桃色ラビットパンチ
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 すうっと、自身の体温によって熱を持っていたベッドの中に、冷気が忍び込む。それと一緒に、冷えた足先をぴったりとふくらはぎのあたりに押し付けられて、リトアニアは小さな悲鳴を上げた。ようやっと寝入った矢先に、そんな方法で起こされては、どんなに温和な性格である彼でも、多少は腹が立つ。しかし、文句を言う前に、リトアニアの悲鳴を聞いたポーランドが、本当に悪びれた様子もなく笑うので、大概、彼は相手のそんな行いを、いくらかの諦念と慣れをもって、許してしまっていた。
「一緒寝よ?」
 甘えるように、暖を求めるように、無邪気なポーランドはリトアニアの背中に腕を回す。友人が、ひどくスキンシップを好むことをリトアニアも知っているから、相手の腕を無碍にしたりはしなかった。もう小さな子供でもないのにと、そんな気恥ずかしさを覚えなくもなかったが、何を訴えても聞かない相手なので、言わないだけでもある。
「それなら最初からそう言いなよ。びっくりするじゃないか」
「リト、マジあったかいし」
「俺のベッドが温まるまで待ってたんでしょ、どうせ」
 ポーランドと、兄弟のように寄り添い歴史を共にして、もう数十年が経つ。彼らの家は、相応に大きくなって、住む人も、屋敷の世話をしてくれる人も大勢いたけれど、二人は大概一つの部屋で遊んでいたし、一つの部屋で眠った。
 ポーランドは、リトアニアの作った料理でならば、嫌いなアスパラガスも食べたし、リトアニアが肩を揺すって、朝の挨拶のキスをすれば、拗ねているときでもなければちゃんと起きた。だから、どんなに周囲に人が増えても、ポーランドの世話をするのはリトアニアだったし、ポーランドは、リトアニアに対して明け透けな愛情をよく示したものだった。
 冬を抜けても、まだ夜の闇は冷たい空気を連れている。カーテンの隙間から、ほんの一筋だけ、月明かりの道が伸びている。それの照らすシーツの陰影が、僅かに揺らいで、ポーランドはさらにリトアニアへと身体を押し付けた。猫がする挨拶のように、鼻の先と先を合わせる。そして、また嬉しそうに笑う。
「もう……いつまで経っても、ポーランドは子供みたいなんだから」
「違うし、リトが老けてるだけだし」
「老け……」
 思わずリトアニアが絶句すると、けらけらと夜だというのにポーランドは声を上げて笑う。静かにしなよと彼が慌てると、さらに嬉しそうにする。
 ものぐさなポーランドなので、彼が入り込んだ際に広げられた天蓋の幕は、開いたままになっている。リトアニアの左足に両足を巻きつけて、それこそクラーケンのようにポーランドは幼馴染の身体に抱きつく。
 こんな体勢で、よく眠れるものだとリトアニアは思うが、そんな彼自身、すでにこうやって眠ることが癖になっている。相手の額にキスを一つ落として「おやすみ」と呟くと、ポーランドもまた、同じことを返した。
「リト」
「……ちゃんと寝ないと、明日オルゴールを買いに行けなくなっちゃうよ?」
 冷気のせいか、目が冴えてしまっているらしいポーランドは、挨拶の後間もないうちに、再度相手を呼ぶ。それに律儀に返事を返して、リトアニアが目を開けると、ポーランドは、なぜか、どこかぼうっとした双眸で、幼馴染の顔をじいっと眺めていた。
「リト。もっかい。もっかい、ちゅーしよ」
「えぇ?」
「もっかい」
 随分と甘えてくる相手に、リトアニアは一つだけ息をつくと、先ほどと同じようにポーランドの白い額へ口付けする。相手の金色をしたまつげが、リトアニアの顎のあたりをくすぐった。
「満足した?」
「んん」
「今の返事はどっちの意味?」
 ぎゅうっと、ポーランドはリトアニアに抱きつく。そして、夜の中にあって、尚きらきらと輝いている髪をリトアニアの頬に押し付けると、丁度肩口に顔を寄せるようにして吐息を漏らす。首筋に落とされる相手の息に、意図の読めないリトアニアは僅かに困惑して、困惑しながらも、ポーランドの背中に両腕を回した。そして、宥めるように撫でる。
「っ、ア」
 かぷりと、噛み付かれたのはその瞬間だった。ポーランドの小さな口の中の、同じく小さな歯列が、リトアニアの首筋に吸い付くように歯痕を残して、どくどくと僅かに血流の早くなったそこに舌を這わせる。
 わけがわからず、硬直したリトアニアの瞳を覗き込み、やはりポーランドは「んん」と、唸るように声を漏らした。
「ちょ、……何? え??」
 咬まれた場所を庇おうと、右手を自身の首筋に当てようとすると、それを先回りしてポーランドが止める。そのまま、もう一度リトアニアの鎖骨のあたりへ鼻を埋めると、今度は、胸に近い場所へと歯を当てる。
「え? えぇえ??」
 なおも続く、ポーランドのじゃれあいのような、不可思議な行動に、リトアニアは戸惑い、意味もなく声を上げる。その動揺を知っているだろうに、ポーランドは変わらず、リトアニアの肌に歯を立てる。リトアニアの身体を、痛めようとしている仕草ではないからこそ、さらに彼は混乱した。まるで、これでは愛撫ではないかと、成長によって得た知識が要らぬことをリトアニアに知らせる。
「ポー! 何? 何なの??」
 思わず、慣れた愛称で相手を呼ぶと、やっと顔を上げた相手は、まだどこか茫洋とした眼差しでリトアニアを見つめる。その顔に、なぜかすうっと、血の気が失せた。
 いつもの夜だった。
 ポーランドは、いまだ寒さの残る季節であるから、暖を求めてリトアニアのベッドへ潜り込んだ。リトアニアは、そんな相手の身体を温めて、抱きしめあって眠ればいいだけだった。一つの枕の上で、リトアニアの暖かい大地の色の髪と、ポーランドの太陽の色の髪が混ざり合い、そして、翌朝目覚めるだけだったのだ。
「……リトは、俺ンこと大好きっしょ」
 それが、なぜか、リトアニアを見つめるポーランドは、濃紺の夜空にかかる月のような光を、その緑の瞳に宿している。相手の眼差しに、いけないものを見つけた気がして、リトアニアは一瞬、息を止めた。
「んで、俺はリトが大好きで、それ考えたら、なんか」
 すり寄せられた頭が、リトアニアの首筋をくすぐる。さらさらと流れる髪が、肌をこすって、リトアニアに、何か、ひどいことをしていた。それが何なのか、リトアニア自身にもよくわかっていなかったが、何か、ポーランドが、リトアニアに居た堪れないことをしているのだと、彼は直感的に悟った。
「なんか、ぎゅーってしたいっつーの? ぎゅぎゅーってしてたいっつーの? こう、がぷがぷって、したいっつーの?」
 呆然として、幼馴染のことを見つめるリトアニアを眺めたまま、ポーランドは言葉を続ける。しかし、話しているうちに気が済んだのか、彼は最後にまた、邪気なく笑うとリトアニアに抱きつき、彼がいうところのぎゅぎゅーっとがぷがぷを、再度繰り返した。
「したくなった。これ、マジきもちいのな」
 血の気が引くどころではなく、貞操の危機を感じ取ったリトアニアが、身体中を緊張させたことに、ポーランドは気付かなかっただろう。まさしく、リトアニアにしてみれば晴天の霹靂である。彼は、次の行動に悩まざるをえなかったし、悩む以前にどうすればいいのかわからず、ただ沈黙して目を見開いていた。そして、そんなリトアニアの僅かに開いた唇へ、ちゅっと可愛らしい音を立てる接触をすると、ポーランドはまた、舌舐めずりをする獅子のような、ニンジンを食む兎のような顔つきをして、にこりと笑う。
 頭にすさまじい衝撃を受けたような気がして、リトアニアは身体を横たえていて尚、くらくらと脳震盪を起こしたような身体を支えなければならなかった。彼は、無邪気で無自覚な相手が、せめて、その行為へかき立てる欲求を悟らないように、必死に平静を保たないといけなかったのだ。
「……ポー」
「んん?」
 段々と、夢見心地になっているらしい相手の雰囲気を見て取り、リトアニアのポーランドの背中を撫でる。そして、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「もう、寝なよ。明日起きられなくなっちゃうよ」
「そんなん、リトが起こせばいいし」
 顔を僅かに持ち上げたポーランドが、リトアニアにねだる。リトアニアは、僅かに緊張しながら、今夜三度目のキスをする。
「おやすみ」
「ん、おやすみ」
 お願いだから、気付きませんように。
 リトアニアは、信心深く神様にそう祈った。彼はポーランドのことが好きなのだ。できることなら、一番好きな友人を相手に、身の危険を感じるようなことは、今後一切したくなかった。
 お願いだから、気付きませんように。
 もう一度、胸中で呟き、リトアニアも意識を手放す。往々にして、彼の願いは、叶わないのが常であったけれど。




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