惚気




それはある日の放課後。
今日も空が青く晴れた良い天気で、部活をするには最高の日和だった。
こんな日はできるだけ長く練習をしたいと部長と副部長は考えていた。
そして、それはこの部室の中に運悪く取り残されたレギュラー達も、現在切に願っていることなのだ。
だが、それを口に出して言おうものなら、機嫌が良くなってきている目の前で延々と話しつづけている、通称『青学の魔王』様の怒りを一身に受けることになるため、誰も口にすることはなかった。
それは約30分前に遡る。






「あれ?リョーマくんは?」
きょろきょろと辺りを見回しながら、不二は恋人の姿を探すが、そこにリョーマの姿は影も形もない。
「なんか、委員会で遅くなるっていってたっスよ」
「・・・・・・桃城、どうして僕が知らないことことを君が知ってるんだい?」
表面上の笑顔とは裏腹に、開眼した眼は完全に据わっていて、纏っている空気も黒いことこの上ない。
そんな不二に当事者の桃城は震えて腰が完全にひけてしまっているし、他の面々の顔色もかなり悪い。
「ち、違うんだってば、不二!さっき、おチビと同じクラスの1年が教えてくれたんだってば!!」
「そ・・・そうだぞ、不二。お前は今来たばかりだから知らないだけで・・・」
さすがに後輩の命の危機とを感じ取った菊丸と大石の2人が勇気を出し、必死に不二の誤解を解こうとする。
冤罪であの世に逝かされては、桃城も浮かばれないだろう。
「ふ〜〜〜〜ん・・・本当?」
こくこくと何度も必死に頭を振るのは菊丸と大石だけでなく、自分の命の危機と必死な桃城も当然そうだし、他の部室内にいる全員も振っている。
「そう・・・・・ま、一応信じてあげるよ」
まだ、多少疑っているような言葉が引っかかるが、とりあえず、命が助かった桃城と、後輩の命を一応救うことのできた菊丸たちは、安堵の溜息を漏らした。



「はぁ〜〜・・・でも、リョーマくんがいないとつまらないなぁ」
「・・・・・どうでもいいが、不二・・・いい加減着替えろ」
桃城の命の危機から数分後、未だ不二は制服のまま着替えておらず、手塚は眉間に皺を寄せていた。
着替えが済んでいる時点で、手塚も他のレギュラーたちも出て行くべきなのだろうが、なぜか不二がこの部室にいるうちは出てはいけないような気がしてならない。
気のせいでなければ、扉に近づこうとする度に、妙な寒気に襲われて踏みとどまってしまう。



「・・・リョーマくん、凄く可愛いんだよね」
「「「「「「「・・・・・・・・・・はっ?」」」」」」」
不二が突然ぼそりと漏らした言葉をしっかりと聞き取った一同は、「何を今更解りきったことを」と頭にクエッションマークを浮かべる者もいた。
「身体全部細いし、白いし・・・・・肌触ると滑々してて気持ち良くって、物凄く触りごこちが良いんだよねv」
不二が静かに漏らすその言葉に、無意識のうちに喉を鳴らすものが数名いた。
不二の恋人になってしまった今でも、リョーマが好きな者は健在なのだ。
「抱きしめると凄く柔らかくて、癖になる抱きごこちなんだよねvv」
そして、全員は悟ってしまった。
これは完全な惚気であるということを。
何が悲しくて、人の惚気話を聞かなければいけないのか。
しかもよりのもよって、リョーマに対する惚気である。
この場にいる気が一斉に失せた一同はさっさとこの場から退散したい思いで、扉のほうに向かっていった、が。
「どこ行く気?」
どこに行くのかと聞かれ、「部活だ」と当然答えたかったのだが出来なかった。
楽しげな、それでいて恐ろしい口調の声が一同の背後に突き刺さったからだ。
恐る恐る振り向いてみると、そこにはまたも黒い空気を纏った不二がこちらを意味ありげな絵がで見ていた。
「僕が満足するまで、聞いていってくれるよね?」
語尾に疑問符をつけた命令口調で言われ、一同は泣く泣くその場に留まり、この後も続く惚気話への覚悟を決めた。






そして、現在に至るのだが、未だに不二の惚気話は終わる気配がない。
乾のデータでは、リョーマが現れない限り、永遠に語りつづける確立は100%らしく、一同はリョーマが早く来てくれることを切に願った。
「2人っきりになると甘えてきてくれる確率高くなるんだよねv自分から擦り寄ってきて、キス強請ったりとかさ〜〜」
菊丸、桃城の2人は泣きたい気分だし、手塚と大石は外にいる部員を気にかけながらも放心状態という器用なことをしている。
河村と海堂は顔を赤くして視線を明後日のほうに向けている。
乾ただ1人だけが、不二の惚気話とレギュラー陣の反応のデータを黙々と取り続けている始末だ。
「でも、僕としてはいつでもどこでも甘えて欲しいんだよね。まあ、皆がいる時の生意気なリョーマくんも可愛くて良いけどv」
終始楽しそうな不二と、極限状態にいる他とではまさしく天と地ほどの差があるように思える。



「そういえばこの前、夢見たんだけど。それにリョーマくんが出てきてね」
もうどうでもいいと疲れきった様子の一同(乾除く)に、次の瞬間の不二の言葉に全員耳を疑った。
「メイド服着てたんだよね〜〜〜v」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・はっ?」」」」」」」
本日2度目の何を言っているのか解らないという反応を一同は見せる。
しかしもちろん、そんなことはお構いなしに、不二はそれこそ至上楽しそうに、幸せそうに話を続ける。
「ピンク色でひらひらした可愛いメイド服でねv僕のこと『御主人様』って、呼んでくれるんだよvv」
不二のその妄想を全開させたような夢に一同は呆れた。
しかし、同時に不二の言葉どおりのリョーマを想像し、かなり悦に入ってしまってもいる。
中にはみっともなくも鼻血を出してしまっているものまでいる始末だ。
「しかも、その夢の中のリョーマは女の子で、髪も長いんだけど、それが結構似合ってるんだよv」
「ふむふむ・・・それで」
今まで黙ってペンを走らせていた乾が、これほど興味深いことはないと、不二に続きを早くと促す。
それに満足したような不二はさらに調子にのって夢の話を続けた。
「夢の中のリョーマって、僕の言うことなんでもきいてくれるんだよvあんなことや、そんなことしても全然文句1つ言わないんだv」
「それで、その時の越前の反応は?」
「すっごく素直でね。寧ろ嬉しそうなんだvv」
データ(なんの?!)のためなのか、完全に乗り気の乾と、それに楽しそうに答えていく不二のせいで、他のレギュラー陣は妄想が妄想を呼び、全員出血多量で血液が足りなくなるのでは、というところまできてしまっている。
中には完全に意識を失ってしまっているものもいた。
「1度夢じゃなくて、本当にリョーマくんにメイド服着て貰いたいな〜〜vそれで、『御主人様』って呼んでくれないかなv」
「コスチュームプレイか・・・・・なら、不二。安く衣装が手に入る店知ってるぞ」
「本当?!乾」
「ああ・・・知り合いの店だからな」
何時もならば、「どうしてお前はそういう知り合いがいるんだ」と突っ込みが各方向からくるところなのだが、一同今回は先程の話のせいでそれどころではないようだ。
「俺の紹介ということで更に安くなるぞ。ただし、やったあとのデータは渡してくれ」
「OKvそれぐらいなら別に良いよ」
なにやら怪しい協定が結ばれているのだが、一同は自分たちのことで精一杯過ぎてまったく気づく余地もなかった。



「あれ?・・・なんで、まだいるんっスか?」
ようやく遅れてやってきたリョーマはこの時間になってもまだいる先輩たちに不思議そうな視線を送っている。
そしてよく見てみると、不二と乾以外の面々が、鼻血を出して悶えていたり、気を失っているものまでいて、何があったのかと退いてしまった。
「リョーマくんv待ってたよ♪」
「はぁ・・・ども・・・・・・って、いうか・・・あれ何?」
「気にしないで良いよv単に皆煩悩の塊なだけだから」
不二の発言に「それはあんただろ・・・」っと、突込みを入れたかったが、言えばどうなるのか予想がついてあえて何も口にしなかった。
「それに、あんなの見たらリョーマくんの綺麗な瞳が腐っちゃうから、見ちゃだめだよv」
そう言って不二はリョーマの顔を一同から逸らさせた。
「それじゃあ、不二。俺は先に行くからな」
「ついでにここのも持っていってくれない?」
「・・・・・無茶を言うな」
そう言いながらも乾は意識がある者は早く外に出るようにと促し、意識を失っているものは引きずって外に連れて行ってしまった。
そして、部室の扉が静かに閉められ、不二とリョーマは2人きりになってしまった。
最後、乾が扉を閉める時に「あとは2人でゆっくり」と意味ありげな言葉を口にした。
「・・・・・・・・・・・」
「それじゃあ、リョーマくんv着替えようか」
「って!なに、脱がそうとしてるんだよ!?」
「ええ〜〜〜?だって、脱がないと着替えれないでしょ」
「それはそうだけど・・・あんたが脱がす必要はないじゃんか!!」
「あっ、そんなこと言っても良いのかな?v」
妙に楽しそうな不二の周りに取り巻いている空気が少し変わったことを察して、リョーマは危険だと直感的に察した。
「折角、部室に2人きりだし、乾も期待してくれてるし・・・」
次に発せられる言葉を予想してこの場から逃げ出したいが、不二に強く腰を抱きこまれていて、それもかなわない。
「ねっv」
「ね・・・・・じゃない〜〜〜〜〜!!」
リョーマの悲痛な叫び声が部室の中に響き渡ったという。
それはテニスコートにまで届いたが、聞いたテニスコートにいる部員一同は何も聞こえなかったと、恐怖のあまり自分自身に言い聞かせていた。





ちなみに、この日の部活はレギュラーが乾を除いて総崩れのため、まともにできず切り上げとなったのだが、帰りたくても部室に入れない状態に陥ってしまった部員一同は、中で何事かをしている2人が出てくるまで、夕日が沈みきるのを見守りながら泣く泣くじっと耐えたという・・・・・・







あとがき

短編2本目・・・・・・・
にしても、私最近タイトル考える気力がないのかと思うくらいそのまんまです;
とりあえず、不二先輩が語ってた夢の話は、裏を読んだ方ならお気づきでしょうが、あの話のことです。
でも、裏のあの話が不二先輩の夢落ちとかいうことでなく、単に語ってみて欲しかっただけです(苦笑)
乾先輩が怪しい人になってしまって・・・すいませんでした。
私が書く二次創作で必ずいる協力者・・・パラレル『Open life』のようにオリジナルがいないため、短編では白羽の矢が乾先輩にたってしまいました;
とりあえず、本当にリョーマさんにコスプレさせるかは未定です。
でも、表ではやりにくいけど、裏でのあの話ならさせ易いですからね;



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