お題ログ 「人形」
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 炙られ、薪が数本崩れ落ちた。それと同時に、一瞬だけ、炎は強く燃え上がる。スズメは、焚き火に枯れ枝を投げ入れた。砂漠の夜は暗く静かで、そこだけ星のように明るい。
 ワタルたちが黒い穴に吸い込まれ、幾日か経った。聖樹はスズメの正面に座り、夜空を見ている。火の爪先が彼の足元に伸び、届く前に消えた。彼はスズメにも穏やかで優しく、その世間ずれしない行動だけが彼女の悩みみたいなものだった。
「星なんて見て面白い?」
 彼の行儀いい木彫りの手足が反応し、青い目がスズメへと向けられ、笑う。
「はい、美しいと思います」
 偽証ない子供のような返事に、スズメも少し笑った。
「やっぱさあ、あんたに心がないなんて嘘ね。そうやって感動したり、強情張ったり、楽しんだりしてるもの」
 彼女は、常々脳裏をよぎっていた矛盾を投げる。馬鹿らしい冗談を、苦笑で受け流すように肩をすくめる。
「いいえ、スズメさん。私に心はありません」
 しかし、聖樹はやんわりと彼女の弁を否定した。その表情には、やはり笑みが浮かんでいて、台詞の重みを測るとすれば少々不釣り合いだった。
「でも、あんたはワタルたちを心配したり、星が綺麗だって思うわけでしょ?」
「はい、思います」
 彼女は眉根を寄せる。そして、要領を得ない返答に更に言葉を重ねようとした。しかし、それよりも数瞬早く、聖樹が口を開いた。
「不思議です。この心は、一体どなたのものなのでしょう」
 独り言のように小さく呟き、彼はスズメから視線を外す。そして、空を見る。
「私の感じる喜びや焦燥は、本当はどなたが感じるべきものなのでしょう」
 スズメは胸中で返事をした。もしかしたら、それは聖樹を痛めつけるかもしれない返事だったからだ。
「そのどなたかなら、私のように待つだけでなく、ワタルさんの元に行けるのでしょうか」
 無感情に似た起伏のなさで、彼は自責の言葉を吐く。そして、聖樹はまた微笑み、スズメを見た。彼の白い肌を炎の赤い光が染めていた。人間的な仕草だった。
「ワタルさんたちは、お元気でしょうか」
 生きている人形の囁きに、彼女は相槌を打つ。逸らされた話題が意図的なものなのか、それとも偶発的なものなのか彼女にはわからなかったが、多分後者なのだろうとスズメは結論づける。
「馬鹿みたいに元気よ、きっと」


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