お題ログ 「出発前夜」
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『ああ。私はまた、お前の腕を守れなかったんだね。』
九州へ発つ準備を終えると、手塚は窓から庭を見下ろした。夜の闇は木々の合間合間に潜み、風の音だけが彼らを揺らしている。
思い出された消沈の声音は、再度手塚に爪を立てた。氷帝戦での彼の無茶を、彼女は、彼女には珍しい沈んだ声で、スミレ自身を詰ったのだ。手塚は、一年の頃自らが起こしたつまらない諍いを、未だあの聡明な女性が憂いているのかと思うと、いつでも身を切られる思いだった。
彼女の持つ特有の包容力は手塚の憧れとなってもはや久しく、しかしスミレ本人がその思慕に気付いていないことも一部の人間には不文律であった。けしかける輩は多数存在したが、手塚は告白することを本意とせず、というのも、スミレを悲しませたいのではなくまさにその反対こそが、彼の祈願にあたるからであった。だからこそ、今回の彼自身の選択が彼女をあのようにしたのは、手塚にとって予想のついていた姿とはいえ、つらいことだったのだ。
『守れなかった。』
彼が誠実なスミレの謝罪を聞くのは、今回で二回目だ。返す言葉がわからず沈黙した手塚に、しかし次の瞬間スミレは笑んで見せ、彼の勝ち取った勝利を誉めた。
傷つけてばかりいる。
手塚は一度瞑目すると、自身の左腕を撫でた。せめて、完治の知らせを届けないことには顔向けすらも出来ないと、彼は息を吐く。手塚は拳を作った。
それは、小さな決意だ。
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