飛燕
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 星矢の頭上に、一つ、滑らかな影が落ちた。
 鳥が飛んでいく。燕は、自身の小さな身体を更に平らにして、すいと電信柱と電線を越えた。
 彼は思わず立ち止まる。今年初めて目にした後ろ姿を見送る。そして、ランニングコースとして選んだ道のりを振り返り、また前方を眺めて、季節に色づいたそこここに目元を和ませた。
 星矢を追い越した一羽の小鳥が、黒い尾の先で春を告げていた。陽射しが、世界に目覚めた甘い匂いを優しく射っていた。その匂いは、ほころんだ花の芳香であったし、萌芽した草葉のかぐわしさであったし、子供が母親と共に作っている午後の焼き菓子のそれでもあった。
 瞬だ。
 星矢は唐突にそう思った。
 冷たさの残る風を、空気を、ひっそりとした営みで、しかし確かに春が染め換えていた。
 柔らかく、僅かに輪郭線のおぼつかない草花。ブランコの金具がなく音と、楽しげな歓声。車のボンネットで眠る茶猫の毛先が、蜂蜜色に光る。
 瞬だ。
 星矢にとって春の端々と風景、そしてその世界の中を飛び、消えていった燕は、どうしようもなく瞬を形作るものだった。
 呟けば、燕と春に例えた人の苦笑が、彼の脳裏に鮮明となる。何を言っているの、星矢。
 くすくすと小さな声で笑う空想に、星矢は「でも」と言葉を投げる。聖衣を鎧ったときですら、滲む彼の春。曲線を引いて空をいく燕。
 瞬だ。
 星矢は三度思う。そして、薄い青色の空を見上げた。

 私の瞬のイメージってこんなんです。ツバメの季節が来たついでに春を書けて少し満足。瞬は春の似合う子だわ。


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