お題ログ 「途方に暮れる」
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 あれは何だ。
 南次郎は、暫しの間呆然とすると、ようやっとそのような不可解を抱えた。
 夏を迎える直前の暑苦しい空気が、彼の額に汗を張り付かせている。フックまでしっかりとかけられた詰め襟は今はその場にふさわしく、静々とした焦燥の空気がずっしりと重苦しい。
 それまでの彼にとって、竜崎スミレは女ではなかった。スミレは気に入りの教科担任であり、そして精々、馬が合う部活顧問でしかなかった。そのあまりにも健康的な関係には彼女を「女」たらしめる事象が、なんらなかったのだ。
 スミレは確かに美しい女だった。気の強そうな眦に似合う闊達な弁舌も決して攻撃的にはならず、言うなれば彼も含めた他人に母性を感じさせるに止めるのである。
 しかし、今伴侶のために喪服を纏い、そして真珠の耳飾りを飾るスミレは南次郎のよく知る教師ではなかった。勿論、母親でもなかった。
 簡単なことだ。
 線香臭い座敷に正座し、そして参列者に会釈する彼女は、疑いようもなく女だったのだ。男を失った若き未亡人が強烈な悲愴と色香を匂わせ、南次郎を混乱させたのである。
 あれは何だ。
 彼は再度、心中呟いた。
 焼香を上げに進み出た南次郎が、スミレの前で一礼した。瞬間、しかしながら確然と、二人の目が合う。
 スミレは、彼に途方に暮れたような眼を向けた。
 南次郎は恋を自覚した。同時に、どれ程慕っても叶わぬと、女の瞳に敗退を受けた。


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