お題ログ 「ただ欲しいと思っただけ」
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 北崎は、彼に触れることを本心から願っていた。
 すべてを灰に。彼を灰に。そうしてしまえば、自分は幸せになれるような気がしていた。
 澤田の、ひいらりと翻った服の裾が、随分と魅惑的に視界の端に入ったとき。
 愛なのだろうか。これは。
 ふと、燕の眦のようなさり気なさで、そのような思考が、彼の思索の海に放り込まれた。
 それは大した水音も立てず滲むように海に溶けていくと、いつもの平穏な海面が青を讃えていた。感銘の浮かばなかったそれに、少しばかりしこりが残る。
 澤田は、彼の手が自身に伸びたことに気付いていた。
 すべてを灰に。自分を灰に。そうすることで、彼に何か劇的な変化が訪れるとは思えなかった。
 北崎の、ひいらりと翻った掌が、どことなく大仰に意志を伝えようとしたとき。
 恋なのだろうか。これは。
 ふと、春の空のようなおぼつかなさで、そのようなひらめきが、彼の感情のドアを叩いた
 それは自身の古びた扉をノックしたにも関わらず、その存在を忘れさせるように、風に攫われた。残り香さえもなくなったそれに、幼い駄々をしたくなる。
 愛なのだろうか、これは。恋なのだろうか、これは。
 澤田は灰になった自身の服の裾を見つめると、左手を差し出した。北崎は目の前に開かれた蜜のように甘い誘惑に、うっとりとする。
 触れてしまえば、幸せになれるだろうか。触れられれば、幸せになれるだろうか。
 逡巡を繰り返す沈黙が、2人の世界を構築し、端はどんどん広がっていく。止まらないのだ。果てが見えない。
 北崎は小さな溜息を1つ零し、澤田はその様子に片眉を上げた。
 澤田は北崎の答えに、暗鬱な気分を抱えている自身を見つけた。
 愛なのだろうか、これは。恋なのだろうか、これは。


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