お題ログ 「眼鏡」
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ひらりと、彼女のスカートが美しい弧を描いた。芳醇な紅茶の香りと共に現れ、しかしそれは一瞬の日常であり、彼にとっても、勿論彼女にとっても目新しい曲線ではない。彼女は昨日と等しくオフィスに赴くと仕事をこなし、また彼の言う要らぬ心遣いに精を出していた。
別段特筆すべきことなどは何もない。
彼はそう気が付くと微細な混乱を抱えた。差異を含まない事象にまるで検討違いな驚きを感じている。
驚き?
彼はまた頭を捻った。何に対してその様な感想を漏らしたのか。彼は悪戯に不可解を投げ与えた少女を見つめ、そうしてほどかれない理由に嫌気がさした。彼の挙動に気付くことの無かった彼女は、再び袂の英文字に心を傾けはじめたその人を見遣り扉を閉ざす。時が流れ、先ほど注がれた液体は相応に無くなっていった。
「おかわりはいかがですか所長?」
樵が倒れた木材の質を確かめるようなノックは彼女の声と混ざり合い、所長室に密やかな甘味が添えられる。彼は小さくため息を吐き、思い当たってしまった異質の理由に軽い目眩を覚えた。
どうやら僕は、麻衣の挙動を好意的に捉え始めているらしい。
スカートのひらめきにしろ、彼女の運ぶお茶にしろ、そして掛けられる台詞にしろ、つい先日のものと相違ない。つまるところ、彼はいつの間にか「恋」という色眼鏡を掛けてしまっていたことになる。
度の合わない無意味な眼鏡だ。
ナルは麻衣を見つめると、無言でカップを差し出した。
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