HAPPY MOTHER DAYS
暗く狭い向こうに銀と金の輝きが見える。
その二つはようやく隠し通路を抜けると疲れたように溜息をついた。
そして、出迎えた少年が軽く会釈する。
「お帰りなさいませ。アイス様。アクラ様」
「たっだいまウォール」
「出迎え御苦労」
楽し気に挨拶を返す双子の妹の手には綺麗にラッピングされた四角い物が大事にもたれていた。
「今年は何になされたのですか?」
城の廊下を歩きながら当たり前のようにウォールは二人に尋ねた。
「オルゴール」
「今年はアクラがいたからな。去年より選ぶのが大分楽だったぞ」
毎年行われるようになった一種のこの行事。
去年まではアイスが一人でプレゼントを選びに城を抜け出していたのである。
すでに毎年のことなのでこの時期にアイスが城を抜け出す事に誰も何も言わないでいた。
というより言えるわけがないといった方が良いのか・・・
5月の第2日曜は「母の日」である。
アイスがこの日に城を抜け出すのは母親であるアレクへのプレゼント探しの為である。
今年からはアクラも一緒ということになったがこういった理由であればいつも「勉強、勉強」と口うるさいテールでも二つ返事で許しているのだ。
もっとも、さすがに小さい頃は護衛付ではあったが・・・・・
「そういえば、ウォールはロードに何あげるの?」
アクラのその一言に他2人の足がぴたりと止まる。
そして、ウォールの方はいつもと変わらない表情であるがアイスは密かに冷や汗をたらしていた。
それにアクラは怪訝そうな表情をする。
「どうしたの?2人とも」
アクラが2つ目の質問をして暫くたった後ウォールは何事もなかったかのように歩き出し、2人も慌ててそれを追った。
そして、ウォールははっきりきっぱりと最初の質問に答えた。
「なにもしません」
その一言にアイスは深い溜息をこぼし、アクラは瞳を大きく見開いて驚いていた。
「ど、どうして?! だって、『母の日』なのよ。『母の日』」
「通常『母の日』というのは母親である人物に敬意を形としてあらわす日です」
「解ってるならなんで・・・」
「俺の母さんは敬意を持てるような人物ではまったくありませんから」
いつも通りの冷淡な口調できっぱりと言い切るウォールに半ばアクラは唖然とする。
その横でアイスはやはり軽く溜息をした。
実は昔アイスもウォールにアクラと同じ質問をしたことがあるのだがやはり同じように返されたのだった。
「俺が敬意を持てる相手は陛下と王妃様とそのお身内であるアイス様たちだけです」
またもやはっきりと断言して見せたウォールの隣でアクラは器用にも歩いたまま固まったのであった。
母のプレゼントを置くついでに兄の部屋に押しかけてきたアクラは椅子に座りなにやら唸り声を上げていた。
「アクラ・・・いいかげんにその妙な唸り声止めないと茶淹れてやらないぞ」
「いや」
そう言いつつもやはり唸るのをやめない妹に溜息をつきながらも希望の紅茶を淹れてやっていた矢先コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
「シャルト?」
この城でここまで控えめなノックをする人物は彼女しかいない。
声に反応するかのように開かれた扉の先にはやはりシャルトがいた。
その手にはある同じ種類の花束が大事そうに抱えられていた。
「か、カーネーション・・・持って、来ました・・・」
シャルトが白の庭園の一部をあてがわれて世話をしている花はどれもプロ顔負けの見事なものばかり。
アイスはこのシャルトが世話をしている花の中でこの時期に咲くカーネーションを分けてもらい選んだプレゼントと一緒に毎年母にプレゼントしているのだ。
「ありがとうな。相変わらずお前の育てた花綺麗だな」
「そ・・そんな・・よ、喜んでもらえて・・う、嬉しいです・・・ところで・・・・・」
「ん?なんだ?」
「えっと・・・アクラ様どうなさったのですか?」
シャルトの視線を追うとアクラに行き着きアイスもアクラの方を見てみる。
そして、そこでは今だ唸っているアクラの姿が会った。
「ああ、ウォールの奴がロードに何もしないって聞いて納得してないんだ。毎年のことなのにな・・・」
「えっ・・・?そ、そんなことないですよ・・・・・だって・・・」
それはアイスとアクラが城を抜け出してから1時間後のことであった。
自分が誠心誠意、愛情を込めて花達の世話をする。
それはシャルトの日課であり一つの楽しみであった。
今日もいつものように水遣りをしていると後ろの方で足音がしたので振り返った。
「あ・・ウォール君・・・・・」
そこにいた人物は自分の幼馴染の一人ウォールナット・クロサイトだった。
「水遣り中すいません、シャルト。今年もお願いできますか?」
「うん。・・・今年は?」
「デージー、お願いします」
ウォールの要求に笑顔でこくりと頷き慣れた手つきで希望の花を摘んでいく。
一束分の花束をつみ終わった所でまるで示し合わせたかのようにもうベージュのツインテールをなびかせ別の幼馴染が登場した。
「あ!いたいた二人とも♪」
「ああ、ちょうど良い所に来て下さいました。シエナ」
シャルトから花束を受け取るとそのままそれをシエナに渡した。
「今年もよろしくお願いしますね」
「うん!任せておいて」
「お酒の方は俺の部屋に隠してありますので今から取りに来て下さい」
「うん☆でも、今年もロードさんに言わないの?自分で直接すれば良いのに」
「いつも貶している手前やっぱりできませんから」
「そんなもの?」
「ええ。母さん、あれで結構頼りになりますが、そういうことを本人に言えば変な自信と共に好い気になりますから」
そ言ったウォールの顔は普段の冷淡な表情から考えられないほど穏やかなものだったという。
シャルトから話を聞いた後アイスはある考えをめぐらせていた。
「ちょっと待て・・・『今年も』ということは、毎年同じ事をしていたのか?」
「は、はい。毎年種類の違うお花とロードさんのお好きな銘柄のお酒を用意して・・・」
今明かされた驚愕の事実にアイスは半ば呆然として信じられないようだった。
おそらく城中の人間にこのことを話してもアイスと同じ反応が返ってくることだろう。
そして唸るのをやめ、それまで静かに話を聞いていたアクラは急に明るい声を出す。
「な〜んだ、やっぱりウォールも『母の日』のお祝いしてたんじゃない」
一変、まるで憑き物でも落ちたかのような清々しい表情になるとアイスの入れてくれたお茶を一気に飲み乾し満足げな笑みをする。
方や今度はアイスの方が先程のアクラと同じ状態になってしまっていた。
こうして・・・・・
今年も「『母の日』を祝ってもらえないロードを哀れに思い、シエナが変わりに祝ってあげた」という偽装工作の元、きっちりとウォールは『母の日』を祝ったのだった。
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