教えてあげましょうかあなたにだけ
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デスマスクが盟という弟子を取ったときの反応は、概ね不信と同情に大別できた。前者はデスマスクに向けられたもので、後者は哀れな聖闘士候補へ注がれたものだ。
デスマスクにしてみれば、その周囲のリアクションは、数多くの心得ているものの内の一つにすぎなかったし、盟は言葉もわからない見知らぬ土地で常の通りに気を配れるほど余裕もなかったから、結局当人ら以外がいたずらに騒ぐ結果に終わってしまった。盟は育ってきた環境上、他者の機微に敏感ではあったが、唯一の保護者ともいうべきデスマスクに、周りなど気にするなと言われてしまえば、彼はそれ以上視線の意図に意識を向けることなどなかったのである。
かくして、シチリアでの二人の共同生活が始まったわけだが、結果だけ見れば、盟はデスマスクに懐き、また良き弟子となった。全く不可解なことであったが、盟は心根正しく、その能力を着実に伸ばし、何より、彼は彼の師を心底尊敬し慕っていた。13の誕生日を迎えてすぐ、東洋人らしい黒髪を銀色に染め替えたところから、盟のその心酔ぶりが誰の目にも見て取れた。デスマスクの言葉を借りれば、男は「子供の扱いに慣れてる」らしい。
デスマスクの旧知であるシュラは盟の健康的な成長に首を傾げ、アフロディーテは「何の技を使ったんだ?」と真正面から疑問を呈した。それを笑って聞いていた盟は、すでにシュラとアフロディーテからもわかりやすい愛情を受けていた。
「師匠」
「ああ? どうした」
盟が呼び掛けたときのデスマスクの返事は、このように多くの場合乱暴だ。彼の師は明日の朝食の下ごしらえをしていて、振り返ることもなかったが、しかし盟はそのまま会話を繋げた。デスマスクが言わなければ聞かない人間だということを、盟はすでに知っていたからだった。
「シュラさんとアフロディーテさんに言っていいですか。師匠は目茶苦茶優しいですって」
「誰に言っても嘘つき扱いされるのがオチだな」
相手にしないデスマスクの答えに、盟は僅かにふて腐れた。デスマスクの台詞が正しいせいでもあったし、かたくなに聞き入れない人々への不満も理由の一つだった。しかし、沈黙はデスマスクへの有効な手段とは言えなかったので、盟は表情を改めると、作業を止めない師の背中にもう一度話しかけた。
「師匠、眠れません」
嘘だ。盟の若い身体をもってしても、日々の疲労は否応なく睡眠を要求している。
デスマスクは、拗ねた弟子をようやっと一瞥した。その双眸にはありありと多種の感情が乗っていたが、盟は殊更気にしない素振りで師の返事を待った。子供らしい笑みを口許に乗せることはなく、だからといって嘘に信憑性をつける愚かさがない表情で、盟は単純に師へ甘えていた。
デスマスクは一度大仰な溜め息を吐いて、冷蔵庫から牛乳瓶を取り出す。一杯のホットミルクを作り、それにブランデーを数滴落とした。建て前の嘘に付き合う姿は、盟にとって師というよりも、大人を連想させた。
「明日は10キロランニングを延ばせよ」
そして、デスマスクが下す盟の生意気に対する対価は、いつも安い。
盟は誰かに教えたいのだ。彼の師が優しく、様々な意味で長けていることを。しかし盟の訴えを聞いたところで、誰もが決して信じない。
デスマスクは十分に大人だったし、子守のコツを知っていたし、時折の甘えならば許した。
「教えたいな」
盟はマグカップを両手で持つ。
皆、デスマスクの料理が上手いということは知っているはずなのだ。それなのに、弟子をなだめるホットミルクの甘さは、知らないと言う。
そりゃ信じるはずもないさ。
でも盟の知ってるデスマスクだけが全てじゃないから、やっぱりでっすんはひどい人なのかもしれないとも思う。
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