君は変わってしまっただなんて
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男は何の気兼ねもなく、ごろりとソファーに身を投げている。その姿はあまりにも怠惰だったが、その場にいるもう一人もカーペットに懐くこれまた酷い有りようだったので、大した問題にはならなかった。
シュラの寝起きのぼんやりとした思考を、巨蟹宮のひんやりとした空気が撫でる。彼自身と似たような無防備さでデスマスクは寝ている。シエスタの目覚めは、心地よいゆっくりとしたスピードで、シュラの小指や膝へと広がる。シュラの覚醒に触発され、デスマスクの瞼がひくりと痙攣した。彼の銀色の睫毛も揺れた。
シュラは水分の足りない喉で、小さく起床の挨拶を言う。それは彼の母国語で、デスマスクの返事は判然としなかった。
様々な荒事のすんだ聖域は長閑だった。平穏は喜ばしいことで、彼らの幼い頃の習慣だったシエスタが、再び日課になることは真実夢のようだった。シュラは薄暗くなり始めた室内を見る。夕風と時刻の光が床と壁をなめる。そこに苦悶の死仮面はない。そして、物の少ない部屋の様相に、彼は「殺風景だ」と簡単な感想をもらした。
過去、デスマスクは、平らな部分がないから、物を置くにも置けないのだと笑ったものだった。けれど、平らになっても置かないのだから、それは態の良い言い訳だったのだと平和がシュラに知らせた。デスマスクは物臭な男だったし、シュラは一本気な男だったから、こういった嘘に至らない言葉尻があるとき、二人とも聞き流すことが吉と知っていた。
デスマスクが身を起こした。シュラはそのことを視界の端に入れたが、結局室内の壁にやった視線を動かさなかった。デスマスクはあくびを一つもらし、右の肩と左の肩を交互に回した。そして上半身を反らした。
「シュラ?」
彼は一通り目覚めの行為をこなすと、そこでやっとシュラへと気を回した。シュラはぼうとして、未だ眠りのカーテンを開き切れていないような風情だった。しかし、シュラはちゃんと目覚めている。デスマスクはそれを知っている。だから、シュラが全く面倒がって視線すら寄越さないだけなのだとも、すべて分かっている。
「おい、こら。ふぬけみたいだぞお前」
シュラが暴言にデスマスクを見た。デスマスクの眼に、彼を貶める意志はない。友人同士のじゃれ合いだ。だからシュラも乱暴な台詞を返す。そしてデスマスクがまたからかうようなことを言う。シュラが腕を掲げ、しかし背筋も伸ばさずにやる気のない戦意を示せば、デスマスクは大きな声で「落ち着けよ」といいながら笑う。
彼は聖剣を未だ持っているし、死ぬまで手放すことはない。デスマスクとてそれは同じことで、彼の指先はずっと黄泉比良坂とねんごろだ。離れることなどない。
デスマスクがシュラから逃げ、レモン水を作った。シュラが礼を言って受け取ると、デスマスクは「変わらねぇな」と笑った。
「お前は昔から、冗談が通じないんだ」
彼は昔から一本気だったし、彼も昔から物臭だった。だから、シュラは考えるのが面倒になった。
レモンの酸味がシュラとデスマスクの喉を通って胃に落ちる。遠くで、ミロが「デスマスクー!ごはーん!!」と叫んでいる。
普通にだらだらとした日常話です。変わったって多分いろんな人が思ってるんだろうけど、あんまし変わってないんだと思う。
あ、ミロは「ごはーん(作ってー)!!」って言ってるんです。ご飯だから呼びに来たわけじゃありません。
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