新薬実験




人が本格的に宇宙に進出してもうかなりの月日が流れていた。
どれだけの優秀な科学技術があちらこちらで日の目を見ていても、この町は見た目は昔となんら変わりはない。
ただ変わったことといえば、歴代の先祖がまじめなことが嘘のように、子孫である当代の彼は明らかにおかしかった。
どれだけ性格がまともに見えるものであろうと、その実態はどこかがおかしい。
しかしその中でも彼は特に群を抜いていた。
「いやぁ〜〜〜〜〜!!」
そして今日も今日とて彼の妹の悲鳴がこだまする。



「ルートさん!ルートさん、しっかりして下さい!!」
「お・・のれ、世す・・・」
義弟の必死の呼びかけも空しく、ルートはそのままばたりと倒れこんでしまった。
「ん〜〜、ちょっと効果が薄かったですね」
「『薄かったですね』・・・じゃないわよ!この馬鹿兄ぃ!!」
この兄にはいつものことではあるが、自分の薬を試した結果倒れた人物が目の前にいてものほほんとしたその様子に、これまたいつものことながら妹は激昂する。
「お客さんに盛るなと、いつもいつもいつもいつもい〜〜つも言ってるでしょうが!」
「まあ、まあ良いじゃないですか。世之」
「よ〜〜くない!!」
「世の中犠牲はつきものです」
「世水兄の享楽のために犠牲になる必要性がどこにあるのよぉ?!!」
「ここにあります」
にっこりと微笑んできっぱりといつものごとく告げる兄に、これまたいつもの如く世之は顔を引きつらせて身体を震わせていた。
その2人の横で義兄弟はまったく別の感動的とも言える空気を作り出していた。
「か、カロス・・・お前だ・・けで、も・・・無事・・・で・・・」
「ルートさぁん!お願いですからしっかりしてください!!」
その両極端とも言える光景は、どちらが本当に血の繋がりのある兄弟同士か目を疑うものだった。









「と、いうわけで、申し訳ありませんが、ルートさんをお願いします」
そう言って自分の体格よりもよほど大きないき絶え絶えとなっている青髪の人物を担いでやってきた、自分の師の1人であり、育ての姉でもある人物を多少呆然と下ながら見詰めた。
「・・・悲鳴があがったのでもしやと思ってましたけど・・・やっぱりですか」
「お恥ずかしい限りです・・・」
「龍くん、引き受けてもらえますか?」
カロスが曇った顔をしていると、龍はにっこりと微笑んだ。
「もちろんですよ。確かに薬草を取りにいっている間、ルートさんを世水先輩の傍に置いておくと何があるかも知れませんからね」
「ご迷惑お返します。龍頂様」
「困った時はお互い様です」
それを聞いて世之はルートをその場におろして龍に引き取ってもらった。
「ルートさん・・・待っててください。すぐに薬草取って戻ってきますから」
「それでは龍頂様、ルートさんをよろしくお願いします」
「はい」
言葉を交し合ってすぐに世之とカロスの2人は足早に薬草取りに向かった。
その背中を見えなくなるまで見送った龍は、世之同様自分よりもずっと体格のあるルートを運びながら言葉を漏らした。
「・・・世之先輩も大変だな」
まったくその通りである。










山影町は建物などの人造物はもちろんのこと、自然物にいたるまでも人為的にある形になるように配置されている。
それは上空から見れば解ることだが、山影町は町の中にある1本の樹を中心にし、幾重のも結界の形を作っている。
その結界の1つである五行結界・土陣付近には上級の薬草がよく取れ、薬師御用達の場所となっている。
その場所で今現在、世之とカロスは1人の人物救出のため、必死になって薬草を探していた。
「死にはしないでしょうけど、相当辛いと思うから早くしてあげないとね」
「すいません・・・世之さん」
「何言ってるのカロスくん。元はといえば、あの馬鹿兄のせいで〜〜」
怒りでわなわなと拳を震わせる世之の殺気は、普通のものならたちどころにそれだけで殺傷できてもおかしくないものだった。
しかしこの場所は呪術師一族の本拠地であり、自然物もそこらのものとはわけが違う。
それにカロスにしても幼くても青四竜王の1人である。
よって恐怖はさすがに感じてはいるが、殺傷されるということはない。
「と、とにかく・・・早くその薬草探しましょう!」
「・・・・・そうね」
カロスの言葉で世之は多少冷静さを取り戻し、殺気を押さえ込んだ。
2人が探している薬草はかなり貴重なもので、この場所といえどそうそう容易には見つけられない。
しかし2人にはどうしてもその薬草が必要なのである。
実は以前世之は今回ルートが盛られた毒薬と同じ種類のもの(ただし効果は今回のものより高い)ものをやはり世水に盛られたことがあり、その際今探している薬草が良いということを覚えているからである。
しかしその薬草はその時は家にあったのだが、今は見事に品切れとなっており、よって調達のところから始めなければいけない。



「・・・カロスくん。見つかった?」
「いいえ・・・」
何十分と探しても見つからない薬草に、2人はまるで示し合わせたかのように同時に溜息をついた。
「仕方ないわね・・・」
「世之さん?」
「あまり乗り気じゃないけど・・・・・ルートさんのためだし」
何を言っているのか解らないカロスが小首を傾げるのと同時に、世之は横を向いてその方向に声を上げた。
「さっきからいるのは解ってるのよ。出てきなさい、知由!」
「あら。やっぱりばれてたんですか」
やり過ごそうともせずあっさりと現れた知由の表情は、あきらかにこの事態を想定していたようににっこりとしていた。
「・・・・・気配ですぐ解るわよ」
「これでも上手く消してたつもりなんですけどね〜。やっぱり一族の方達には無意味ですか」
そういいつつ見つかってもいい気満々だったことを世之は解っている。
「まあ、良いわ。薬草の場所はどこ?あなたの能力を使えば簡単に解るでしょ」
「え〜〜〜どうしましょうかね〜〜」
「・・・・・今年の龍頂様の新年会での写真」
「解りました〜〜♪」
世之の一言にあっさりと嬉しそうな声をあげて知由は了承した。
その光景に何が起こったのか解らないカロスは呆然としている。
「えっとですね〜〜・・・・・あそこです」
「どうも・・・」
知由に教えられて世之が探した場所から、先程まで2人が必死になって探しても見つからなかった薬草があっさり現れた。
その状況にまたもやカロスが呆然としていると、知らぬ間に近くにきていた知由にじーっと顔を見られていた。
「あ、あの・・・・・」
「へ〜〜・・・あなたがルートの義弟になったカロスねぇ」
「えっ、あ、はい・・・そうですけど・・・・・ルートさんを知っているんですか?」
「正確には君のお父さんとあたしのご主人様が仲良かったけどね」
その意外な言葉にカロスは目を丸くして驚く。
「・・・カロスくん。知由はね、麗様の霊従だったのよ」
「えっ?!あの龍くんのご先祖様で、史上最強の霊従師と言われる?」
「違いますよ〜〜。今でもあたし達は麗様の霊従です」
驚きっぱなしのカロスの声とほぼ同時に、知由は世之の言葉が過去形であったため、非難めいた声と表情を向ける。
「・・・・・そうだったわね」
「そうですよ!にしてもやっぱり親子ね〜。タルスそっくりだわ」
「そ、そうですか・・・」
知由のまじまじとした感想に、カロスは照れて顔を朱色に染める。
「それじゃあ、あたしは行きますけど・・・・・約束忘れないでくださいよ!」
「はい、はい・・・・・」
「それじゃあ。ああ、ルートにもよろしく!」



知由が去った後暫くして、カロスが思い出したように呟いた。
「そういえばどうしてあの人はここに来ていたんでしょう?」
「多分・・・能力で今回の一件を知って、良い交渉になると思ってきたんだと思うわ」
また頭痛の種が増えたと世之は頭を抱えた。
それと同時に、勝手に写真を交渉材料にしたことを心の中で龍に詫びていた。
本当にあの人物の遺した霊従達は厄介な色々な意味で連中が多いと、世之は心の中で霊従達本人と今は亡き彼らの主に悪態をついた。
しかし自分の兄に比べればまだ可愛いものだとも世之は思った。
「・・・それじゃあ、早く帰って解毒剤作りましょうか」
「そうですね。急ぎましょう!」










「カロス〜〜〜!ありがとうな!!」
無事に毒が中和されたルートは、解毒剤を作った世之よりも、そのブラコンぶりを早速はっきし、まず真っ先に最愛の義弟に感謝を言った。
「いえ、当然のことですから」
「世之もサンキュな!お前だけはいつまでもまともなままでいろよ!!」
「言われなくてもそのつもりです・・・・・」
自分までおかしくなっては世の中はおしまいだと、世之は心の中で硬く今後もしっかりしていこうと決意した。
大げさなことではなく、実際その通りである。
ふと世之の頭にあることが浮かんだ。
「そういえば・・・龍頂様。薬草を取りに行ったときに知由に逢いましたけど」
「ええっ!それって、麗様の霊従の1人の知由ですか?!」
「そうですよ・・・」
途端に龍の瞳がきらきらと輝き出す。
龍は麗のことを殊のほか尊敬している。
その伝記に記されている強さや活躍の類はもとより、なによりも麗の霊従達への接し方を知って尊敬しているのだ。
麗に関することを知った時の龍の表情はいつも輝いている。
「麗様と行動を共にしていたんです・・・皆やっぱり貫禄や威光等も凄いんでしょうね」
きらきらと瞳を輝かせて夢を見るようにそう言う龍を見て、世之とルートの2人は知らないということは幸せだと思いながら、本当の事はとても告げられないと顔を引きつらせながら思っていた。









世之がルートの解毒剤を作ったのとほぼ同時刻頃、ことの元凶である世水は早速また新薬の開発に取り掛かっていた。
意気揚々と鼻歌混じりで本人にとっては非常に楽しい、その他の人物にとっては非常に恐ろしい薬を作っていると、部屋の扉を静かに開く音がした。
「ああ、世雷おはよございます」
静かに部屋に入ってきた髪の長さ以外自分と瓜二つの双子の弟に、にこやかに声かける世水ではあるが、すでに時刻は夕方となっていてどう考えても不適切な挨拶だった。
しかし昼食以来ずっと眠っていた相手に対する挨拶としては正しいのかもしれない。
世雷は兄の言葉にただこくんと頷くと、コップに水を一杯ついで飲み、そしてコップを置くと再び部屋を出ようとする。
「あ、世雷も一緒に作っていきませんか?」
「・・・・・・・・・・・」
楽しげに世水は自分が今作っている新薬を世雷に見せる。
世雷は暫くそのまま考えたが、やがて首を横に振った。
「そうですか。それではまた夕飯になったら呼びますから」
世水のその言葉にこくんと頷くと、今度こそ世雷は再び睡眠をとるべく2階の自分の部屋に戻っていった。
「さてと・・・続きをしましょうか」
そして意気揚々と世水は新薬開発を再開させた。
後日再びこの新薬の実験台にされる哀れな人物がいることは言うまでもない。









あとがき

久しぶりのオリジナル更新です。
しかも千還録の番外編・・・といっても、千還録事態が本編の外伝なんですけど。
そしてこっちは本編のキャラでお話を作るので、どっちが外伝で本編なのか解らなくなってきます・・・・・
こっちのキャラでお話かいたの何年ぶりなことか・・・
でも久しぶりに書いててとても楽しかったです(^^)
ちょっと残念なのはルートをもう少し壊したかった・・・
奴のブラコンぶりはあんなものじゃありません・・・;
そして麗の子孫がまともで、逆に渓紹の子孫の方がまともじゃない(1人例がですが)という・・・・・;
ちなみに龍は麗の霊従連中に相当気に入られてます。
麗にある意味似ているということで・・・・・・(^^;























「皆〜〜!きいて、聞いて〜〜」
「どうしたんだよ?知由」
「なんと〜〜!離代様から龍様の新しい写真貰える約束取り付けてきたわよ〜〜!!」
「なに?!」
「うわ〜〜♪さっすが知由姉さん」
「良くやった知由!」
「なんといっても龍様は麗様によく似てらっしゃいますからね」
「うん、うん。むしろ今までの方達は子孫なのに、特に中身が麗しゃまと似てなかったしね〜〜」
「その点、龍様は結構近いよな」
「でも、麗さまじゃにけどな」
「・・・はい」
「早く麗様が生まれ変わってくると良いね・・・」
「そうだな・・・それまで私達は何があってもお待ちするまでだ」
「うん!!」






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