SWEET
DAYS
「そういえば・・・・・」
不意に目線を上にしてジェイドが何の前触れもなくぽつりと言葉を漏らした。
「今日はバレンタインでしたね」
バレンタイン・・・・・
その言葉に仕事をしていたプラチナの手と言わず、その表情と体全体が硬直してしまった。
それに気がついているのかいないのかジェイドは更にプラチナにとってはとどめに近い一言を告げる。
「アレク様からもらえると良いですね・・・・・って、プラチナ様?」
そこでようやく主の異変に気がついたようで、ジェイドは何事かといった様子でプラチナに視線をとどめたままにする。
そして暫くして、ようやく硬直状態から脱したものの今まで下を向いていてよく伺うことの出来なかったその綺麗な顔は蒼白となっていた。
「・・・・・ジェイド」
「はい?」
「何か忘れていないか?」
恨みがましそうに、半ば行き場のないためなのであろうが、プラチナに睨まれながらそう言われて、ジェイドは顎に手をかけて考え込む。
そしてようやく思いあたった答えにぽんと手を1つ打つ。
「そういえば・・・プラチナ様は甘いものがお嫌いでしたね」
「・・・・・忘れるな」
そう、甘いものがだいの苦手のプラチナにチョコレートなんてものが平気で食べられるのか?
答えはもちろん否である。
都会に居た頃、その端麗な容姿のプラチナは当然と言って良いほどバレンタインに大量のチョコレートを渡されていた。
だが、本人は興味がないのと、何よりも先程の『甘いものが苦手』という理由から全て断って、一切受け取ることはなかった。
しかし今回、これからは勝手が違う・・・
自分にチョコレートをくれるのは何よりも大切で愛しい姉兼妻。
もし受け取らなかったのならば、拗ねて当分口を聞いてくれないどころか、以前の自分の部屋に引きこもる恐れさえあるし、何よりも彼女がわざわざ自分のために用意してくれるものを無下に受け取らないことなどできようか?
否、できるわけがない。
だが、受け取れば必然的に食べることになる。
最初からアレクのいないところで誰かに代わりに食べてもらうという選択肢は微塵もない。
アレクが折角くれたものを他の者にやることなんて、まず何が起きようとする気はないと誓いを立てているくらいだ。
だから、チョコレートは苦手な食べ物であるが貰う以上食べる覚悟は出来ている。
アレクのことだから、受け取ってすぐに目の前で食べて感想を聞かせて欲しいというだろうからアレクのいないところで・・・ということは出来ない。
だから、この場合の最大の問題としては、自分がアレクの前で食べるとして、その苦手とするチョコレートの壮絶な甘さに耐えられるかどうか、ということである。
そして、絶対に絶えられるという自信は情けないようだがない。
しかし、もしもチョコレートが苦手なことが原因とはいえ、目の前で顔を蒼くさせたり、変な素振りを見せたりすれば、絶対に不機嫌になり以下同上。
都会から離れ、バレンタインなどという存在のことなど微塵にも忘れていたプラチナにとって、これはとんでもない誤算だった。
覚えていたのなら事前に対策の立てようもあったものの、当日ではそういうわけにもいかない。
そんな時、ずっと室内にいながらも1人静かに2人の会話を聞いていたサフィルスが口を開く。
「バレンタインって・・・何ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その問いかけに、一瞬の間があいた。
2人のその反応にサフィルスが思わず慌てる。
「えっ・・・?私、変なことをいいました?」
「い、いや・・・そうか・・・」
冷や汗をたらすサフィルス同様にジェイドも冷や汗を垂らしながら、サフィルスの質問に対して、「ああ、そうか」と、今だサフィルスの質問の意図がつかめていないプラチナを置き去りにして、1人納得する。
「良かったですね、プラチナ様」
「・・・・・何がだ?」
今だサフィルスの質問の意図を考え込んでいるプラチナはジェイドに不機嫌そうに言葉を返す。
「ここにはバレンタインなんてありませんよ」
ジェイドのその一言にプラチナの思考が一瞬フリーズしたがすぐに復活する。
「・・・どういう意味だ?」
「言葉どおりです。考えてみれば、俗世から離れたこの領内に、バレンタインなんてものは存在しません。・・・この間まで都会暮らしをしていたから忘れていました」
すっかり都会の暮らしに順応してしまっていたというわけだ。
「・・・と、いうことは」
「はい。アレク様がチョコレートをくれるということはない、ということです」
それはそれで寂しい気もするが・・・・・
しかしとりあえず、最悪の状況は回避できるということが解り、プラチナは多少胸を撫で下ろして安堵する。
しかし・・・
世の中というのは上手く出来ているというのか・・・
早々上手くいかないようで・・・
「・・・そういえば、先程台所の前を通ったらチョコレートの匂いがしていたような・・・」
サフィルスのその言葉に再びプラチナぴしりっ硬直してしまった。
「・・・きのせいじゃ、ないのか?」
まさか、という予感をしつつ、ジェイドはサフィルスに尋ねるが、サフィルスは真顔のままに頭を横に振った。
「いえ、確かにチョコレートの匂いでした」
誰かが、気まぐれにチョコレートを作っているのか。
しかも偶然にもこの日に。
そんな都合のいい偶然ありうることはなかった。
とんとんと、扉をいつもと違い控えめにノックする音が聞こえたのと思った瞬間、こちらはいつものように扉が開く。
「プラチナ、・・・いる?」
普段なら嬉しいはずのその登場に今日、この日、このときばかりは、プラチナは肩を震わせて過敏に反応した。
「あ、アレク・・・」
「良かった〜〜vいた〜〜」
そいうと、一緒に中にいるジェイドとサフィルスには気がついているのかいないのか、とにかく一直線にプラチナの所まで足早に行く。
そして・・・・・・
「はい、プラチナ。チョコレートv」
その満面の笑顔と、可愛らしい声に今日、この時だけは、同時に差し出されたものがものだけに三度目の硬直をして見せた。
「・・・・・あ、アレク。それは、どうして・・・?」
「えっ?だって今日バレンタインだろ?」
「そ、そうだが・・・・・よく知っていたな」
「ああ!それはな・・・」
それは昼食を済ませて、すぐ後のことだった。
「・・・ばれん・・たいん?」
「そうそう、バレンタイン」
メイド服にモップという、すっかりこの屋敷のメイド姿が板についたロードが楽しげにアレクに語っていた。
「本当はなんかの祝日なんだけどよ。俺のいた所では、2月14日に女が好きな男にチョコを渡して告白する日、っていうイベントになってるんだ」
「ふ〜〜ん・・・なんでそうなったんだ?」
「それは、お前・・・一部のお菓子会社の策略だ」
笑いながら、語るロードに対してアレクは少し考え込むような様子だった。
「まあ、渡すのは別に告白する相手にだけじゃないけどな。好きなあいたならもう恋人とかになってる奴にも送るし、世話になってる奴にも義理程度で送る。ただし、あくまで送るのは女で貰うのは男だけどな」
「ふ〜〜ん・・・じゃあ、俺もプラチナに上げようかな」
「おっ、そうしろよ。あいつ死ぬほど喜ぶぞ」
ちなみにこの時のロードの頭の中にはプラチナが甘いものが苦手だということはすっかりなく、アレクに到ってはプラチナが甘いものが苦手だとは思ってもいなかった。
「あいつ、今までもらったことないからな〜〜」
「えっ?!でも、もててたんでしょ?」
「ああ、渡そうとする奴はいたけど全部断ってたから。もらったことがないも同然だな」
その言葉を聞いた瞬間、少しアレクの表情が不機嫌そのものに変わった。
それを見てロードはにやにやと、さも面白いものでも見るような表情になり、それがよりいっそうアレクを不機嫌にさせてしまった。
「まあ、いいじゃねーか。貰ってないんだしよ」
「そりゃ・・・まぁ・・・・・」
それでも何か、もごもごと口の中に声を出すような素振りをするアレクは拗ねているようだった。
「お前からじゃないと意味ないんだしさ」
「うん・・・」
しかし、結局ロードのこの言葉が決めてとなり、まるめこまれたアレクの頬は紅く染まっていた。
「で、チョコ作るとして・・・どんなの作るよ?」
「ん〜、サフィに手伝ってもらうわけには行かないし・・・時間もないから普通に型ぬきで・・・」
「それが無難だな・・・お前、一応これも料理と数えられるなら、これで料理2回目だもんな・・前回の1回目は酷かったよ・・・」
ロードの多少恨みがましそうな表情にアレクはうっと、言葉に詰まる。
初めて料理をしたあの時は、結局最後まで完成させることも出来ず、それどころか台所をこれでもかというほどに荒しまくったまま、部屋に有無を言わせず強制連行され、その後動けなかったために、後でメイドであるロードとプラムが代わりに片づけるという多大な迷惑をかけた経験がある。
この場合、屋敷の掃除如何がメイドの仕事だから、という突っ込みもあるだろうが、実際にアレクがロードたちの仕事を増やしてしまったことに変わりはないのだ。
「えっと・・・でも、チョコはどうしよう・・」
とっさ引きつりつつも微笑んで話をそらす、というよりも元に戻そうとするアレクに苦笑をもらしながらもロードはあえて先程の話はなかったものにする。
なんだかんだで、この屋敷の者は皆アレクに甘い。
「それなら大丈夫だと思うぜ。昨日、サフィルスが買い出しに行っただろう?」
「うん」
「それで、プラムが大量にチョコレートを買ってきてくれって頼んでたみたいで、それ、今あいつの部屋にある。事情説明して、それを少し使わせてもらえば良いだろう」
「でも、良いのかな?プラムも誰かに上げようとして買ってきてもらったのかもしれないし・・・」
アレクのそのある意味天然な言葉を聞いて、ロードは遠い先を見るような目で溜息をついてこう言った。
「あれはあいつの単なるおやつだ・・・」
「そうなの?!」
「ああ・・それにあいつ、メイドなんかしてるけど、一応男だぞ」
「あっ・・・」
普段のメイド姿がだけに、しかもその姿が似合っているために、アレクはすっかりその事実が今回抜け落ちていたようだ。
「それにあいつ、昨日笑顔で俺に『ロードさんもどうですか〜〜?』って、今日渡すチョコを昨日のうちに食わせるか?それに、お前が知らないのに、あいつがバレンタインを知ってると思うか?」
「確かに・・・」
アレクは苦笑いしながらロードの意見に同意するが、苦笑いの原因はその前の『プラムが男』という事実をすっかり忘れてしまっていたことにある。
「それじゃあ、膳は急げで、あいつに頼み込みに行こうぜ!」
「うん!」
話もついた所で、意気揚々と出て行こうと扉のノブに手をやろうとした2人を1つの声が呼び止めた。
「お願いですから・・・ここを話し合いの場にしないで下さい・・・」
そう悲痛に言葉を投げかけるのは、この図書室の管理人で、今まで2人の会話を何か言いたいのを堪えながら複雑そうな表情で見ていたこの屋敷の司書のカロールだった・・・
「と、いうわけ」
にこにこと今だ笑顔を絶やさず、自分にチョコレートを差し出してくれるアレクの姿を可愛いと思いつつも、プラチナはもう1つ、「ロード、余計なことを・・」と思っていた。
実際、ロードが何も話さなければ今のこの絶体絶命の状況は作られなかったことだろう。
そうこうして悩んでいると、次第にアレクの表情が曇りだしてくる。
「プラチナ・・・ひょっとしていらない・・のか?」
今にも泣き出しそうな表情のアレクにとてつもない危機感を感じるプラチナ。
「そ、そんなことないぞ」
なるべく平静を装って、表情や声が変化しないように気をつけながら答える。
「本当?」
「ああ・・アレクが俺のために用意してくれたものをいらないわけがないだろう?」
そういいながら、差し出されたままのチョコレートを受け取ると、内心の葛藤など思わせないほどの綺麗な微笑をアレクに向ける。
「ありがとう」
プラチナのその表情と言葉にアレクの顔がいっきに真っ赤になり、その両頬を掌で抑える。
そんな中でプラチナの葛藤はやはり続いていた。
しかも、先程よりも酷くなっているようだった。
目の前のアレクの仕草を可愛いと思いつつも、問題はこのチョコレートを食べなければならないということ。
受け取るは問題ではない、チョコレートを食べ、その甘さに耐えられるかが問題なのだ。
そして審判の時は訪れた・・・
「じゃあ、プラチナ・・・その、食べて感想聞かせて?」
可愛らしく首を傾けて尋ねてくるアレクは可愛いが、それと同時にチョコレートの恐怖も襲ってくるようだった。
例え、一度完成されたチョコレートを梳かして、型に流して、固めただけのものとはいえ、アレクにとっては自分が初めてプラチナのために作り、プラチナに上げたものなのだからその感想が気になる。
一方のプラチナもアレクに初めて貰った(一応)手料理を無下にできるわけはない。
これは既に八方塞、四面楚歌の状況と言って良いのかどうなのか・・・
そして、プラチナは期待と不安の入り混じるアレクの瞳に耐えかね・・・
ついに、そのチョコレートを決死の思いで口にした。
いっきに口に運んで、噛んで、飲み込んで・・・
その甘さに、一瞬眩暈を起こして倒れかけたが、ここで本当に倒れてはアレクを不機嫌にさせるだけなので、プラチナは何とか表上平静のまま耐え抜いて多少無理をしつつも、笑んでアレクに言葉を告げる。
「美味しかった・・・」
「本当?!」
ぱああと、輝くアレクの表情を見ると、自分の苦しみが多少取り除かれるようだった。
まあ、実際に『甘い』ということを除けば、美味しかったのだが・・・
それに何より、アレクが自分のために作ってくれたものなのだから・・・・・・・
「プラチナ、大好きvv」
そう言って、思いっきり抱きついてくるアレクに、プラチナは口の中に残る『甘さ』を味覚とは別の甘さで打ち消そうと必死だが、幸せも感じていた。
余談ではあるが・・・
この晩、プラチナが口直しといわんばかりにいつも以上にアレクを離すことはなかったという・・・
あとがき
「Lost Mise〜失われし約束〜」の初外伝がこれになってしまいました(汗)
バレンタインネタですね、はい。
結構いろんなサイト様にお邪魔して、バレンタインのお話とか読ませてもらってるのですが、プラチナ普通にチョコレート受け取ってるんですよね・・・
私はそれでも全然(寧ろ)良いと思うのですが、プラチナは確か甘いもの苦手だったような・・・と考えてしまうこともあるんです(すいません)
短編モノの方では、甘いものが苦手とか関係なく普通にチョコレート受け取るプラチナ様書こうと思うのでご容赦下さい。
ちなみに、最後の『余談』については詳しくその時の様子書こうかなと思ったり・・・
読みたいって方がいらっしゃれば・・・(そうでなくても、気が向いたら書くかも)