ドーナツ




ハルワタート=マスタング5歳、愛称ハルは可愛いうさぎさん型のリュックを背負い、わくわくとした期待が押し隠せないといった表情をして、玄関前で母親と4人の姉達に見送られていた。
「それじゃあ、これうちの電話番号だからな。何かあったらすぐに掛けるんだぞ?」
「うん。わかった〜〜」
家の電話番号の書かれた紐を通した札をハルの首にかけながらそういう母親の心配そうな言葉など気づかず、ハルはにっこりと満面の笑みで答える。
「ハル、道順まちがえたらだめよ?」
「うん。イシュおねえちゃん」
念を押す双子の姉の的確な言葉にも意気揚々と答える。
「ああ、ハルちゃん心配だわ!」
「何かあったらすぐ連絡してね!」
「あたし達が何があってもすぐに駆けつけるから」
「ありがと〜。ファウおねえちゃん、ティアおねえちゃん、ローラおねえちゃん」
言っていることはもっともだが、まるで戦場にでも送り出すかのような勢いの姉3人にさえまったく怯まない。
「それじゃあいってきま〜〜す」
こうしてハルは心配そうな母親と姉4人に見送られ、初めてのおつかいへと繰り出していったのである。



ことの発端は一昨日だった。
マスタング家の主にして軍のトップ(就任したばかり)であるロイ=マスタング大総統がその日の内に必要な書類を家に忘れていった。
それを最初に発見したマスタング家の四女でありハルの双子の姉イシュタル=マスタングこと愛称イシュは、1人でその書類を大総統府の父の下まで届に行ったのだ。
しかもその途中で日頃お世話になっている父親の部下達に差し入れを買っていくというおまけつきで。
これには親ばかのロイは当然のこと喜び、部下達は5歳という年齢でのこの気遣いにいたく感動した。
そしてその直後「やっぱり大将の子供とは思えない」と口走ったロイの部下数名がロイに焼き殺されそうになったのは余談ではあるが。
その後帰宅したイシュは母親に大いに誉められ、姉達からは賞賛の嵐を浴びることになった。
そしてそんな双子の姉がしたことに末っ子であるハルは目を輝かせ、「僕もおつかいしたい」と言い出したのである。
自分も誉められたいというわけではなく、単純にイシュの真似をしてみたいということなのである。
ハルは何かにつけてしっかり者の双子の姉の真似をしたがるのだ。
しかしイシュはマスタング家で1番のしっかり者。
軍部の者達から言わせれば、5歳の身のうえで親よりもしっかりしている非常にできすぎた子供なのだ。
対してハルはマスタング家一の天然ぼけぼけ甘えっ子。
末っ子ということもそうだが、何よりも姉弟の中で唯一母親に瓜二つであるハルは、父親に姉達よりもべたべたに甘やかされ、可愛がられている。
そのために現状のような性格が形成されてしまったのだ。
そんなハルを1人で街に出すなど、危険すぎると最初は家族揃って反対した。
しかし反対されてハルが泣き出しそうになったため、慌てる両親や姉達を尻目に一家一のしっかり者であるイシュが妙案を出した。
ハルの安全を確保するために軍部の皆に協力してもらおうと。
これには家族一同賛成し、軍部一同も快く協力を約束してくれた。
軍部の面々もハルは可愛いし、それに前日にイシュが差し入れを持ってきてくれた礼もあると言ってくれたのだ。
もっとも彼らが快く引き受けなかったとしても、ロイがまず間違いなく司令部一同を発火符で脅していただろうが。
ちなみにその後すぐさま協力のお礼として軍部一同に菓子折りを手配するというしっかりとした一面をまたイシュは見せていた。



そんなわけで軍部の協力も得て、無事本日の「ハルの初めてのおつかい」が実現したのである。
ハルが出ていくとすぐにエドは受話器に手をかけ、司令部にいるロイへと電話を掛ける。
「・・・あ、ロイ。俺だけど、今ハル出たから」
『そうか・・・・・しかし、心配だな。もしもハルに何かあったら・・・・・』
「そのためにわざわざホークアイ准将とか、ハボック大佐とか、軍部の皆に協力してもらってるんじゃないか」
『そうだったな・・・・・くっ!しかしやはりここは俺が行ったほうが』
「だからお前が出て行ったら何にもならないだろ。・・・・・それから、仕事中なのに一人称戻ってるぞ」
夫を嗜めつつ、細かな所にも突っ込みを入れつつ、エドはなんとかロイを落ち着かせようとした。
しかしそうはいうエドもハルの初めてのおつかいに気が気ではない。
「とにかく、お前はおとなしく仕事してろよ」
そう言うと電話先でまだ何か言ったり、名残惜しそうにしている夫を無視し、エドはそのまま一方的に電話を切った。









てくてくといつもは母親に手を引かれながら歩く道をハルは1人でうきうきと楽しそうに歩いていた。
「さいしょはドーナツやさんにいって、おとうさんたちにドーナツかっていってあげるの〜〜〜」
張り切って楽しそうにドーナツ屋に向かうハル。
一方それを物陰からこそこそと尾行ている人物達がいる。
弁明しておくと彼らは犯罪者ではなく、むしろその犯罪者を取り締まる軍の人間だった。
彼らはハルの安全確保のためにこうして物陰に隠れながら付いていっているのだが、知らない者から見ればとても怪しい集団だった。
「やっぱハルは可愛いよな〜」
「そうですね。それにしても、どう考えてもあの2人の子供とは思えませんな」
「そうだな・・・特に大総統の子供とはな・・・」
「ハルは純粋そのものだし、イシュはあの歳で俺達にもきっちり気を使ってくれるしっかり者・・・」
「・・・・・やっぱりどう考えてもあの双子は性格上ではあの2人の子供とは思えない」
「あ、あのぉ〜〜〜」
そんな事を話しているハボックとブレダとファルマンの3人がそんな事を口走っていると、突然フュリーが後ろ青褪めた顔をしながら声をかけた。
3人は何事かと振り返ってみると、そこには恐怖の大王、もといマスタング家最凶の三つ子が勢ぞろいしていた。
「うああぁああ!う、上姫トリオ!!」
真っ先に恐怖で声をあげたのは、いつも8歳の三つ子にやられているハボックだった。
その他の面々も青褪めた顔でかなり慌てている。
「ごきげんよう・・・皆さん」
「ところで今聞き捨てならない事を口走らなかったですか?」
「誰が誰の子供とは思えないですって?」
8歳の少女に恐怖を感じてしまうなど、大人としては恥以外の何者でもないかもしれない。
しかしこの上司の性格の悪さだけを見事に受け継いだような三つ子は、はっきりいって大人だということなど関係はなかった。
「まったく何を馬鹿げたことを言っているのか!」
「ハルちゃんとイシュちゃんは正真正銘父様と母様の子供!」
「そしてあたし達の可愛い妹と弟!」
「「「そんな当たり前の事に対して疑問なんて零さず、ちゃんとハルちゃんの護衛してください!!」」」
いつもながら見事なまで息が合っているなと4人は思った。
しかしどうしてここにこの3人がいるのだろうか。
考えるまでもない。
可愛い弟が心配で母親と妹に気づかれないように抜け出してきたのだろう。
「ほら、もたもたしないで」
「早く行きますよ!」
「しっかりと働かないと、父様に頼んで減棒ですよ!」
誰のせいでこんな状況に立たされたのだろうかと、軍部4人は様々な心情で見事までに哀愁を漂わせていた。








「はい。こちら本部のホークアイです」
『ああ!准将、大変なんですよ!!』
ハルくん護衛隊本部、基大総統執務室で待機及びロイの見張りをしていたホークアイが受話器を取ると、今にも泣き出しそうななんとも情けないフュリーの声が聞こえてきた。
「何かあったの?」
ハルの身に何かあったのかと神妙な面持ちで尋ねるホークアイに対し、フュリーはその予想を裏切った答えを出した。
『・・・実は・・・・・三つ子ちゃん達がついてきちゃったんです・・・・・』
それを聞いてホークアイは暫し言葉に詰まる。
『ハボック大佐なんか・・・・・もう、ぼろぼろです』
「わ、解ったわ・・・・・とりあえず、エドワードちゃんには報告しておくから」
『よろしくお願いします・・・・・』
最後とても力のない声で通信を切ったフュリー始め現場に出ている一同がホークアイはなんとも哀れになった。
しかしここはハルのためになんとか耐え忍んで貰おうという結論にいってしまったのだった。








ハルワタート=マスタングは天然ぼけの傾向がある。
猫を追いかけて道を外れること5回。
誘拐犯と思われる怪しい男に声をかけられてついていきそうになること3回。
別の意味で怪しい男に声をかけられついてきそうになること11回。
無論、それに対してハボック達がハルにばれないように助け、なんとかハルは今ドーナツ屋で買い物を無事にしている。
はっきりいってハボック達にはある意味普段の任務よりもこのハルの護衛はきつい仕事である。
失敗すればまず間違いなく上司からの制裁がまっているし、それ以上に目の前にいる三つ子が本当に怖い。
ハルが危ない目に遭うたびに笑顔で妙な威圧感を飛ばしてくる三つ子は、ハボック達が失敗すればいつでも制裁できるようにスタンバイが完了している。
ある意味戦場に出るより命がけだ。
そんな恐怖と戦いながらハボック達が自分を護衛しているとは知らないハルは、ドーナツを買い終わったようで意気揚々と再び歩き出した。
おつかいのご褒美にと店主が気を利かせておまけしてくれたたため、とても上機嫌な笑顔だ。
そのあまりの可愛らしさにキャーキャー騒ぐ三つ子は、ばしばしっとかなり強い力でハボックの背中を叩いていた。
ブレダ、ファルマン、フュリーから同情の眼差しが集まる中、4人の中で1番の被害にあっているハボックはすでに限界だった。
その後も猫や子犬を追いかけて道から外れたり、怪しい男達に連れ去られそうになりながらも、ハルはハボック達の護衛のおかげでなんとか司令部に到着したのだった。








「おとうさ〜〜ん」
「ハル!よく来たな」
無事にたどりついた愛らしい息子を仕事をすぐさま放りだして抱き上げるロイの姿は、とても大総統とは思えないものだった。
その姿は完全にただの親馬鹿の姿だった。
「おとうさん、ぼくちゃんとおつかいできたの〜〜」
「そうか。偉いな、ハル」
頭を撫でてやるとハルは満面の微笑みを浮かべて喜び、ここに来るまでの事をロイに話し出した。
そのハルの話を頷きながら聞くロイに溜息をつきながら、ホークアイは執務室の扉の外に行った。
「お疲れ様・・・」
彼女がそう言葉を告げた場所には、すっかり疲れきってぼろぼろのハルを護衛していた4人が倒れこんでいた。







その日の夜。
ハルの初めてのおつかいについて盛り上がっている両親と姉3人を横目に、イシュはある場所に電話をかけた。
「あ、酒屋さんですか。ワインを2本ずつ、4人分お願いします。労災見舞いように1人ずつつつんでください。代金はロイ=マスタングにせいきゅうしてください」
騒いでいる皆さん少しは5歳のイシュを見習いましょう。









あとがき

また意味なし落ちなしな話になってしまいました;
お子様話は書いてて結構楽しいです。
この話の別タイトルは、「ハルの初めてのおつかい」(まんま)
「上姫トリオ」っていうのは、軍部の人達が三つ子を全員纏めての呼称で、
1人ずつだとファウが一姫、ティアが二姫、ローラが三姫です。
ちなみにイシュは小姫で、ハルはハルのままか若とかです。
とにかくマスタング家で1番しっかりているのは、四女のイシュタルです。
すでに5歳児の身の上で人生悟っちゃってるような子です;
まあ、あんな両親と姉達じゃ仕方がありませんけど・・・
おまけに弟は天然でぼけぼけの甘えっ子。
まあ、イシュもハルのこと可愛がってますけどね。
しかしエド子のお題なのにエドがほとんど出番なしですいません;






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