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Look at the sky after the rain.
I found you at the foot of the most beautiful rainbow in the world.
I love you and love you and love you!


 ツバメが飛んでいく春の空は、まるで一枚、氷の膜が張り付いているかのように、どこか透明で繊細だった。
 ホームに電車が滑り込む前、その僅か数分間で、彼女は空を眺める。望美の仰ぎ見る碧空には、薄い雲が棚引いていて、少しの強風でも吹いたなら、そのまま消えてしまうのではないかと思えるほど、その存在は希薄だった。
 朝に満ちている澄んだ空気が、まだどこか冬の残り香をまとって、季節の風に運ばれていた。白木蓮の白い花弁から、甘い香りが漂う。それは、目覚めを促すかのように清雅で、なんともいえず瑞々しい。
 月曜日と金曜日と土曜日の朝は、望美と弁慶の通勤時間が重なっていた。自然、車内で落ち合い、連れ立って出勤するようになって、早数ヶ月という時間が流れていた。望美は、親友からいまだに、ときおりからかわれる。朔の唱える「仲がいいのね」という呪文は、望美に対して絶大だ。
 到着した電車の扉が開く。土曜日ということもあって、乗車率は快適と同等のレベルだった。望美は車内へ乗り込むと、いつものように左手の奥に進む。彼女の見つける弁慶は、そのときそのときで少しだけ違った。彼は、穏やかに笑って望美のことを待っているときもあれば、それと同じくらいの頻度で、昨晩の内に読み終えられなかったらしい文庫本へと、意識を半分以上奪われている。
 ただ、どちらにしろ基本はあまり変わらないのだ。望美は微笑む弁慶に笑い返して、もしくは、気付かない弁慶の袖を引っ張り「おはようございます」と挨拶をする。そうすると、彼はやはり柔らかな笑みを浮かべて、朝の挨拶を彼女に返す。
 弁慶は、左手で吊革を握り、望美と目が合うと微笑した。今日に限って言えば、彼を夢中にさせる書物はなかったらしかった。弁慶が活字中毒者であることを、望美は当初から何となく理解していたが、思い知ったのは去年の冬である。彼が「見ないことをお勧めします」といっていた書斎は、すでに「部屋」というよりもむしろ、弁慶という生き物の「巣」に近かった。
 彼女が弁慶の横に落ち着くのとほぼ同時に、車体はゆっくりと加速した。僅かによろめいた望美の身体を、少々過保護のきらいがある弁慶は、しっかりと支える。
「おはようございます、弁慶さん」
「はい、おはようございます」
 弁慶の右手は望美の腰に添えられて、彼女がちゃんと吊革を握っても、弁慶自身が安心するまで中々離されることはない。大事に扱われているのだ。気恥ずかしいけれど、それは望美にとっても嬉しいことで、彼女はどう説明したものか時々困ってしまう。離して欲しいけれど、彼女とて、本当は離して欲しいわけではないのだ。多分、弁慶も望美がそう思っていることをちゃんとわかっている。
 二人が最初に出会った季節には、まだもう暫くの間がある。しかし、一年はすぐさま通り過ぎてしまうから、来年の春にも、望美は同じことを考えるのだろう。
 来月に、小児病棟から三人の退院患者が出る。望美がそのことを伝えると、弁慶も嬉しそうに笑う。ふと、彼の視線が望美のことをじっと捉えた。気付いてしまえば、望美は問うように首を傾げて、彼の言葉を待つ。望美は、弁慶のそのやり方を、ほんの少しだけずるいと思っている。まるで、弁慶の言葉を聞き出したのは望美の方のようだ。
 彼は、邪気のない微笑で望美に答えると、おもむろに口を開く。
「望美さん。そろそろ、乗り合わせるのはやめにしませんか」
「え」
 望美は目を丸くすると、短く声を上げた。驚いた彼女の表情を見て、弁慶は嬉しそうにする。どうやら、望美は彼の思ったとおりの反応をしたらしかった。

「僕としては、同じ家から出勤して、同じ家に帰りたいんですけど、いかがでしょう?」


雨上がりの空をごらんよ。世界で一番美しい虹のふもとで 君を見つけたんだ。
君を愛している! 君を愛している! 君を愛している!
(幼い人との婚姻)
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