お題ログ 「ありがとう」
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 僕が天使だったら良かった。
「僕が天使だったら良かったね。」
 優しい彼は私にしてみれば今も充分天使のような存在であったのに、穏やかな彼は彼にとってはまるで違うのだと何かを馬鹿にするように呟いた。
 私は特に何かを言う必要があるのかどうなのか、そのタイミングを図れずに結局黙る。
 その様子を見て、ジーンは又笑う。
 「麻衣は夢の中だと、現実世界よりも静かだね。」 といって、天使のような笑みを浮かべる。私は「そうかな。」 と気恥ずかしげに、何だか照れて塞いでしまう。
「僕が天使だったら良かったね。」
 もう一度、海の中で息絶える魚の尾ひれのようなさりげなさで、彼が呟く。
 先程の唇よりも、その言葉を吐いた唇は乾いて見えて。「天使じゃなければならないの?」 と、1つ問い返した。
 彼の綺麗な黒髪が揺れて、そこには私の言葉を反芻するだけの量の沈黙が落ちて、緩やかにまた少し闇が縮まった。
 その事にお互い気付いていたけれど、大切なことは、この会話をテンポを誤ることなく続けることだと理解していたから、恐ろしい縮小を意識の外へ追いやる。
「天使じゃないといけないの?例えば菊の花や木の上の燕じゃいけないの?」
 どんどん小さくなる私と彼の闇。夢の闇。これはなんて恐ろしい縮小。
 ジーンは少しだけ微笑んで、春の杏の花の中で、くるくると回る蜜蜂のように小さく微笑んで、私の頬を撫でた。
「そうだね、天使じゃなくてもかまわないかもしれない。」
 例えば菊の花や木の上の燕でも、かまわないかもしれない。


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