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 ふと、望美の意識が持ち上がる。
 彼女は、結局弁慶の身体を離さずに眠って、そして、そのまま目覚めた。弁慶はすでに覚醒しており、彼は寝乱れてしまった望美の髪を梳いていた。
 時計を探して、彼女は僅かに上体を浮かした。弁慶は、それをやんわりと押さえ、また寝かしつけるように、彼女の目蓋の上へ手のひらを置く。
「まだ六時前ですよ」
 彼は小さく囁いた。そして、望美の頭を肩口に引き寄せると、彼女の背中を撫でた。素肌に望美の髪が流れ、弁慶はくすぐったい思いをした。
「……」
 望美の呼気が、言葉の形を成した。いまだ眠りの世界をさまよっている彼女の言葉に、返事をすべきかどうか、彼は一瞬迷った。しかし、ついで掛けられた言葉は幾分しっかりとしていて、彼は、情事に疲労した望美の四肢を愛撫しながら尋ね返した。
「弁慶さん」
「どうしました?」
「大丈夫ですよ」
 弁慶の沈黙は、彼女の言葉を促すものだ。望美の身体は、いまだ睡魔からの強い引力を受けていて、長い言葉を喋ることはできなかったが、彼女は懸命に唇を動かし、喉を震わせた。
「歩けるようになります」
 望美の言葉には、主語もなく、補語もない。
「まかせてくださいね」
 弁慶はゆっくりと呼吸をする。眠りに落ちてしまった望美にキスをする。
 夜明けだった。



 望美自身が、あの朝方に交わされた会話を、果たして覚えているのかどうか、それは甚だ疑問ではあったが、それから二ヵ月後、外来訓練と経過診断のための通院があるとはいえ、須釜は退院していった。術後の経過は順調で、弁慶に残された仕事といえば、再発が起こらないための化学療法を判断していくことにほぼ絞られていた。
 最後の診察日、病棟奥の小さな小部屋で、弁慶は彼を見送ると、小さく息を吐いた。
 その日は、春と見紛うような日和で、温かな光が窓から差し込んでおり、それはただただ降り注いでいた。まぶしく、優しく、そして温かい光を受けて、部屋の中の全てがぬるま湯にあるように平和である。弁慶は思う。
 祝福というのは、きっと、光の形をしている。


君は 僕の手を握った。そして 走り出し 振り返る。
大丈夫 虹までだって 届くんだから。飛び上がる。遠くへ。
(どんなことがあっても)
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