#7 2year.September
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「それで、結局何を出店するんだ?」
「中等部は、何にせよクラス展示しかできぬゆえ、グループの研究発表になった」
 部活動をしている者は、そちらでも何かするらしいと、他人事のように続ける元就は、実際問題他人事なのだろう。仲の良いお隣さんと言う関係になって以来、この女の子が部活動や委員会をしている様子は見たことがない。
 茶道だとか華道だとか、それこそ薙刀や日本舞踊だとか、何をやらせても様になりそうだと思うが、そういったことは、「習い事」として一通りこなしてしまっているらしい。さすが和製のお嬢様。まあ、お母様が華道の家元というなら、していない方がおかしいのだろうか。
 習い事で忙しいから、部活動ができないという面もあるのだろう。そもそも、元就が学校の寮ではなく一人暮らしをすることになったのも、これが一つの原因らしい。寮の門限は7時だそうで、それじゃ追い付かないに決まってる。
 申請すればそれもどうにかなるんじゃないかと思うが、如何せん習い事の数が多いし、元就自身、数多いそれを続けたかったらしい。楽しいというよりも、途中で投げ出したくない精神だろうな、あれは。
 日曜日の午後、いつもの料理教室だ。きのこやイモのうまい季節になってきたので、炊き込みごはんを教えている。白米は炊けるようだが、そればっかりじゃ飽きるだろう。
 シメジやマイタケを手で裂きながら、出汁の鶏肉を小さく切っている相手の手元を窺う。未だに、この女の子に包丁を持たせるのが不安で仕方ない。
 表面的に、何が変わったというのは、こちらとしては特になかった。
 8月の末日に、マンションの自室へ戻ってきた元就も、多少表情が固い程度で、1年前の4月と似たようなものだ。元就がしたままだろう誤解は、結局解いていない。むこうが、そのことをどう思っているかもわからなかったが、こちらが何か態度を改めるのも妙な話で、こうして部屋への出入りすらも相変わらずだ。
 元就も、こちらがいたって普段通りであるので、それにつられているのかもしれなかった。ただ、そもそも、8月以前だって何があったというわけではないのだ。変わりようがないとも言う。
「銀杏とかも、好きなら入れるといいぞ」
「今は入れぬのか」
「俺が苦手なんだわ。今日は買ってない」
 好き嫌いはよくないと、年下の女の子に説教される。仕方ないだろ、食えないものは食えないんだ。
 研いでおいた白米の中に、ぶつ切りの鶏とキノコを入れる。しょうゆや酒やみりんといった調味料は、もう目分量なので見て覚えろとしか言えない。素人でも玄人でも、いちいち分量を量って飯を作る男と言うのは珍しいんじゃなかろうか。偏見だったら申し訳ないが。
 元就の家に、料理用の日本酒やみりんを持ち込んだのは自分だ。オリーブオイルやごま油もそうだが、何でもかんでも日○サラダ油で作ろうとするなと言いたい。何でお前んちの洗い場下の戸棚には、ヘルシーリ○ッタしか入ってないんだよ。



 朝と夜は冷えるようになったが、それでも日中は気温が高いままだ。初秋と残暑を合わせて感じる妙な狭間の季節だが、日が高いうちは概ね社内にいるので、そこまで暑い思いをしていない。ただ、営業部の家康なんかは気温差に風邪を引きそうだとぼやいてた。クーラー負けしてる竹中に、聞かせてやりたい台詞だろう。
 上着を脱いで、ネクタイを緩める。シャツのボタンを上二つだけ外し、そのまま夕食の支度をしていると、玄関のチャイムが鳴った。一応、インターフォンで確認すれば、予想通りのお隣さんだ。
 朝に手渡した鍋や皿が、夜に返ってくるのはいつものサイクルなので、来訪自体には驚かない。ただ、昨日の晩と違う点と言えば、元就がまだ制服姿だったことだろう。もう9時前になる時間だから、私服に着替えていないのは本当に珍しい。
 玄関を開けると挨拶をされる。当初は恥ずかしがったこちらの着崩しも、さすがに慣れたらしくて動揺はしなかった。というか、未だに一般的な中流家庭で育った俺としては、何を恥ずかしがったのかわかりきっていない。普通だよな、あれは。
「どうした、まだ制服なんて珍しいな」
 立ち話も何かと思ったが、それと一緒に、片手鍋を受け取るため右手を差し出す。差し入れにしても作りすぎたロールキャベツだったのだが、食べきれたなら良かったと思っていると、「そうではなくて」と首を振られた。
「その、今日は習い事で遅くなってしまって、まだ食べておらぬのだ」
「……おいおい」
 思わず、咎めるような声音になる。夕食もまだで、服すら着替えていないなら、やっぱり元就も、ついさっき帰ってきたということなのだろう。ちょっとばかり、駅から一人で歩くには心配な時間帯だ。しかし、そういったこちらの心情を察したのか、元就は、慌てて先生に車で送ってもらったと言い添える。
「それゆえ、もしよければ、一緒にどうかと思って」
 「二日、おかずが同じものになってしまうかもしれないが…」と、女の子は多少不安げに続けた。
 元就が手をつけていないなら、鍋の中には3つほどロールキャベツが転がっているはずだ。二人で食べるには、さすがに足りない。おかずを足すにしても、元々アジを焼くつもりでいたから、妙な献立になってしまう。
 甘えているんだか、気遣ってくれてるんだか、その様子に苦笑する。夏休みに、比較的長い間実家へ戻ったからこそ、一人の食事は味気ないのかもしれなかった。窺うような眼差しを向けられて、そんな風に思う。
 こうやって、相手から甘えられたり、相手を甘やかすことは好きなのだ。リスのように可愛がられて、人魚姫をしていればいいのにとすら思う。そうすれば、と胸中の何かが呟く。
「いいぞ。とりあえず、着替えてこい」
 ついでだと思えば苦でもないので、小さい両手から鍋を受け取る。笑ってやると、元就は一瞬目を丸くして、小さく頷いた。
 部屋に上げる上げないと、問答したのもすでになんだか懐かしい。



soming soon...
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