お題ログ 「大ピンチ!」
Copyright 2008- (C) Uoko All rights reserved.


 少女の首が、後方へと、ありえない角度一歩手前まで曲がっていた。その角度を作り上げているのはネウロの左手であり、ヤコは憎憎しい痛みを和らげるため、若干胸を反らしていた。事務所の定位置である椅子に腰掛け、魔人はもがく少女の身体を、きゅうきゅうと抱きこんでいる。
 ネウロの視線の先にはデスクトップがあり、そのデスクトップには不法にダウンロードされた映画が流れている。現在上映されているもので、そもそもはヤコが見たいと、話題に上らせたものだった。
「ちょっと、これじゃ私が見れないじゃない……!」
 喉を圧迫する姿勢であるから、ヤコの訴えには覇気がない。しかしネウロはそのようなことをあまり気にしない男であったから「ほうほう、そうか」と言葉を返しただけだった。
「私も見たいのにー!」
「別に見る必要はないぞ、我が輩は見ているからな」
「私、が、見、た、い、の!」
「うるさいぞ」
 ヤコの小さな頭を持っていた手が、殺人手前の角度を維持して、ほんの僅か、左に寄る。ヤコの声にならない悲鳴を、鼻歌でも歌いそうな上機嫌で楽の音のように紡ぎ出し、ネウロは笑う。理不尽な魔人の首筋が頬にあたり、笑っていることを悟ったヤコの表情が、また不満げに歪んだ。
「どうした、ヤコよ」
「怒ってるの!」
「何を怒る。我が輩は、まったく映画を見る合間にも、こうして貴様を嫁として可愛がってやっているというのに」
 少女の呼吸も心臓も、多分一瞬止まったのだ。だからネウロが楽しそうに「おお、見事だなヤコよ」と声を上げたのだ。ヤコはそれにも頓着できずに、震える声で聞き返す。
「……嫁?」
「そうだ、こちらでも珍しくはないのだろう。ドメスティック・バイオレンスといったか」
「それ、犯罪だけど」
「魔界では、嫁は夫に虐待されるものだ。虐待が愛情の表れだからな」
 血の気が下がる盛大な音とともに、猛然と抵抗を始めた少女の身体を、難なくネウロは抱え込む。彼はヤコの小さな唇を覆い、ついでに鼻も覆ってしまうと、少女の身体に絡めた右手をそのまま鳩尾へ打ち込んだ。


|||| AD ||||