お題ログ 「冬空の虹」
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 カタリという物音に、しかし雛森の小さな肩は一瞬の戦慄きすら見せなかった。立てた膝に額を乗せ、ただ黒衣の肘に髪が撓んでいるその姿は酷く痛々しい。
 日番谷は、無理に表情を消した顔で、うずくまる彼女の頭頂部を見た。髪結いの布は薄紅色で、どこか柔らかな花を思わせる。升目に作られた牢の向こうを、雛森は必死に拒絶しているようだ。その眦が赤く染められているのかと思えば、日番谷の心は鈍重になった。
 愛しく思えばこそ、日番谷が彼女に出来るのは数限られた項目しかない。その中で、最も日番谷に望ましく、単純な安否を確かめるというこの行為は、しかし洗練されないただの気遣いだ。事実、日番谷は雛森にかけるべき言葉がわからずにいた。
「雛森。」
 彼は膝をつき、背を丸めている雛森を呼ぶ。しかし、日番谷自身が驚くほどに、その呼びかけには心情が反映されなかった。
 もそりと、雛森が面を上げた。そこに、予想と違わない泣き顔の後を見て、日番谷の眉間に小さな痛みのようなものが走る。彼女の表情が無理矢理の微笑を浮かべようとし、しかし失敗して奇妙な筋肉の引きつりを起こしていた。
 彼女の右手が、格子を握ろうと延ばされる。檻のほんの手前で座り込んでいた雛森のいじらしさが、ただ日番谷の胸をつく。
 少女の手のひらに日番谷も答え、彼らは格子越しに手を握る。武具を使い慣れた二人の手は互いに皮膚が堅く、しかしその血生臭くさえある五指を雛森は額に押し当て俯いた。
 それは果たして、慰めなのか励ましなのか。ただ高い高い冬空に浮かぶ、うたかたの虹の光彩に似て。


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