Position inversion
-6:Fortunate marriage-
まだ数日しか経っていない。
しかしロイにとってはそれがとても懐かしいように思えた。
ぱたぱたという廊下を走る足音が。
「ロイ!」
「姫様、廊下は走らないように」
そんな注意をしながらも、久しぶりのこの遣り取りにロイの顔は緩んでいた。
それを見ていた一同は現金だと、苦笑しながら溜息をついた。
「で、どうかしましたか?」
「あ、うん・・・俺が前に上げたペンダントあるだろ?」
「・・・・・これのことですか?」
エドの言葉の意図は掴めないが、ロイはそれを手にとってエドに見せた。
それはロイがいつも必ず身に付けているもので、エドと恋人になってすぐにエドから贈られたものだった。
「そう、それ!それを明日のパーティーで絶対に人目に解るようにつけて出てくれよ!!」
「えっ・・・どういうことですか?」
「詳しいことはまた明日。じゃ、俺はまだちょっとやることがあるから!」
それだけ告げるとエドは早々に部屋から立ち去っていった。
訳も解らず残されたロイは、ただ空しく静止しようと手を空に切り、呆然とした表情をしたうえ、その場にいた一同に同情の視線を送られていた。
そして暫くして、何やらぶつぶつと呟くロイに、一同の同情は一変していた。
表向きは社交目的のダンスパーティー。
しかしその実態はエドとラッセルの婚約発表のパーティーだった。
無論当初はただの社交パーティーだったが、後になって婚約発表を行う計画を立案したものがいた。
はっきりと立案者の名前は出てこなかったが、それが今回の婚約騒動を画策した人物だということは明らかである。
そしてロイ達はすでにそれが誰かも解っている。
「頃合を見てパーティーをぶち壊す?!」
「ぶち壊すのではない。今回の一件の全てを公にするんだ」
顔を引き攣らせるヒューズの言葉を冷静に訂正するロイだが、彼の言っていることは明らかにヒューズの言う「ぶち壊す」に相当しておかしくない言葉だ。
「・・・それをぶち壊すって言うんだろ?」
「だがここで明かせば、この場にいる貴族や他国の来賓、全てが証人だ」
「そりゃあ・・・内輪だけでどうこうやってもみ消されるよりはよっぽど良いかもしれないが・・・」
それでも腑に落ちないとヒューズは思ったが、すでにロイの溜まった怒りも限界にきているようで、今回のは作戦はそのせいもあるのだろうと深い溜息をつく。
そんな鬼気迫るロイを横に、ヒューズは少し逃げ出したい衝動に駆られていた。
「ロイ〜〜〜」
そこへ救いの天使とばかりに、ロイを唯一穏やかにさせることのできる姫君が現れた。
その登場にヒューズは内心ほっとなり、隣りを見てみると予想通りロイの表情は緩んでいた。
「姫様・・・」
「ロイ・・・ちょっとこっちきて!」
ロイの腕を掴みぐいっと引っ張っていく。
踏みとどまればエドの力でロイを無理やり連れて行くことなどできないのだが、ロイはあえて逆らうつもりもなくエドに従ってついていく。
それも今までまともに会っていなかったため、非常に嬉しそうな表情である。
しかし彼は去り際にヒューズの方を1度見て指示を出すことを忘れてはいなかった。
「・・・・・準備しておけってか」
ここまで姫君に溺れすぎた親友に、ヒューズは溜息をつきながら楽しそうに苦笑をもらした。
エドがロイの腕を引っ張って連れてきたのは玉座の前だった。
そう未だ座る者のいない数年間空白の椅子の前だった。
会場中を見渡せる、言い換えれば会場中から見ることのできるその場所に、2人が現れたことに会場の人々全てが気が付くにはそう時間は掛からなかった。
突然予告もなく現れたこの城の現在の事実上の主の姿に人々が目を放すことはなく、それを確認したエドは満足そうに微笑み、人々が驚嘆する一言を告げた。
「お集まりの皆様にお知らせしたいことがあります。私、エドワード=エルリックはこのロイ=マスタング元帥と近々結婚いたします」
その言葉に会場中からざわめきが起こった。
隣に立たされていたロイも、まさかエドがそんなことをいきなり言い出すとは思えなかったので、目を丸くして驚いている。
「どういうことだ?たしかエドワード王女はホーンブレンドのラッセル王子と・・・」
「あれは嘘だったのか?」
「いや・・・現にそのラッセル王子はここにいらっしゃるし」
会場中の客達が起きている事態が理解できずに騒ぎ始める。
しかしその中で話の中心にいる1人であるラッセルは何故かエドの告白を聞いても冷静だった。
1番冷静でなかったのは、この城の古参の1人である大臣だった。
「姫様、これはどういうことですか?!勝手なことをされては困ります!」
「勝手なのはどっちだよ!俺の知らないところでラッセルとの婚約なんて取り決めて・・・・・」
「勝手になど決めておりません!」
「しらばっくれても無理だぞ!それに・・・ロイが俺の結婚相手だってことは、ラッセルとの婚約話が上がる前から決まってたんだよ!!」
怒鳴る勢いでそう言いながらエドは1枚の紙を突き出した。
しかしそれはただの紙などではなかったため、全員がそれを見た瞬間驚嘆する。
紙に書かれている内容は理解不能なものだが、そのその紙の右下には王の印章が押されていたからだ。
この国では王の印章は代々の国王に合わせて微妙に変えてある上、1代につき1つしか印章は存在していない。
そのことから間違いなくその印章が先代の国王であるエドとアルの父のものであるということは誰にも明白だった。
「これは以前父の部屋で偶然見つけた隠し扉の中にあった。だが読んでも見ようにも、余計な奴に見つかった時のことも考慮してか、ご丁寧に高度に暗号化してあった」
「そこで私が姫様に依頼されてそれを解読したわけです」
エドの言葉を続けるように聞こえた声に一同が振り返ってみると、そこには王族の錬金術指南役であるイズミと肩を並べる錬金術師ではあるがなかなか人前にでてこないヴィルヘルムとその愛娘のすがたがあったため人々は一様に驚いた。
「姫様読み上げてもよろしいでしょうか?」
「頼む」
「それでは・・・・・『次期国家元首の伴侶となるものは、次期国家元首より直々にフラメルの印の入った真紅のペンダントを受け取った者に限る。それ以外は、何人たりとも第15代国王の名において認めないものとする』・・・・・・・・以上です」
ヴィルヘルムがそれを読み終えて暫くして、人々の視線はロイの方に自然と注がれた。
ロイというよりは、彼が現在みにつけ惜しげもなく見せているペンダントに。
エドから貰ったフラメルの印の入った真紅のペンダントにだ。
エドがパーティの前にこれを人目に解るようにと言ったのは、この会場にいる全ての人間を証人に仕立て上げるつもりだったのだろう。
それでなくても、すでにこの城中の全ての者が証人になっている。
「このペンダントは俺が亡き母から貰ったものだ。そしていつか好きな相手ができたらその人にあげろと言われ、その言葉どおりに俺は12の時にロイにこれをやった」
「つまりはエド・・・・・姫様の結婚相手はその時からすでにマスタング元帥って決定してたのよ」
勝ち誇ったようにそう言ったのはエド本人ではなく、ヴィルヘルムの横にいるアルモニだった。
「だから俺自身もそれを知ったのはつい最近だが、それでも先代国王の遺した言葉は覆らない。よって、ロイとの婚約以降にでてきたラッセルとの話はありえない!」
最後をかなり強気で言い切り、自分に抗議をしてきた大臣をあからさまに睨み付けた。
エドに睨まれてびくっと肩を一瞬奮わせた大臣だったが、ここまで言われながら往生際が悪く最後の切り札とばかりに反論してきた。
「で、ですが・・・それが事実だとしても、ここで婚約解消など、ホーンブレンドとの仲を悪くすることになりかねませんぞ!」
「それはどうでしょうね」
大臣のみっともない反論を嘲笑うように上がった声に大臣もエドも目を丸くする。
一方ロイはやっと準備できたのかと、溜息をつきながら色々と持ち出してきているヒューズ達を見た。
にやにやと自分を見ながら笑っているヒューズ達が手にしている物を理解した途端、大臣はまるでこの世の終わりのようにさっと顔を青褪めさせる。
「そ、それは・・・・・」
「そう、あんたが不正にホーンブレンドの大臣とやり取りしてた、悪巧みの書簡の山だな」
「ここにしっかりと貴方と相手の印章がそれぞれあります。言い逃れはできませんよ。まだまだ貴方の部屋に証拠品はありましたしね」
ホークアイのその言葉が終わった瞬間、狙い済ましていたようにハボックとブレダが大臣を拘束した。
「詳しい話は後で伺います。2人ともくれぐれも丁重にお連れしてね」
「「了解しました」」
丁重の部分を含んだ言葉で強く言うホークアイと、何故か楽しそうに大臣を引っ立てるハボックとブレダに、大臣の今後の運命を誰もが予感させられた。
こうしてパーティは波乱のまま幕を閉じることとなった。
パーティ終了後の夜、エドとロイの事を以前から知る一同は城の中でも一際大きな部屋に集まっていた。
今日の作戦成功と晴れてエドとロイが公認になれた祝いも兼ねているのだ。
「しっかし悪どいったらないっすね〜。むこうの大臣と組んで国の乗っ取りなんて」
「でもこれで完全に両方失脚ですね」
「そうね。何しろあれだけの証人だしね」
その能力もないのに大それたことなど考えるからだというホークアイの心の声がその一言で聞こえてくるようだった。
「皆色々と動いてくれてたんだな〜」
感心するかのようにあがったエドの声に全員が反応する。
「それを言ったら姫様こそ」
「まったくだ・・・私に内緒でいつから動いていたんです?」
「ん〜〜と・・・半年くらい前から」
半年前というと、以前から脱走癖のあったエドが以前にも増して頻繁に脱走するようになった頃だった。
そこで初めてロイはそのために頻繁に脱走するようになっていたのかと気が付いた。
「・・・少しでも話してくださったら良かったのに」
「元帥の言う通りだ。まったく私の耳にもなんの相談もないなんて」
「ごめん・・・でも、ロイには迷惑かけたくなかったし。それに師匠に相談したら、城の中だから誰かの耳に入ると思って・・・」
「私も姫様から口止めされてたしな・・・」
じとめで見つめてくる2人に、エドとヴィルヘルムは顔を引き攣らせていた。
「まあ、まあ・・・これで無事事件も解決。晴れて公認にもなれたわけだから・・・」
アルのその言葉で場の空気が持ち直した所へ、こんこんという少し控えめなノックの音が聞こえる。
「誰だ?」
「・・・・・ラッセル=トリンガムだ」
エドの声に一瞬おいてから返ってきた声に一同は一瞬で緊張する。
そして暫く迷っていたエドだが、考えた末にラッセルの入室を許す。
「・・・・・エド」
「ラッセル・・・・・そのお前には色々と」
「いいんだ。気にしていない」
さすがに何も知らなかったラッセルには悪かったと思っているエドは口篭もりながらも誤ろうとするが、ラッセルの方はまったく平静のまま意外な言葉を口にした。
「気にしてないって・・・・・」
「ああ。お前とマスタング元帥のことなら知ってたから」
その言葉に室内にいた全員が驚嘆した。
エドとロイはラッセル達が城に着てからほとんど接触をしていない。
城に来た時点でも知っているという様子は見せなかった。
ならいつ知る機会があったというのか一同は不思議でなかった。
「・・・俺がこの城に着た日の夜、エドは元帥と2人でいただろ?」
あれを見られていたと知ったエドは、2人でいたことを見られた事よりも、一通りを見られていたかも知れない恥ずかしさで動揺してしまった。
「だから2人の仲はすぐに解った。けど俺もエドの事ずっと好きだったから・・・発表のある今日のパーティまでは仮初の婚約者でいさせてもらおうと思って黙ってた。でもちゃんと今日の発表で辞退しようって決心してたんだけど・・・・・」
その前にああいう事になったから言うこともなくなったと、冗談めいていうラッセルに目線を明後日の方向にそらせている者達がいた。
「まあ、結果的に俺の国のマイナス部分を暴き出してもらいもしたし、今回の事は俺からちゃんと父に報告しておくよ」
「・・・・・悪い」
「お前が気にすることないって」
本当にすまなそうにしているエドに笑ってラッセルは答えると、すぐにロイの方を見て口を開いた。
「エドがあんたを選んだなら仕方がない。俺は引き下がるけど・・・もしエドを泣かせたらすぐにでも掻っ攫いにくるからな」
「ああ・・・・・」
ラッセルの言葉に無意識に返答を返したためロイは建前の口調ではなく地のものになっていた。
しかしそれが逆にラッセルは気に入ったようで、満足そうに笑うと最後に一言だけ呟いた。
「おめでとう」
そう言ってラッセルは心から2人を祝福して部屋を後にした。
パーティから1ヶ月がたったある晴れた日のこと。
「はじめてよね・・・アルモニの占いが当たったのって・・・・・」
「ほ〜〜ら、あたしの言ったとおりだったでしょ?」
「・・・・・槍でも降ったりして」
「・・・・・ウィンリィ?」
今まで当たることのなかったアルモニの占いがあたったことがよっぽど不服なのか、ウィンリィはアルモニに対してとても失礼なことを言っていた。
「あんた達・・・なにこんなめでたい日に物騒な空気だしてるんだ?」
「あ、イズミさん。エドの準備できたの?」
「見たいならついておいで。ただし、女限定ね」
ウィンリィとアルモニの後ろでついていきたそうにそわそわしていたアルは、この世でもっとも畏怖すべき存在に遠まわしに却下されてかなり落ち込んだ。
「まあ、まあ王子。後で好きなだけ見れるんですから」
「でも・・・弟としては姉がちゃんと支度できたか気になるじゃないですか・・・」
「それは大丈夫です。私が保証します。それよりも王子には他にやることがあります」
「そうそう。あいつが先走らないように見張るのが、俺達の役目だからな」
ホークアイとヒューズの言葉になぜかアルは納得してしまった。
それはどちらも信憑性のあるものだったからだ。
そしてそれを立証するかのように事を起こそうとしている人物。
「・・・どこにいかれるつもりですか?」
「いや、その・・・」
「おとなしく待ってろって。支度できたんなら、もうすぐ出てくるだろ」
そう親友に言われながらアル以上にそわそわしているロイは今にもエドの元に走っていきそうだ。
もっともホークアイが銃でなんとか牽制しているため踏み止まってはいる。
そこへようやくエドが準備していた部屋の扉が開き、ロイが待ち望んだ全身真っ白なエドが姿を見せた。
エドのその姿にを目にした瞬間全員が見惚れた。
もちろんロイも想像以上の姿に思わず固まっている。
「おめでとう姉さん」
「おめでとうございます」
「ありがとうアル、皆・・・・・」
祝福されてエドは嬉しそうに頬を赤くさせながら、ロイの目の前に歩み寄ってきた。
「おめでとう陛下」
エドのその一言にロイははっと我に返った。
「エディ・・・・・・・」
「今日からロイが国王陛下だよ。 それはずっと前からの俺の夢だったから」
何度ロイが玉座に座る日を夢見たか解らない。
ロイなら絶対に失踪した自分の父のようにはならないと昔から思っている。
もっとも父が母にプロポーズの際に贈ったペンダントの事を知って多少は見直しもした。
あのフラメルの印の入った真紅のペンダントだ。
「そしてもう1つの・・・ロイのお嫁さんになるっていう夢も同じ日に叶えられて、俺すっごく嬉しいよ」
「エディ・・・・・・」
「幸せになろう、ロイ」
「ああ。幸せにしてみせるよ、エディ」
ロイがエドに口付けを落とした瞬間、空に数羽の鳩が2人を祝福するように舞っていた。
あとがき
姫エドはこれにて終了でございます。
もっとも件の1.5話とか、番外編が残っているのでもうちょっとお付き合い願います。
そして無事結婚いたして、ロイは国王就任でございます。
ラッセルがとっても聞き分けの良い人になっております。
どこかの嫉妬ばかりしてた人とは大違いです;
それでは最後にエドのウェディングドレス姿の見たい方はこちらからどうぞ。
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