お題ログ 「森の木霊」 Copyright 2008- (C) Uoko All rights reserved. 　樹奈は声を失って以来、深い森を好むようになった。 　俺が立ち尽くす樹奈の姿にどうしようにも切なくなって、思い出の海に連れ出すと、しかしながら、やはり樹奈は嬉しそうに笑った。 　樹奈は海を好きだ。それは、以前も以後も関係なく、樹奈は海を好きだ。 　しかし、俺の知っていた樹奈にクリスが触れると、二人は不可思議なワインの瓶に吸い込まれ、俺をのけ者にしてしまう。そして二人は微笑み合い、ボトルは樹海を漂い沈んでいく。 　それをかじかみ見ているしかない俺を、シンディーは微かな親愛と共にしれ者と笑う。樹奈に対する愛を信じられなくなったら終わりよと。樹奈の抱くと決めた愛を信じられなくなったら終わりよと。こまっしゃくれたしたり顔で、離すなと詰めよる。 　過去、さよりと行けと泣いた樹奈に、俺は年甲斐もなく泣いた。さよりは大切な女だったが、俺が樹奈に恋することを、やめられるはずがなかったのだ。時夫、と唇で象る樹奈を、可愛い樹奈を、愛してくれる樹奈を、どうして地球に譲れるだろう。 　それは違うと、一つなのだと、悲壮に囁くクリスなど、理解したくないのだ。 　しかし、その真理につながる二人をただただ羨む切なさは、樹奈に対してさえも届かない。この声は地に落ち、瞬く間に枯れ果て、木霊よりも弱くなる。 　なのに、樹奈はふと視線を寄越す。薄緑色の瓶の中から、俺の知っている樹奈が笑いかける。 　笑いかける。

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