願い事




パタンとドアを開けた銀の髪が盛大な伸びをする。
「とうちゃ〜く♪」
「ほんま凄いな、この『車』いうやつ」
「そだね〜、すっごく速かったね〜〜☆」
「・・・あ、アクラ・・・様?」
「・・・・・きもちわる・・・吐きそ・・・」
大喜びの3人をよそにシャルトに心配されるアクラは本当に気持ち悪そうに口許を押さえ、青い顔をしていた。
「また『車酔い』かよ・・・」
「王女行きの時もだったよね〜〜☆」
「ああ、大丈夫ですか?すぐに屋敷の中で休みましょう」
「・・・そ・・する・・・」
『こちらの世界』のサフィルスに連れられてアクラはまだ気持ちの悪そうな顔で屋敷の中に入っていった。
「・・・あいつ・・・乗り物駄目だったんだな・・・」
「そういや・・・馬車とか乗ったことなかったんやったな」
破壊魔と名高いじゃじゃ馬王女の意外に繊細(?)な部分を垣間見て一同はその場に立ち尽くしていた。
「あの・・・」
唯一おろおろしていたシャルトがおずおずと3人に声をかける。
「なにや?シャルト」
「・・・これ・・どうしましょう?」
シャルトの手に持たれている買出しの品が入った買い物袋(一部)を見て一同は先ほどとは別の意味で立ち尽くしていた。


アイス達がメリィとラスの世界に来たのは2人が帰ってからすぐ翌日の事である。
メリィ達の言った通りこちらの世界がアイス達のいる世界とは違うようだか、アイス達の知っている人物達はこちらの世界にも確かにいた。
違うのは自分達がいないことである。
メリィは喜んでいたが、ラスのほうは「もう来たのか?!」と驚いたような呆れたような表情と言葉だった。
一応、ラスが一通りの説明を昨日帰ってすぐにしていたらしく、改めて説明もする必要のなく、意外にもすんなり受け入れられた。
しかし、ブリック達はともかく、問題だったのはアイスとアクラの2人だった。
問題というほどの事でもないのだろうが、この2人は髪の色さえ取り替えればまさしくアレクとプラチナに瓜二つなので、まるで面白いものでも見るよう目で見られた。
当初は呆然としていた2人だったが、次第にアイスのほうは怒り出した。
当然、こういう場合はウォールの制裁が(面白そうに見ているアレクとプラチナ以外の一同に)行くはずなのだが今回はそんな事はなかった。
なぜなら、来て早々にウォールはあるものを見て倒れてしまったからである。
うわごとでのウォールいわく・・・ここは非常に居やすい場所らしい・・・
そして、すぐに部屋に運ばれたウォール以外の一同は夕飯の買出しに行くというサフィにその交通手段となる自分達の世界にはない『車』の話を聞いて面白そうだとついていくことにした。
ただ、狭い場所が駄目なテールはウォールの看病もかねて留守番という事になった。
そして、買い物を終え帰って来た6人のうち、その場に取り残された4人はラスがいるであろう中庭に向かっていた。
買物袋を持って・・・・・


一際大きな笹に色とりどりの飾り付けがされている。
屋敷の屋根よりも高くまで伸びているその笹に全ての飾り付けを行っているのは、たったの1人であった。
「・・・これを1人でしろだなんて・・・セレス様・・鬼・・・」
という言葉は地獄耳の主に聞こえたらとんでもない事になるので心の中だけで封印しておく。
「ラ〜〜ス〜〜!」
「お〜い、鳥〜〜〜!」
2人目の最後の自分を呼ぶ言葉に腹が立ち、登っていたはしごを大変とは解っているが必死に降りていく。
「だれが・・鳥だ〜〜〜!」
「お前」
何とか降りきり、張本人の前に立って思いっきり怒鳴るがさらりと返されて、反論する余力が失せてしまった。
「・・・は〜〜大変やな・・・これ1人で飾り付けか」
「そう思うなら手伝え・・・それと・・運んだのも俺1人だ」
喉の奥底から奇妙な笑い声を上げられたのでその場にいた全員はひいてしまう。
「で・・何のようだ?」
「これ・・・」
尋ねられてアイスは少し買物袋を持ち上げてみせる。
「ああ、今日の晩飯か・・・それなら台所だ。玄関から入ってすぐの中央階段の左廊下に入って、2番目の部屋だ」
「解った〜」
ラスに礼を言うと4人は玄関に向かって一斉に歩き出した。
4人が見えなくなって、笹を見上げたラスは遠い目をしてから力無くその場に肩を落とした。
飾りつけはまだ、当分続きそうである・・・


玄関ホールに入って中央階段の左廊下に行こうとした4人に良く知る小さな姿がとてとてと軽い足取りで近づいてきた。
「あいすおにいしゃま〜〜〜」
「メリィ」
ぽすんと飛びついてきた小さな身体を受け止めると頭を撫でてやる。
「ふにゃ〜〜。あっ、しょれきょうのおゆうはん?」
「の、材料」
買い物袋計8袋(1人2袋づつ持ってます)を見て嬉しそうに銀に少し金の入った髪を揺らしてぱたぱたと跳ねる。
「わ〜い♪ぷらむおにいちゃんたちのところにもっていくんだよね?」
「・・・プラム・・台所にいるのか?」
嫌な予感がしてアイスだけでなく他の3人も思わずひいてしまう。
「うん!でも、ごはんつくるのはいつもさふぃおにいちゃんなの」
それなら安心だと4人は胸をなでおろす。
その様子に不思議そうにメリィは首をかしげていた。


「でさ、お前達は願い事何にするんだ?」
夕飯の材料も届け終わり、メリィも含めた5人でテーブルを囲んで話をしていると唐突にアイスが尋ねてきた。
「めりぃはね〜〜みんながしあわしぇでありましゅようにってかくの〜〜〜」
にこにこと笑ってあまりに純真な事を言うメリィに思わず小声で他の3人にアイスは話し掛ける。
「聞いたか?絶対アクラじゃあんなこと言わないぞ」
「せやな・・・まあ・・・従中八苦『兄上に勝てますよ〜に』ってとこやな」
「王女は王子に勝つのが最大の目標だもんね〜〜☆」
「み・・・皆様・・・それではあまりにも・・・」
「ほえ?」
ひそひそと話を続ける4人に1人取り残されたメリィはまたも小首を傾げる。
「気を取り直して・・・ブリックは?」
「俺か・・・俺はな、『剣の腕が上がりますように』って」
「今でも凄いよ〜〜〜☆」
「まだまだ。まだ親父に一戦中一撃くらいしか入れられんのやで」
「伯父様・・・が凄いんだと・・・・・思うけど」
「俺やアクラの剣術の指南役でもあるんだから凄くなくちゃ困るって・・・」
苦笑を零すアイスに確かにと心の中で一同は賛同していた。
「あたしはね〜〜」
「『お父様ともっとたくさん遊べますように』か?」
どうやら図星だったらしくシエナにしては珍しく黙り込んでしまう。
そして、いきなり頬を膨らませてぽかぽかとアイスを殴る。
「王子ひど〜〜〜い!」
「いてて・・・悪かったよ・・・シャルトは?」
誤ってもなお殴ってくるシエナの気を紛らわせようとしたのかシャルトに話題をふると何故か困ったようにいつもよりおどおどしている。
「え〜っと・・・」
「・・・言いたくないんやったら別に良いんやで・・・」
シャルトの頭をぽんぽんと優しく撫でながらブリックは優しく告げる。
アイスはこれ以上詮索したら、剣は持っていないにしても、本辺りを怒ってブリックがぶつけてくると思い詮索するのを止めた。
それに、この良い雰囲気を壊すのもなんだか気がひけた。
「そういうアイスはどうなんや?」
こちらが雰囲気を壊さないようにと気をつかっていたにもかかわらず、張本人のブリック自らがそれをぶち壊す。
この辺り本当に鈍いなと、呆れながら思うが何を言っても解らないだろうから素直に答えてやる。
「もちろん、『父上のような立派な王になれるように』だ」
ある程度予想できた回答に一同はそうか、そうかと相槌を打ってやる。
おそらくこれが言いたくて自分達に尋ねてきたんだろうともメリィ以外の一同は思っていた。
その証拠に嬉々として話を続けるアイスの姿がここにある。
その時、後ろの方で密かに悲痛のような声がした・・・
「皆さん・・・お願いですからここ(図書室)を談話室にしないで下さい・・・」
それは司書のカロールの声であった。


夕食を終えた頃、ようやく飾り付けを終えたラスが遅い夕食をとっている時、無常にも他の面々は短冊をつけていた。
ただ、シャルトだけはラスがようやく夕食を食べ終え戻ってきた時、ラスに頼んで1番高いところにつけてもらっていた。
誰にも見られたくなかったその内容を知っているのは書いた本人と取り付けたラスだけであった。

そして、翌日アイス達は自分達の世界に帰っていった。


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