強がりすら言えないで
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 山の稜線を辿り、うっすらと朝日が空に滲んでいた。彼の吐く息は白く、またまなじりはぴりぴりとした冷気によって撫でられている。その日の穏やかな天候を見とめると、ムウは一度西の方角へ視線を投げた。彼のその行為によって変化するものはなく、ただゆっくりと夜が追われる。
 ムウの独りの夜が、独りの朝に取って代わり、そして独りの日々が積み重なっていた。滑り落ちた時はすでに4年を数え、元々少なかった彼の少年らしい溌剌さは、理性の静かな眼差しに消えた。彼の師が死んで、4年が経つ。しわくちゃの老人の手が、厳しく彼を鍛錬し、もしくは髪を梳いた過去から、4年が経つ。
 喪失の衝撃は、ムウの記憶の中で埋没しているわけではない。彼の自由に出来る記憶は確かに同年代の子供より多量にして膨大だったが、それは朝と昼と夜の繰り返しで褪せるほど、淡い代物でもなかった。4年前、ムウの知らない教皇の右隣にはシュラがいた。左隣にはアフロディーテがいた。子供らしい不安感からデスマスクの存在を探した彼に、アフロディーテが「奴は仕事だ」と端的に言った。静謐さがじわりじわりと、醜悪な予感へ変わるには十分な時間だった。
 じっと眺めているムウの頬を、山の端にしたのと同じように、日が照らした。彼の鼻と目蓋と唇の膨らみが一層光を受けた。ひたと遠い西へ向けられた眼差しがゆっくりと外され、少年は無言のまま踵を返した。
 屠った人々への憎悪や、二度と鼓膜に響くことのない叱責や、事実を捻じ曲げたいような我儘や、そういったもの全てが薄く開いた唇から漏れぬよう彼はただ黙した。
 彼は沈黙したのだ。少年の非力さも、愛した人達への寂寥も、師への追悼も、全てムウの沈黙に倣い、大人しく飼われている。
 朝、そうやってギリシャの方角を眺めるたびに、ムウは沈黙する。パンドラボックスへ触れるたびに。受け継がれた聖衣修復の技をなすたびに。金づちを振り下ろし、あたりへちらばる光の粒の一つ一つすら、征服するように。
 ただ沈黙のため、口を閉じる。

 まだ貴鬼を弟子にとっておりません。テンションの低い話で申し訳ないです。
 この人の孤独はどんなもんじゃろなーと考えると、どうにも結論が出ないのですよ。


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