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東方司令部司令官執務室、つまりロイ=マスタングの仕事部屋には、うんざりとした気の篭った一定速度のペン音が響き渡っていた。
一定速度といっても、時々あきらかに「逃げ出したい」というように止まってはいるのだが。
それを誰がさせているものか、あえて語るのは愚問である。
彼の優秀な副官曰く、「日頃の行いの賜物」らしい。
逃げ出したくても逃げ出せないわけは、彼女が常に見張っていて、手が止まる度に無言で牽制してくるからである。
はっきり言ってこの司令部内で彼女を怒らせようなどと命知らずなことを考える者はまずいない。
例えそれが彼女の上官である彼だろうとだ。
そんな彼女は現在、拳銃の銃口を上官である彼にむけならがら、自分は誰かと楽しげに電話をしていた。
「そう・・・解ったわ。じゃあ、お願いね」
そう言うとようやくホークアイは受話器を静かにおき、同時に拳銃も静かに収めた。
それに対して深い溜息が聞こえてきた。
「・・・人が仕事をしている横で、随分とたのしそうだったね」
「ええっ、実際楽しいですから」
多少皮肉を込めていったその言葉にもまったく動じないところはさすがというか、それとも予想済みだったのだろうか。
またしても深い溜息が聞こえてきそうになったその寸前で、ホークアイは先程の言葉の続きを言った。
「エドワードくんとの会話は」
「そうか・・・・・・・って、エドワード!!!」
「大佐少しお静かに」
その名前を聞いて思いっきり驚愕の叫び声をあげ、反射的に立ち上がったロイに対し、間髪いれずに真顔で注意をしたホークアイはさすがである。
しかしプライベート以外では呼ばないエドの名前を思わず呼んだ事からも、ロイがどれだけショックを受けているかが伺える。
「なんで私に替わってくれなかったんだ?!」
「そういうことはその書類の山を片付けてから言って下さい」
ロイの言葉にホークアイはまるで聞き流すかのようにさらりと答える。
ちなみに彼女の仕事はすでに終了済みである。
「それにエドワードくんが『仕事が終わっていないならやめておく』と、言ってましたが」
ホークアイのその言葉にロイは先程よりもさらにショックを大きくさせた。
自分はこんなにも会いたい、話したいと思っているのに、片や自分の恋人であるエドにとってはその程度のことなのかと、なんだか無償に悲しい気持ちになった。
そしてショックを受けて先程から心ここにあらずで呆然としているロイに、ホークアイは溜息をつきつつ、「どの道このままでは終わりそうにない」などと考えながら、ロイにある提案を提示した。
「では、こうしましょう。その書類を一定の量だけ終わらせてくれれば、少しの間だけエドワードくんと電話で話をすることをお許しします」
ホークアイのその幾分か譲歩した言葉に、ロイはすぐさまぴくりと反応を返した。
「それは本当かね?」
「ええ。エドワードくんから聞いて彼が現在いる場所の電話番号は控えさせて頂いていますから。そうですね・・・ここからここまで終わらせて頂ければ」
ホークアイがそう告げるとロイの行動は早かった。
すぐさま書類処理にとりかかり、手を休めるのも惜しいというように、次々と未処理の書類が処理済の書類に変わっていった。
そんな様子を眺めながら、「いつもこうなら良いのに」と、ホークアイが溜息をついたのは当然のことであろう。
あれから、普段からは信じられないようなスピードでホークアイが指定した量を処理したロイは、現在嬉々として電話の先の人物と話をしていた。
「元気そうで何よりだよ」
『そういう大佐も無駄に元気よさそうだな』
「そう思うかね?私は君に会えなくて寂しいのだが」
『そーですか』
「・・・そこで『じゃあ、今すぐにでも帰ってやるよ』くらい言えないのかね?」
『言う気はまったくない』
「酷いね君は。恋人が寂しい思いをしながら、指折り数えて待っているというのに」
『誰が恋人だ!?』
「君が私の、私が君のに決まってるじゃないか。違うのかい?エドワード」
『・・・・・ちが・・・わない』
受話器の向こう側で照れくさそうに頬を赤くしているエドの姿がその声のトーンから容易に想像できて、それがあまりにも可愛かったので、ロイは久しぶりに彼の声を聞いたこともあり、もう少し自分の言葉でエドを照れさせてみたいと思ったその時、聞きなれたある音が背後でしたため硬直した。
「お時間です、大佐」
ロイの背後にはしっかりと時計で時間を確認し、またもや銃口をロイに向けているホークアイ中尉がいた。
「も、もう少しだけ」
ロイが引き攣った笑みを浮かべながら笑顔でそう言うと、ホークアイは無言のまま引き金を引いた。
そしてロイのそばぎりぎりを通過した弾は、見事に壁にめり込んでいた。
引き攣った笑みに加え、冷汗も激しく流し始めたロイを真顔で見つつ、ホークアイはやはり銃口をロイに向けた。
「・・・・・・・・・・・・」
「もう1度言います。時間です」
ホークアイのその威圧に暫し硬直していたロイだったが、受話器の向こう側からエドの声が聞こえた瞬間はっと正気に戻った。
『大佐、ひょっとしてホークアイ中尉怒ってない?』
「・・・その通りだ」
『じゃあ、もうきろうぜ。どうせまだ仕事途中なんだろ』
「・・・そうだね、もの凄く残念だけどそうしないと命がないようだ」
『あはははっ。まあ、せいぜい頑張れよ』
「ああ、ありがとう。・・・絶対にまたかけるからな」
『・・・解ったよ。じゃあな、あんまり中尉に迷惑かけるなよ』
そう言うとかなりあっさりとエドが電話を切ってしまったため、ロイは電話をかける前よりもある意味なんだか寂しくなった。
しかし、そんなロイに同情して容赦するホークアイではなかった。
「それじゃあ、エドワードくんで充電もしたことですし。残りの書類を早く片付けてください」
もしもこの場に、例えばハボックやファルマンなどの他の軍人がいたならば、間違いなく「エドは大佐専用の充電器かなにかか?」と突っ込みを入れたような台詞だった。
しかし現在、エドのあまりにもあっさりとした切り方に落ち込んでいるロイがそれに気づくはずもなく、エドとの電話中にあれほど生き生きしていた人物と同一人物とはとても思えなかった。
当然そんな状態のロイがまともに書類処理に手をつけるはずがなかった。
「仕方がないですね。それじゃあ、それを今日中に全て終わらせて頂ければ、エドワードくんに会いに行っても良いですよ」
ホークアイのその一言に、ロイはぴくっとあからさまに反応を返した。
「・・・中尉、君の発言はまるで鋼のが」
「ええ、来てますよ。この街に」
あまりにもさらりとしたホークアイのその言葉に、ロイは本日何度目かのショックを受けた。
「どうして教えてくれなかったんだ!いや、そもそも鋼のはなぜここに来ないんだ?!」
しかも先程の電話でもエドはイーストシティに来ているとはまったく言わなかった。
なぜ自分は何も知らずにホークアイには知らされているんだと、ロイは激しく今日1番のショックを受けていた。
「教えれば大佐は仕事をさぼってでも会いに行かれるでしょう?それにまたエドワードくんから『俺が行くと大佐が仕事をさぼって中尉達に迷惑がかかるだろうから』といって遠慮してくれたんです」
そして言葉の後に付け足すように、「大佐と違って本当に良い子ですよね」と、ロイに対して毒を含んだような台詞を零した。
そしてロイはその告げられた言葉の全てから眩暈を引き起こしそうになっていた。
「ですから、早く会いたければ、それだけ早く処理を終わらせれば良いのですよ。そうすれば、喜んで居場所をお教えします」
そう告げてにっこりと微笑むホークアイだったが、目には明らかに笑うのとは別の意思が篭っていた。
「・・・本当に教えてくれるんだろうね?」
一方どうやら復活したらしいロイは、にやりという表現の笑みを浮かべ、まるで挑戦するかのようにホークアイにそう告げた。
「ええ、嘘はつきません」
ホークアイのきっぱりとしたその言葉を聞くと、先程の電話の条件よりも素早い速度でロイは残りの書類に取り掛かっていた。
限界ぎりぎりまで速度を上げたため、ロイは当然のように疲れきっていた。
しかしそのかいもあって書類は物の見事に全て処理し終わり、これでエドに会えると思うとロイには疲れなどなんてことはなかった。
「さあ中尉、約束通り終わらせたぞ」
してやったりというような笑みを浮かべるロイが全てを言わなくても、書類の束をまとめるホークアイには容易に何が言いたいのか解ることだった。
「そうでね、お疲れ様でした。それではエドワードくんの居場所ですが・・・」
「よう大佐!お疲れさん」
ホークアイの言葉の途中で突然開いた執務室の扉の先にいたのは、目下ロイの目的であったエドの楽しそうな満面の笑みだった。
「・・・鋼の?」
エドの突然の出現にロイは何が起きたのか解らず思考が一時停止した。
何しろ彼がイーストシティに来ていることはホークアイの言葉から知ったが、今までの会話からこの東方司令部に来ているとは微塵も思っていなかったのだ。
しかしここでその謎を解く間髪いれないホークアイの言葉が入った。
「私はこの『司令室』に来ていないと言っただけで、『東方司令部』自体に来ていないとは、一言も言っていません」
さらっとしたホークアイのその言葉に、ロイは「やられた」と思った。
「エドワードくんには、『大佐の仕事が終わるまで会うのは我慢してほしい』と、私が無理を言って頼んでおいたのです」
「・・・それでは、あの電話は?」
「ああっ、あれは内線だ」
まるでいたずらをした子供のように楽しそうにエドは答えた。
「ちなみにずっと、隣の部屋にいて、文献読んだり、時々こっちの部屋に聞き耳立てたりしてた」
そんな近くにいたのかと、気が付かなかった自分自身にロイはショックを受けていた。
「それじゃあ、私はこれで失礼します。エドワードくん、今日は本当にありがとうね」
「別に良いって。また何かあったら言ってよ」
「そう?それじゃあ、また機会があったらお言葉に甘えさせてもらうわ」
にっこりと微笑みそう告げた後、ホークアイは大量の書類の束とともに執務室から姿を消したのだった。
「あれ?中尉やけに機嫌が良いと思ったら、その書類ひょっとして・・・・・」
書類が片付いたことにより上機嫌の様子で廊下を歩いていたホークアイに、ハボックが彼女が手に持っているものに対して意外そうに声をかけてきた。
「ええ、察しの通りよ」
「珍しいっすね。大佐がそんなにきちんと仕事するなんて」
「ふふっ・・・ちょっと『餌』を上手く使わせてもらっただけよ」
「『餌』?」
「そう・・・・・今頃その当の本人は大変でしょうけどね」
そう言いながら意味ありげに微笑むホークアイの言う『餌』が何を意味するのかを察して、ハボックはその人物に心の中で合掌し、同時に「絶対に中尉には逆らうまい」と改めて決意を固めていた。
同じ建物内で噂になっているとも知らない当の本人は、未だ落ち込む恋人に呼びかけつづけていた。
「大佐――。お〜〜い」
積もり積もったショックでかなりの精神的ダメージがきているロイは、エドが呼びかけても立ち直るなかなか立ち直る気配がなかった。
その様子に仕方がないというように溜息をついた後、ロイの額に口付けた。
「鋼の・・・・・」
「・・・・・今回だけだからな」
少し頬を膨らませながら、顔を真っ赤にさせたエドを暫く呆然と見つめた後、ロイはいつもの笑みを浮かべて見せた。
「まさか君からこんなことをしてくれるとは思わなかったよ」
「ばっ・・・・・今回は特別だ。一応、大佐が落ち込んでるのは、俺にも責任あるんだし」
「そうだね・・・私は凄く傷ついたよ」
そう言って寂しそうな空気を作り出したロイに、エドは多少今回のことについて罪悪感を感じ始めた。
まさか自分のせいでここまで追い詰めることになるとはというように。
しかし次の瞬間のロイの一言でそれが間違っていたことを認識し、後にエドは深く後悔することになる。
「だから、今夜は徹底的に付き合ってもらうからね」
「・・・・・はっ?」
あまりの態度の変わりように呆気にとられていたエドだったが、ロイに抱き寄せられてはっと我に返った。
「なに勝手なこと言ってるんだよ?!」
「冷たいね。君は私にあんな仕打ちをして、何もお詫びをしてくれないのか?」
ロイのその言葉でエドは思わず口を噤んでしまった。
しかしこの時反論しなかったのはエドにとって大きな間違いになってしまった。
「反論はないようだね。それじゃあ、さっそく私の家にいこうか」
「って、ちょっと待て!なんでそうなるんだよ?!」
「君に拒否権はないよ。解ったら大人しくするんだよ、エドワード」
耳元で甘ったるく囁かれ、ぞくりと体中を駆け抜けた感覚に、エドは逆らえなくなり、結局そのままロイの家にお持ち帰りされたのだった。
あとがき
初ロイエド作です。
でも、初ロイエド作品がこれってどうなんでしょうか?;
エドの出番が少ないし、中尉が出張ってるし。
でも中尉好きなんですよ私(^^)
(元)東方司令部の面々は皆大好きですけどね。
私的に中尉はエドの良いお姉さんでいかせて頂きますので。
まあ、今回のについてはエドを犠牲にしているあたり、本当に良いお姉さんなのか?という疑問を投げられると思いますが・・・・・
そして今回の大佐はへたれでした。(すいません;)
まあ、ラストちょっと鬼畜はいってましたが・・・・・・(^^;
今回1番の犠牲者って、結局エドなんじゃと思う自分がいます・・・・・
ちなみにタイトルの意味は訳すと『釣り餌』です;(まんまじゃん・・・;)