落ちる世界
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それがサガを浸食すると、もう彼には耐えられなくなってしまった。また、それを強固に招き入れぬことの出来ないサガ自身に砕かれてしまって、彼が大切に扱っているサガの身につけた美しい様々なものは、どんどん干上がってしまうのだ。
サガにとってそれは苦痛ほかならない。気狂いのように頭を振り、それを振り払おうと、もしくは自身がそれから這い出ようと苦悶しても、ただただ無力感に襲われるだけで、サガは静かに泣くしかなかった。
「また、泣いているのか」
酷いサガが癇癪を起こす時、億劫そうに現れるのはデスマスクだ。そして、苦しむサガが泣き暮れる時、美しい眉根を寄せ側に寄るのはアフロディーテだった。だから、サガはこの瞬間に、膝をつき彼の頬を掬い上げるアフロディーテを美しい両眼で見つめ返した。
アフロディーテは、しっかりとしたその眼に涙を見つけ悲しくなる。恋はすべてを一人の男にくれてやったが、アフロディーテはサガを敬愛していたし、多分抱く親愛は彼に対してが最も深かったからだった。
力あるものの正義をアフロディーテは疑わない。サガは強かったが、その強い正義は内から壊れた。サガの息の根を止めにかかるそれは確かに強大で、だからサガの正義は淘汰されてしまう。
サガは否と叫ぶだろうが、アフロディーテには正義が優しいものと感じられなかった。正義とは、きっと、それだけで存在することができないのだ。誰かの正義を否定し、肯定されなければ、正義は正義ではないのだ。そんな血生臭いものが、到底優しいはずもなかった。
アフロディーテの知るサガは優しい人だった。だから、優しい人が正義という暴力で傷つくのは、彼にとって悲しいことだった。
サガはさめざめとアフロディーテの前で泣いている。アフロディーテは、静かに彼の側にある。サガを苦しませる強さにアフロディーテは敵わない。けれど、その正義もいつしか何かに破られるのだ。
アフロディーテの友であるシュラも、恋しいデスマスクも、慕うサガも、アフロディーテ自身の正義も、誰もが持っている正義という生き物の性に、いつか殺されるときがくる。正義とは、きっとそういうものだ。アフロディーテは神託のような絶対性で、それを確信している。
「正義とは、なんて醜いのか」
アフロディーテは呟く。その悲しい囁きに、サガはまた涙を流した。
「アフロディーテ、やめておくれ。正義とは、優しいものなのだ」
アフロディーテは答えなかった。ただ、控え目に笑みを浮かべる。
落日の日はまだ遠い。けれど、必ずこの世界は落ちるのだ。
「それ」っていうのは黒サガというよりも正義という意味合い強く読んでいただければ。薄暗い話が続きますね。サガの話になるはずが魚が出たら出張ってしまった(だって好きなんだもん)
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