理、絶対無理。
 元就は、飲み歩きにやっぱり抵抗があるようで、アイスココアの缶を両手で握ったままだ。表情は硬い。俺自身も、多分似たような顔をしてると思う。別れ話でもしてるみたいだ。いや、冗談抜きで。
 モヤイのある南口から、国道の方向へ歩を進める。あんまり騒がしいのが好きではない元就は、繁華街自体を嫌っているから、できるだけ静かな場所をぐるぐると歩き回る。娯楽が集まっている駅の反対側から離れているので、同年代の人間はほとんどいない。それでも、往来にはそれなりの人がいて、少し歩き難い。というよりも、歩くスピードを前後から規制される。
 ちらりと、元就の横顔を窺った。なんというか、すさまじくありえない気もするけど、ネットは狭いとしか言いようがないだろう。何でピンポイントで元就だよ。
 ただ、あんまり認めたくない事実を認識すると、また違うとこに意識が飛んだ。いや、ある意味、まだ逃避したがってるのかもしれない。
「つーか、ネットで会った人間に会いたいなんていうな。危ねぇだろ。しかも男相手に」
「それは、貴様に言われたくない」
 最もです。けど、元就は女の子だ。そこらへん、やっぱり男とは違うと思う。
「そうだけど。でも、元就は女の子だろ」
 本当は、あんましこういう言い方はしたくないのだ。でも、嫌な事件も多いから、どうしたって考えてしまう。しかも、元就はチャット上で「Mッ気がある」と相手に教えてしまっている。相手が変態野郎だったらと考えると、ぞっとするなんてもんじゃなかった。
 で、ここまで考えて、自分もその変態にカウントされる性癖を持ってることに凹んだ。路上で膝をつきたくなる。そうだよ、自分のこの悪い癖元就にばれたんだよ、どうする俺。
「それに、貴様が『chika』などと名乗るから、我は同じ女なのだと思って」
 元就が何か言ってるけど、それを噛み砕いて理解する余裕は、今はちょっとない。顔の半分を片手で覆って、出そうになるうめき声を飲み込む。どうするっていうか、どうしようもないだろ。
「それなのに、恋人は女だというから、我以上に苦労することもあるだろうと胸を打たれて」
 混乱しすぎてて、すでに自分が混乱してるとしか認識できずにいる。ただ、その分、それこそ何百回も不安に思ったことが、今まで以上の重さで胸の中に居座った。
 だって、それが一番の根源なのだ。自分の趣味とか、何でこんな嗜好を持ったんだとか、そういうのは結局、二の次だ。
「元親、ちゃんと聞いているか?」
「元就」
 こちらの様子が落ち着かないことに気付いたのか、元就が俺のことを見上げた。歩き出してから、初めて目と目が合わさる。元就は、一瞬だけさっと顔を青くすると、困惑したように顔を伏せる。見えなくなった表情を追いかけるだけの度胸は持てなくて、恋人のつむじを見下ろしながら、口を開いた。
「俺のことさ、怖いって思ったか? 変だって思ったか? 嫌いんなった?」
 そんなに狭い道でもないが、急に立ち止まった俺らを、後ろから歩いてきた女の人が邪魔そうに追い越していく。それに気付いて、元就の手を引っ張ろうとした。けれど、相手の手を取る前に、僅かに躊躇う。振り払われたら嫌だ。
 『嫌われたくない』というのは、チャットの最中で何度も繰り返された、一番の本音だった。
 元就は何も答えない。街路樹の側に寄って、俯いた恋人を見つめる。さっきの携帯と同じように、元就は、ココアの缶を胸元へぎゅうっと抱え込んだ。そして、小さく首を振る。
「それは、我が言うことだ」
 元就は、上目遣いに俺を見つめた後、のろのろと顔を上げた。そして、じわりと浮かんだ涙の粒を厭うように、眉根を寄せる。今にも泣き出しそうなその様子に、じりじりと何かが燻る感じがした。大事にしたくて仕方ないのだが、はたして、今抱きしめてもいいものだろうか。
「我は、気持ち悪くはないか? 痴れ者と思うか? いやになったか?」
 言い切って、元就はぎゅうっと目を瞑った。
 多分、泣かないように、堪えたのだと思う。でも、それはどちらかといえば、怖いものをやり過ごそうとしている子供に似ていた。そもそも、目蓋が閉じられたことによって、すでに溜まっていた雫は行き場所を失い、元就の頬を滑り落ちていく。
 元就の手を引いて、抱え込んだ。相手の髪を梳き、背中を撫でて、元就が、出来る限り落ち着くように、優しくする。手は払われなかったし、髪を梳いたときも背中を撫でたときも、元就の身体は避けなかった。
「いやになんてならねェよ。元就のこと好きだ」
 安心させたかったのに、俺が言い終えた途端、元就は本気で泣き出してしまった。声を噛み殺して、額をこっちの胸にすり寄せてくる。縮こまった肩が震えていて、ぎゅっと抱きしめた。元就が、まだ俺にこうやって抱きしめられることを許すのは、本当に奇跡みたいなもんじゃないかと思った。
「っ嫌いになど、なるものか」
 こぼれる嗚咽の合間に、元就が小さい声で、そう言った。
「すきなのだから、きらいになど、なるものか」
 ちょっと、泣きそうになった。

 さて。
 幸せな気分のまま、一つ息をつく。こんな幸福なのに、なんで溜め息かというと、周囲が俺らに向ける視線の痛さに、ようやっと気付いたからだ。でも、折角懐いて来てくれている元就を放すことも出来なくて、どうしたもんかと考える。
 というか、いい加減マイナス思考だった混乱から脱すると、むしろ結果オーライになっている現状を、遅まきながらも理解するわけで。というか、『嫌われたくない』という感情が強すぎて、本当にそれ以外を考えられなくなってたらしい。今だから楽観的に言えるんだが、それでも、お互いにばれた時点で、こんなに難しく考える必要なかったんじゃねぇの?
 だって、俺が元就のこと苛めたいと思ってるのと同じように、元就は俺に苛めてほしいと思ってるんだから、すでに問題は何もないわけだろ。
 一回、ぎゅうっと強く抱き締めてから、両腕の力を抜く。そうすると、無言の呼びかけに、元就が顔を上げた。目尻と頬が赤いままだ。キスしたくなって、それでも、さすがにTPOを弁える。すでに弁えた行動は取ってないんだけど、一応。
「なんか、俺ら馬鹿みたいだよなぁ」
 そういって、キスができない代わりに、額と額をくっつけてみた。元就は、こういう俺のスキンシップを「犬みたいだ」なんていうけど、嬉しくなると、相手に甘えたくなるもんだ。
 俺の言葉に、ちょっと元就が不機嫌な顔をした。真剣に悩んで、しかも泣き顔まで晒してしまったこの事態を、「馬鹿みたい」と評されたのがお気に召さないらしい。そんなこといったら、俺も随分情けない様子を、元就に見せてたんだけど。
「元就。俺さ、そろそろキスできる場所に移動したいかも」
 素直に訴える。途端に、ただでさえ赤味を帯びていた元就の頬が、真っ赤になった。そして、俺の腕から逃れようと身体を引く。確かに正しい行動だとは思うんだけど、咄嗟に元就を捕まえてしまった。無意識だ。これは仕方ない。
「元親、ちょ、っは、放してくれ」
「うん、悪い。なんかなァ、俺も一応、視線痛いとは思ってんだけどな」
 「ならば放せ!」と悲鳴が上がる。糖質の高い空間に、冷めたような他人の空気が申し訳ない。でも、こっちだって、ちょっと考えられないぐらいの幸運の只中にいるのだ。
「元親、元親」
「うんうん」
 必死に呼びかけてくる元就の頭に顎を乗せる。柔らかくて小さい身体は、両手を使って俺の背中やら腕やらを叩いている。片手にはココアが握られたまんまだ。それでも、あんまし痛くない。
「放せ、こらっ。放さぬか!」
「えー」
「移動したいと言ったのは貴様だろうっ」
 くぐもった非難の声は、それでも結構大きくて、折角無関心で居てくれた人も何事かとこちらを振り返る。いちゃいちゃしてるだけなので、あんまし気にしないで欲しい。
「でも、移動したらしたで、俺キスだけじゃ我慢出来ねェかも」
 というか、絶対我慢できないと思う。
 さすがに、声のトーンを落とす。元就の頭頂部に頬をすり寄せて、ぐりぐりと押し付けた。びくんと、元就の両肩が跳ね上がって、そして、そのまま暫く硬直する。でも、いくらも間を置かず、再度背中を叩かれた。
「構わないから、頼むから、放してくれ……っ」
 搾り出すような声音に、不謹慎にもぞくぞくした。そして、これは許可をもらえたってことでいいのだろうかと、そう思いながら、腕の拘束を緩める。
 元就は、一度安心したように息を吐いて、こちらを睨み上げてきた。遊びすぎだと叱られるが、それも半分は照れ隠しの言葉だから、はいはいと素直に頷く。
 いつもは白い耳まで、ほんのりと赤く染まっているのが、とても可愛い。じいっと見ていると、顔を背けてしまう。
「元就ー?」
 この後どうするのかを尋ねるつもりで、呼びかける。すると、くんと、服の裾を引かれた。左手の人差し指と親指が、俺の服を僅かに摘んで、ちょいちょいと引っ張っている。それでも、視線は右手の下方を向いたまま。
 何で、俺の彼女はこんなに可愛いんだろう。
 とりあえずもう一度抱きしめると、今度は缶で頭を殴られた。



 元就は実家から高校に通っているが、俺は部屋を借りている。中学の頃は、叔父さんの家に下宿させてもらっていたのだが、その叔父さん一家も転勤のために引っ越すって話になって、高校からは一人暮らしになった。ありがちなワンルームキッチンの間取りで、それでも、学生マンションだからか、家賃の割に結構広い。むしろ、実家より勝手が良いくらいで、最近は長期休みになっても帰らずにいる。仕送りしてもらってるすねかじりの身分だから、そこらへん申し訳ないとは思うのだが、バイトとかしてるとどうしても帰省しにくい。ただ、業を煮やした父親から、今年の夏は必ず帰って来いと通達が来ている。内心、子離れしろよと思わなくもない。言わないけど。
 元就は、結構いいとこのお嬢さんだ。小学校を卒業するまでは、幼稚舎からエスカレーター式のお嬢様学校に通ってたらしい。でも、父親とお兄さんがセーラー服姿の元就を見たいと言い出して、中学受験したのだという。なんでも、その学校だとブレザーしかないんだと。どんな理由だと思ったが、「孝行と思えばそれほど苦でもない」なんて、つらっとした顔で言っていた。
 知り合ったのは、中学校の図書室だ。クラスも離れていたし、それまではまったく接点がなくて、精々美人が居るっていう噂があったくらい。
 意外と言われるけど、俺は結構本を読む。出会った当初は、元就からも、怪訝な顔をされた。と同時に、「図書室は眠るための場所じゃない」と言われて、腹を立てたもんだ。
 付き合い出したのは中2の夏休み後だけど、色々な意味で口説き落とすのは大変だった。まあそれはいいとして。
 もうすでに、何度も訪れているのだから慣れているはずの部屋なのに、元就は借りてきた猫みたいになっている。いつだって姿勢はぴんとしてきれいだが、今はそういうのではなく、緊張しているから単純に肩に力が入っているのだ。ワンピースの裾を強く握っていて、そのままだと皴になるのではないかと思う。
 麦茶の注がれたコップを、目の前のコーヒーテーブルに置いた。反対側に座って、元就が持ち込んだぬいぐるみを渡す。元就はクッションだと言い張るが、俺には羊のぬいぐるみにしか見えない。ぬいぐるみを置くのはさすがに抵抗があるといったのに、「クッションだ」と反論され続けて現在に至る。
 元就は羊を両腕に抱え込むと、そのまま顔を伏せた。部屋に来るまでは普通に会話できていたのに、座った途端、妙に意識してしまってるようで、その様子が、元就に対してはとても申し訳ないことに、そそる。
「俺の趣味はさ、まだコアな方じゃないと思ってんだけど、元就は?」
 チャット上でも、さすがに詳細を話すようなことはなかったので(当たり前だけど)、一度確認する。Mッ気があるっていっても、どの程度なのだろう。
「これだけはムリってのあったら、言っといてくれると助かる。元就が嫌なことは、やっぱしたくないし」
 少し口の中が乾いていた。緊張と期待が半分半分てとこだと思う。麦茶を飲みつつ、元就の様子を見る。羊の頭に口元を押し付けて、それでも、一応返事をするつもりはあるのか、喉から「う」とか「あ」とか、そういう音を出している。
「そ、その」
「うん」
 視線を上げない元就を窺いつつ、相槌を打った。伏し目がちになっているせいで、睫毛がいつも以上に長く見える。
「その、高1の、学年末試験のときに、……したで、あろ?」
 俺が暴走したときのアレな。ついでに、こういう性癖自覚しちゃったきっかけのアレ。
「ああいうのは、大丈夫だ」
 語尾になるにつれて、どんどん声が小さくなる。元就は、今は口元どころか、額まで羊に押し付けていた。元就の代わりに、羊のつぶらな瞳がこっちを見ている。
「あれ、大丈夫だったのか?」
「う、う……ぅむ」
 小さい肯定の言葉と共に、元就はこくんと頷く。そして、耐えられないと言いたげに羊の背中で顔を覆う。
 こちらとしては、ずっとしこりとして罪悪感が残っていたので、むしろほっとしてしまった。また違った意味で問題が起こったが、少なくとも、元就は我慢をして俺のことを許したわけではなかったらしい。それだけで御の字だと思う。
「すまぬ」
 思わず安堵の溜め息を吐いてしまったら、顔を伏せたまま、元就が小さく謝ってきた。厚い布地に阻まれて、台詞はくぐもって聞こえた。何のことかわからずに首を傾げ、聞き返そうとすると、こちらが何か言うよりも早く、不安そうな双眸と目が合う。羊に押し付けられて撓んでいた髪が、真っ直ぐに戻り、するりと元就の頬を撫でる。
「……すまぬ」
 腕を伸ばして、元就の髪を耳にかけてやると、少し戸惑うようにした後、俺の手に擦り寄ってきた。なめらかな感触だった。
「元親が、あんなに謝っているとき、本当のことを言えなかった」
 「すまぬ」と、元就が三度、同じことを言った。
 別段、そんなことには腹を立てていないので、反対に拍子抜けする。妙なことを気にするなぁと思うが、それでも、元就は元就で、やっぱりあのときのことをずっと気にしていたのだとわかる。
 自然に、笑みを浮かんだ。こちらもいい加減テンパって居たけれど、元就にも相当の葛藤があったのだと知れて、相手の機微に揃って気付いていないのが滑稽だった。自分たちは、まったくもって正反対の人となりだと思っていたのだが、もしかしたら、すさまじく似ているのかもしれない。こういうのも、以心伝心っていうのか?
「それは、俺も言えなかったし。あいこだろ」
 少しだけ熱を持っている頬を撫でる。人差し指で耳のすぐ側をくすぐると、元就はむずがるように首をすくめた。反射的な仕草で、俺の手のひらを肩と顎の間に挟むのだが、そのまま首筋を指で辿ると、元就がきゅうっと目を閉じる。
「元就」
「っん、……なに」
 呼びかけて、そのまま伸び上がる。テーブルに片腕をつき、右手で元就の目を覆った。そのまま口づける。軽く触れ合わせて、薄い唇を食んだ。舌を差し入れて、吸い上げる。いつもの愛撫に、ひくりと元就の身体が震える。元就の舌の表面を舐め上げて、唾液をすすった。
 片手で元就に目隠しをしたまま、首筋に唇を這わせる。舌先で、味見でもするみたいに少しだけ舐めた。元就の両手は羊を握り締めていて、何かに耐えているようにも見える。
「こういうのは?」
「し、喋るな」
「だめ?」
 話しかけるたび、自分の呼気が、元就の皮膚をくすぐっている。返事を悩んでいる元就に、軽く噛み付いた。そうすると、本当に捕食された小動物みたいに、元就は鳴き声を上げる。いつもだったら、ここらで理性を総動員する。これ以上苛めるのはまずいと、自制するために自分を押さえつける。
「もとなり?」
 問いかけ、噛んだ場所を舐めた。
「ぁ……だ、いじょぅ、ぶ」
「両手使えなくなるのも、目を塞がれるのも平気?」
「だい……じょうぶ」
 唇をわななかせて答える様子に、快楽が背筋を這い上がっていく。元就本人にとって不利なことを告白させながら、性的に興奮しかけている様子を眺めるなんて、まったく意地が悪い。どうしようもないなと、苦笑してしまった。こういう風な元就を、大切に、もっとひどくしたくなる。
「良かった。元就はこういうの、好きなんだな」
「ぃあ、ッ」
 耳朶に噛み付いて、耳の穴に舌を差し入れる。狭い器官へ、突然忍び込んだそれに驚いたのか、震える程度だった元就の身体が跳ね上がった。薄い小さな唇から吐き出される息は、熱を持っている。
 「変なことを口走りそうで、怖い」と、『シュウ』は言っていた。それを思い出して、笑みを浮かべる。変なことを口走って欲しいなと、素直に思う。
「元就は、好きなんだな」
 噛んで含めるように繰り返す。目隠しを外して、近い距離のまま目を合わせた。笑いかけて、返事を催促する。困りきって、ふるふると左右に揺られる首が、ひどく幼かった。それでも許さずに、顎を捕まえてしまう。視線を合わせることしかできなくなって、薄い唇がきゅうっと噛み締められた。
「嫌い?」
 問いかける。潤んだ瞳がこちらを見返している。元就ができるだけ正直になれるよう、目蓋の上と、額に口付けた。
「……っすき」
 言い終えるのを待って、唇にキスをする。元就は、両手で胸に縋りついてきた。羊が膝の上を転がって、テーブルの下に入り込んだ。

 抱え上げて、ベッドの上に下ろす。仰向けに寝させると、ワンピースが僅かに捲れ上がった。膝の上の白い肌が、少しだけ覗いている様子に、既視感を覚えた。
「元親」
「うん?」
 呼ばれて、頬とか、手のひらとかに口付けながら答える。すると、元就がこちらの頬を両手で挟んで来た。何事かと思ったが、そのまま口にキスされる。
「今日は、謝らずとも、いいから」
 額を合わせて、俺からもキスを仕返したあと、「うん」と答えた。
 元就は、拘束されるのも目隠しされるのも好きらしいので、上体を持ち上げて部屋を見回す。肌に痕が残らないよう気を付けたいのだが、専門の拘束具でもない限り、ちょっと難しいかもしれない。少し悩んで、視線の遣りどころに困っているらしい元就を見る。
「元就、暴れないって約束できるか?」
「え?」
「縛りたいんだけどさ、暴れると痕ついちゃうだろ」
 言いながら、元就の手首を人差し指でなぞる。手首を胸元にぱっと引き寄せて、元就は、何を考えたのかわかりやすい表情を浮かべた。視線を逸らし、そのまま、おとなしくじっとしている。逡巡しているのではなくて、俺が行動に移すのを待っている沈黙だろう。
 言葉にすれば、確かに淫乱なことを頼むことになるので、元就が口を閉ざすのはわかる。でも、エッチのとき意地悪をされるのが好きだとばれてる時点で、そういう態度はこちらをその気にさせるだけというか、なんというか。
 下着を外していないせいで、なだらかな山を作ったままの胸に触れた。夏物の薄い生地の上から、形をなぞるように撫でる。
「ぇ、も、元親」
「んー?」
「なんで」
 縋るような視線に、笑みを返す。笑いかけたのに、元就はもっと不安そうにした。
「いや、答えないってことは、今日はヤなんだろ?」
 鎖骨を舐めると、元就の手首が、ふるりと震えた。枕に広がっている髪を撫でて、首筋までを舌で辿る。唇を離すと、元就は詰めていた息を吐き出した。先ほど、テーブル越しに乱したときと比べて、やっぱりその熱は低い。
「いいと、言った」
「謝らなくても、って話だったじゃん」
 元就は、どうにか追求から逃れようと必死になっている。それをわざと問い詰めて、そのたび、頬や髪を慰撫した。本当は、「変なこと」を言ってもいいのだと、教えたいだけだ。まあ、眉根の寄っている顔が可愛くて、わざとそういう言い方してるのは認めるけど。
「ぁ、暴れないから」
「から?」
 何度目かの頬へのキスで、やっと折れる。元就は目を瞑って、俺の首に両腕を絡めると、そのまま引き寄せた。そのまま、勢い余って、俺の耳に唇を当ててしまう。思わず笑うと、抗議なのか軽く噛み付かれた。元就のこぼす呼吸の音が、しっかりと聞こえる。
「縛って、くれ」
 懇願の色の濃い声音が、耳元に落とされる。しがみ付いてくる元就の頭を、よしよしと撫でた。俺に苛められている元就は、こんなにも可愛い。中途半端に持ち上がっていた相手の上体を、背中に手を回して起こさせる。うらめしげにこちらを見てきたので、詫びるように額に口付ける。
「目隠しもしてやるから、安心しな」
 元就の答えはない。けど、一瞬にして首筋まで赤くなったのを見て、さすがに、今回は聞き返さずにおいた。
 沈黙した元就の身体を右腕で抱きながら、反対の腕を勉強机へ伸ばす。ベッドと平行に置かれている机の椅子には、脱いだままの制服がかかっていて、その中からベルトとネクタイだけを取り出した。1年使っているので、ある程度くたびれているのが丁度いい。
 元就は、素直に両手首を差し出してくる。何重か巻きつけて、細い腕を一まとめにしてしまうと、一度だけ手首を離すように引っ張らせた。ベルトは、外側にかかった力を、思った以上に殺している。
「痛くないか?」
「平気だ」
 意外と拘束力が高かったそれは、ほどける兆しもない。まじまじと縛られた手首を見下ろしている元就の身体を、自分の方へ倒す。ネクタイを手繰り寄せると、生地同士が擦れて音を立てた。両目を覆うように隠して、頭髪を巻き込まないように気を付けながら結ぶ。しかし、さらさらとした質感の髪を一緒に押さえ付けるせいか、柔らかく結ぶとすぐにずれてしまった。思わず、結び目を硬くするために、ネクタイの端と端を強く引く。
「ぅあ」
「悪い、痛かったか?」
 急にかかった負荷に抗えず、細い首が仰け反った。慌てて問いかけるが、返事よりも晒された顎から鎖骨までに気を取られて、凝視してしまう。元就は、目隠しされているので当然なのだが、俺の視線に気付いてない。
「びっくりしただけだ、痛くはない」
 さっさと硬結びをしてしまおうと思うのに、元就が話すたび、真っ白な喉がひくひくと動く。片手で、元就の頭部を支える。無防備に晒されている喉に噛み付くと、元就が悲鳴を上げた。結構大きな声だ。肩が竦んでいるが、頭部を支えているのが俺の手なので、元就本人にはこの無防備な首筋を、どうすることもできない。目隠しがずれた様子がないのを確認しながら、首筋にうっ血を残す。
「ァ、んっ」
 もう片手を、ワンピースの中に忍ばせると、太ももが跳ねた。抱きしめている身体の体温が、急激に上がる。自由を奪われることで、途端に感じやすくなる元就の内腿に、ゆっくり手を這わせる。元就は、縛られた両手を握って、局部にこちらの手が届かないよう、必死に裾を押さえていた。抵抗というには、あまりにも脆弱なそれを見て、ワンピースの中の素肌を優しく掻く。
「…っあ、ぁ…ンぅ」
 元就は、唇を半開きにして、荒い呼吸と一緒に声を漏らす。白い歯の先が、僅かに覗いていた。随分と卑猥だった。いつもは、行為の最中も、理性を捨てきれずにいる相手だから、その分みだりがわしく見えるのかもしれない。
「ひぁっ」
 ワンピースを押さえていた両手を押しのけて、足の間を中指で擦る。途端に、湿っているショーツの中で、肉ひだが蠢いた。元就のその場所はすでに濡れていて、時折、ひくついてみせる。陰核も、すでに起き上がってるのだろう。指を上下に動かすと、元就は腰を逃がすようにずり下がろうとした。
「逃げるなって」
「ィあ、ァッ…だめ。ま、ッて」
 気持ち良さそうな声で「待て」と言われても、説得力がない。鎖骨の間を舐め上げながら、髪に吹きかかる熱のこもった呼気に笑う。
 元就の頭部を支えていた片手を、ゆっくりと外していく。最初と同じように仰向けに倒し、元就の髪を布団に散らした。目隠しの結び目が気になるのか、元就は僅かに首を傾ける。
 見下ろしてみると、結構絵的にくるものがあった。細くてちっちゃい元就は、男物のベルトで手首を拘束されて、視界も奪われている。変態な彼氏で悪いと思いつつ、好きで好きで、苛めたくて仕方なかった相手のこんな姿を目の当たりにすると、途中でやめる気にもなれなかった。
 元就の服を捲り上げて、胸部までを一気に晒してしまう。元就の縛られた腕は、胸の上で縮こまっているが、それのせいで、押し潰された膨らみが、腕の間から覗いていた。
「元就、やらしい」
 閉じられた両膝を開いて、染みの出来ているショーツをからかう。足の付け根をなぞったり、濡れている部分を摘んだりすると、薄い腹筋に力が入るのがわかった。下腹部が僅かに持ち上がって、胸を押さえつける両手は、さらに握り込まれる。
 相手の腕を左手で持ち上げて、枕に押し付けた。拒否の声が上がる前に、下着を鎖骨まで引っ張り上げる。乳房がふるりと揺れて、元就の頬が紅潮した。
「乳首立ってるな。縛られて、興奮したか?」
 単純に、温度差で硬くなったというのもあるのだろうが、それに加えて、元就の乳頭は膨らんでいる。試しに二本の指で撫でてみると、元就は、腰を布団に擦り付けた。
「ッん、ゥ…あ、あっ……ぁ」
「……可愛いなァ」
 左の突起を人差し指で押し潰してやる。元就の上半身は反り上がって、立てられた両膝が痙攣するみたいに震えていた。舌先が、開いた唇の間から僅かに覗く。ちょっとしかいじっていないのに、すでに切羽詰っているらしい元就は、本当に、こういう扱いを受けるのが好きなのだとわかる。
 身体のラインをなぞるようにして、右手をするすると下腹部へ這わせていく。右の胸に顔を落とし、やはり膨れている乳頭を舐め上げながら、ショーツの中に手を差し入れた。
「ァッ…あ! ひァんっ……ッャあ、ぃやっ」
 元就が溢れさせている体液が、指先を濡らす。ぐっしょりとしている陰唇を撫でて、膣の入り口を突いてみた。すると、また愛液がこぼれてくる。
 自分の身体を、元就の両足の間に挟んでしまっているので、とりあえず太ももの半ばくらいまで下着を下ろす。熱を持った元就の性器は、熟れきったような匂いをさせて、肉ひだや会陰をくすぐると、そのたびに痙攣した。
「元就、可愛いな。可愛い」
 ジーンズの中で、自分の性器も起き上がっている。けれど、元就が、気持ちのいいことしか考えられなくなるまで、もう少しいじっていたいとも思う。考えながら、朱を引いた目の前の胸元に噛み付く。
 膨らみの間を舌で濡らして、柔らかい肉に歯を立てるのは、妙に楽しい。びくびくと震える身体を、頬ずりすることで宥める。ちょうど、左胸が右頬に当って、粒のような乳頭がこすれた。そういえば、指でいじっただけだったと思い出し、口に含んだ。そして、何となく歯を立てる。
「ァッ!」
 びくんと、元就の上半身がバネみたいに跳ねた。
「アんッ、あ、ひァッ…ぅあ、あっ……ア!」
 ごぽりと、膣から大量に吐き出された愛液に驚いて、また乳首を噛んでしまう。元就は、悲鳴を上げるように喘ぐと、喉を震わせている。
 舐められるよりも、噛まれるほうが好きらしいとわかって、今度は確信犯的に噛み付いてやった。身悶える元就は、首を左右に振りながら、嬉しそうに性器を濡らす。手のひらでシーツを撫でてみると、垂れ落ちた液体せいで、そこはすっかり濡れてしまっていた。
 一度、身体を持ち上げる。元就を見下ろすと、熱っぽい息を吐き出しながら、いまだに身体をひくつかせていた。もしかしたら、軽く達してしまったのかもしれない。それくらい、今日の元就は感じやすい。
 ふと思いついて、机の引き出しに手をかけた。数個のクリップを取り出す。紙を束ねるために使うあれだ。腕を押さえていた左手が外されたのに、元就は両手を頭上に置いたままで、無防備に身体を晒している。ついでに、ショーツも完全に脱がせてしまう。元就は、少しだけ膝を震わせたが、やっぱり抵抗はしなかった。
 指先でクリップを広げ、挟む力を弱める。加減を見ながら、元就に声をかけた。
「元就」
「ぁ、も…と、ちか」
 呼びかけると、元就は声の方角で俺を探しているのか、首を正面に向ける。仕草が、なんだかとても健気に思えて、頬を撫でながらキスをした。触れ合わせるだけのそれに安心したのか、離してしまうと、「もう一度」と催促される。
 口を合わせたまま、いじられて真っ赤になっている乳頭を、指先で捏ねた。唾液で濡れている突起は、ぷるぷるとした感触で気持ちがいい。
「撫でられるのと、舐められるのと、噛まれんの、どれが一番好き?」
 唾液を飲み込むたびに、こくこくと上下する喉を食む。ぐしゃぐしゃに捲り上げたワンピースが少し邪魔だ。右耳の下あたりまで唇を這わせて、耳朶を舐める。
「元就が、一番好きなの、どれ?」
 優しく優しく、告白を促した。元就が「変なこと」を望んでくれると、それだけで俺も嬉しい。
「か、かまれるの、かまれ…ぅのすき、っすき」
 舌足らずな唇が、わななくように小さく開閉する。目隠しされた元就は素直だ。いつもの天邪鬼な元就も好きだけど、こういう元就には興奮する。どっちも可愛いと思う。
「うん、元就は、噛まれんの好きみたいだな。俺も、好きなこと教えてくれる元就見てると、気持ちいい」
 服越しに、硬くなっている局部を擦り付けると、それが何なのかわかったらしく、元就は小さく喘いだ。声色は、少なくとも、怯えを含んでいない。期待したのか、それとも、いつもの行為を思い出したのか、どららなのかはわからないけど。
「元就は、痛いのも結構、好きだったんだなァ」
 背筋を這い上がっていく不健康な悦びに、ぞくぞくとした。元就が、いつもは隠している性の部分を、そこだけ強調するように露出させて、舐め上げて、なぶるのが、ひどく楽しい。辱められているのに、元就は気持ちよくなって、自分の手や腕や、欲を求めている。とても幸せな気分になった。
 身体の側面に寄ってしまっている乳房を掬い上げて、可愛い膨らみを見た。薄桃色に染まっている肌を、単純においしそうだと思う。
「ぃうァああぁッン」
 ちっちゃいなりに、興奮から膨れて腫れ上がっている突起を、クリップで挟んだ。文具できりきりと苛まれている右の乳首は、かわいそうなくらい卑猥だ。
「も、とちかっ、もとちか」
「んー?」
 額にかかってしまっている髪を払って、汗をかいているこめかみにキスする。一応、外してくれと言われれば、外そうと思っていたのに、元就は悲鳴交じりに名前を呼ぶだけで、拒否の言葉をつむがない。ただ、細い両膝が、こちらの身体を挟んでくる。
 クリップを摘み上げると、胸も僅かに持ち上がる。挟む力を弱めているので、少し引っ張れば、クリップはすぐに外れそうだった。
「ンぁっあ、ァ、んぅあっ」
 左手で自分の体重を支えて、右手の中指を元就の中に潜り込ませる。ぐしょぐしょに濡れていたので、内壁の抵抗はまったくなかった。粘液に塗れているそこを指先で撫でると、くんと、腰が持ち上がる。反らされた胸には、まだ文具が噛み付いたままだったので、その上からべろりと舐めた。ついで、クリップを歯で持ち上げる。
 苛められ続けている頂きが、上へと釣り上げられた瞬間、元就の中がひくりと痙攣した。そのままクリップを引っ張ってやると、指を咥え込んでいる性器が忙しなく蠢く。
「ァんっ、と、ちか、ンぃっ、ひァ」
 少しずつ、乳首からクリップが離れ始めている。じりじりとした苛みを受けて、どうにか責め苦に耐えようと跳ねる腰がいやらしい。元就が下半身を悶えさせるたびに、太ももがこちらの身体に擦り付けられるから、我慢するのも段々つらくなってくる。
 くんと、クリップを強く引き上げた。挟まっていた乳頭は、弾かれるようにして解放される。
「ンゃアぁあァアッ! あ、ぅっゥん、ッヒぅ」
 ぎゅうっと指を締め上げられた感覚に、元就がまた達したのがわかった。反射なのか、閉じようとする管の中を擦る。すると、分泌された愛液が溢れて、水音が鳴った。
「胸だけでこんなにイくなんて、元就すごいなぁ」
 少しの本音も混ぜてそう言うと、十分赤かった元就の頬が、さらに熱を帯びた。それでも、何か言葉を吐き出す力もないのか、薄く開いた唇から呼気だけが漏れている。
 くたくたになってきている様子を見て、元就を引き上げた。そして、こちらの足の上に座らせる。元就が腰を下す直前、つうっと、足の間を愛液が垂れ落ちていくのが見えた。
 縛られた両腕を首にかけさせ、軽く抱きしめる。しかし、身体を離すと、起き上がったことでワンピースがずり落ちてしまった。手を縛る前に脱がせるべきだったと思いながら、スカート部分の中ほどを元就に咥えてもらう。
「クリップ、今度は両方つけてやるな」
 至近距離の頬に口付けて、乳房に手を這わせる。一度達して、多少は刺激に慣れたのか、元就は、おとなしく両胸にクリップをぶら下げる。無機物に噛みつかれて、ぷっくりと充血している二つの乳頭が、薄いクリーム色の裏地の隙間から、ちらちらと覗いている。
 鼻で泣いている元就の頬と首筋を、すりすりと手のひらで撫でた。さらりと、手の甲にあたる髪が気持ちいい。
「元就、好き。ホント、好き」
 囁くと、答えるように頬が擦り寄ってくる。下唇は、ワンピースで隠れてしまっているので、上唇を食むようにして口付ける。自分の性器を取り出そうと、ジーンズのチャックを下ろして、ポケットに携帯が入ったままなことに気付いた。
 ちょっと、考える。クリップごと、元就の胸を撫で回しながら、この小さい身体の中に入り込んだときの気持ちよさを思い出したりして、結構本気で逡巡する。
 多分、元就も、抱え上げられたことで、入れられるもんだと思ってるだろう。元就の顔を窺うと、いまだに服を持ち上げたまま、苦しげに喘いでいる。眉根は寄っているし、分厚いはずのネクタイの生地に、じんわりと滲んでいる染みがある。泣いてしまっている。
 優しく優しく、してやりたいなァと思う。優しく優しく、ひどいことをしてやりたい。
「元就、好き」
 元就が、顔を近づけてきた。そのまま、頬と頬を合わせて懐いてくる。ぺたりと座り込んでいる腰を持ち、膝立ちにさせた。それでも、やっぱり力が入らないのか、体重の殆んどをこちらに預けてくる。
 両腕を元就の背中に回し、背筋をなぞるようにしてくすぐった。ひくんと、震える肩を宥めて、背後から性器の中に指を入れる。二本差し入れても、そこはほぐれきったまま、素直に受け入れた。時折、こちらの指を飲み込みたいのか、肉をうごめかしている。
 指を引き抜いて、右肩に顎を乗せている元就の頭部に唇を寄せる。背中を撫でていた方の手で、携帯のアラームをいじった。マナーモードのまま、スヌーズ設定は3分。
 腕を伸ばして、机の引き出しからコンドームを取り出す。元就が少し身じろいだ。いつもの音なので、何が始まるのかがわかったんだろう。いや、多分、元就の予想は外れてるんだけど。
 携帯をゴムの中に入れて、露出させた自身にも被せる。きゅうっと抱きついてくる元就をもう一回撫でていたら、笑みが浮かんだ。可愛くて仕方ないのだ。本当に、元就が愛しくて、これ以上なく大事にしたい。

「ッ、んァああっぅ、ア! ん、ひッゥあ、あ、ァ!」
 ひくついていた性器を満たしたのは、元就の予想と違うものだったと思う。服の裾を噛んでいた唇を大きく開けて、すぐ耳元で元就が喘いだ。背が反り返り、こっちの胸にくっついた乳房が擦れて、右胸のクリップが外れてしまう。
 携帯を、元就の膣の中に押し込んだ。左手で背中を引き寄せると、そのまま前方へ回し込む。文具をつけたままの左胸を、それごと捏ねてやると、また悲鳴が上がった。元就の性器から、コンドームの口の方が垂れ下がっている。
「も、とちかァッ、あ、ンッぁん」
 指を入れて、位置を確かめるために少しだけ回転させると、元就は耐えられなくなったのかへたり込もうとした。がくがくと震えている膝では、確かに自分の体重を支えることができないだろう。
「元就ー」
「ぁッ、ぅン、ヒ…ぃうっ」
「そのまんま座り込むと、携帯中に入れた状態で、俺の咥えることになるぞー?」
 台詞の内容を理解したのか、びくんと、元就が反応する。そして、どうにか留まろうと、こちらの首に回している腕に力を込めてきた。臀部を引き寄せて、元就の足の間に自分の性器がくるようにする。先端が、陰核を僅かに掠めたのがわかったらしく、元就はふるふると首を振った。
「ほら元就、もっとしがみ付かないと、入っちまう」
 避妊具を伝い落ちてきた愛液が、こちらの性器の先を濡らしていく。元就は、どうにか腰をずらそうとするが、元々俺が支えているようなものなので、どうにもならない。ぎゅうっと、引っ付いてくる元就の耳に息を吹きかけて、噛み付く。
「ィあッあァあ! ンぅ、ヒァ、っん! ンッぁんん!」
 触れ合っている膣の入り口が、急にぶるぶると震え始めた。痙攣してるんじゃなくて、携帯のアラームが鳴り出したのだ。衝撃に、元就が崩れ落ちかけて、亀頭の部分だけが入り込む。きゅうっと締め付けてくる肉の壁に、荒い息が漏れた。バイブレーションが、僅かだがこちらにも伝わってくる。このまま、全部入れてしまいたいなと思っていると、元就がすすり泣くように鼻を鳴らした。
 もう一度、むずがるように首を振る。ぶるぶると、体内を振るわせるそれに対して、元就は無防備すぎたみたいだった。
「ャ、ぃやァ…ッ、けいたィ…やっァん、ぬ…ぃて、ぬい、てェ…ッ」
 アラームが鳴り止んだのがわかる。乱れた呼吸のままで、元就が懇願する。また、いつ震えだすのがわからなくて怖いのか、頬をぐりぐりと寄せてきた。
「嫌だったか? 気持ちよくない?」
 かわいそうで、頭を撫でながら尋ねる。不自由な身体を、一生懸命こちらにくっつけて、元就は俺の首筋に頭部を押し付ける。背中に両手を回して、ゆっくりと撫でた。呼吸のリズムに合わせるように、軽く手のひらで叩くと、ヒュウヒュウと鳴っていた元就の喉が、多少は落ち着いてくる。
「んっぃ、きもち、ィいっけど、もぅ…ッもう、元ち、かがいぃ」
 つっかえつっかえに訴える元就を、きゅうっと抱きしめる。そうすると、また「元親がいい」と、ままならない舌が回った。
 かわいそうで、大切で、申し訳なくて、色々とぐちゃぐちゃになっている感情が溢れたが、とても幸せだった。
「も、とちかっに、…ゥ、きっだか、ら…すきだ、から…っとちかに、い、ィじめてッ……ほしぃ」
 ぶるぶると、また携帯が震え始める。元就は悲鳴を上げて、「抜いて抜いて」と繰り返す。とりあえず、少しだけ入っている自分の性器を外して、携帯を入れたコンドームを引っ張り出した。小刻みに喘ぐ元就の肌を撫でながら、ゆっくりと携帯を取り除く。
 全部取り出して、まだ震えている携帯をベッドへ放ると、元就の肩から力が抜けたのがわかった。腰と背中を支えると、安心したのか息を吐き出して、体重を預けてくる。
「元就、ごめんな?」
 口付けたくて、僅かに元就の身体を離した。口と口を触れ合わせると、ほんのりとした熱が、互いに移る気がした。支えをなくした元就のワンピースが、小さい音を立てながら滑り落ちる。裸の胸や脇腹を、布地が掠める感覚に感じたのか、元就がひくついた。
「っ…ぃいと、言ったぞ」
「うん、そうだったな」
 元就に見えないことはわかっていたが、にこりと笑いかける。いつもは、意地っ張りで、性悪で、口が達者で、厳しい元就は、感じやすくて、淫乱で、とても可愛い。本当に本当に大好きな元就が、俺のことを好きだと言ってくれるのが嬉しくて、幸せな気分のまま抱きしめる。
「でもやっぱさ、変態な彼氏で、ホントごめんな」
 元就が返事をする前に、キスをして、舌を絡めた。こちらになぶられるままのくったりしている舌に吸い付いて、口内に溜まる唾液を飲み込む。
 腰を引き寄せると、意図を察したらしい元就が身体を寄せてきた。ワンピースをたくし上げ、元就の中に入り込む。抵抗もなく飲み込んだそこは、俺の性器の形のままに、ぴったりと張り付いてくる。
「んぅ、んン、……ッ、ん」
 気持ちいいのか、元就は舌先でじゃれ合いながら、こちらの足の上にしゃがみ込む。そして、太ももを僅かにすり寄せて、腰を揺する。
 温かな体内に含まれて、とろけそうなくらい気持ちが良かった。ワンピースの上から、元就の腰から臀部までを撫でると、きゅうっと膣で締め上げてくる。軽く揺すり上げ、両方の太ももに、小さく力が入るのを楽しんだ。元就の性器の中の奥まった部分に、先端を擦り付ける。
「んァ、っひぁん……ンン、ッぅン」
 間近で、目隠しされた元就の顔を見ていると、小さな口の中で、舌がちろちろと動いているのがわかった。
 体内を舐めるかのようだった愛撫を、段々と追い詰めるものにしていく。そうすると、元就は、喘ぐことしかできなくなったようだった。こちらとしても、直接的に得る快楽に、思考や判断力が霞み始める。熱を欲しがっていた元就の中は、結構すぐに絶頂を迎えて、俺も、そのときの愛撫に身を任せたまま、精を吐き出した。

 結局、そのあと俺が足りなかったのもあって、もう一回付き合ってもらった。でも、それ以前に何回も達していた元就は、それこそへろんへろんになってしまって、ベッドから起き上がることができなくなっている。
 目隠しも手枷も外した元就に、とりあえず、携帯はもう使わないと約束したら、微妙な顔をされた。どうしたと聞き返せば、別に携帯が嫌だったわけじゃないと、小さい声で返される。
 いい加減苛められて、やっとちゃんと抱いてもらえると思ったら違って、我慢ができなくなったのだそうだ。そういえば、携帯自体は気持ちいいみたいなことも、確かに言っていた。
 うつらうつらとし始めた元就を撫でて、あくびを噛み殺す。元就は、暫く起きないだろうから、シーツを変えようとベッドから降りた。携帯をコンドームから取り出して、一応壊れていないか確認する。
 今度、元就に「ちか」と呼んでくれと頼んでみようか。ふと、そんなことを思った。


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