Relief plan




別れてからまだ1ヶ月しかたっていない。
別れの際はかなりシリアスだったと思っている。
それなのに彼女はまるで何事もなかったかのように現れた。
「いやぁ〜〜皆さんご機嫌麗しゅう」
1ヶ月前この執務室に訪れた時と同じ台詞、同じような能天気さを引っさげて。



彼女の登場に誰もが固まった。
報告をしに立ち寄っていたエドとアルも。
それを聞きながら書類と戦っていたロイも。
そのロイをしっかりと見張っていたホークアイも。
いつも通りの職務をこなしていたファルマン、ブレダ、フュリーの3人も。
「・・・・・猊」
真っ先に正気に戻って呼びかけようとしたロイの顔面に何かが投げつけられた。
「その呼び方はちょっと止めてね〜〜」
かなり機嫌を損ねたのか、笑顔で威嚇してくる彼女に、一部の人間はぞっとした。
「・・・なんでお前が平然とここにいるんだよ?」
「1ヶ月前の別れは何だったのかしら・・・」
「気にしない、気にしない」
顔を引き攣らせるエドと溜息をつくホークアイに、もう機嫌が直ったのかルースはけらけら笑いながらそう言った。
「それよりも・・・・・ハボック少尉はどこ?」
きょろきょろと室内を見渡しながらルースが言ったその一言に、一瞬全員目を丸くしてあっけに取られた。
錬金術師であるエドやアルやロイが指名を受けるならともかく、そうではないハボックが名指しされるとは誰も思っていなかった。
「今は所用でいませんが、すぐ戻ると思います」
「ふ〜〜ん・・・じゃあ、ちょっと待たせてもらうわね」
ホークアイの言葉を聞いたルースはソファにどかっと座って待ちに態勢に入った。
その様子を静かに一同が暫く眺めていた。
そして何を思ったのかブレダが冗談半分でルースに尋ねた。
「まさか・・・デートの申し込みとかじゃないですよね?」
「うん。そうよ」
1番ありえないと思ったことを口にしたつもりだったが、さらりと肯定されてブレダは顎が外れるくらい驚いた。
その他の面々も驚愕の表情を浮かべ、中には先走って手を合わせてハボックの冥福を祈っている者までいた。



「ただいま戻りましたー」
そしてついにハボックが帰ってきてしまった。
さすがにハボックも室内に入った瞬間にその異様な雰囲気に気が付いた。
なにしろ全員が自分を哀れむような、同情するような目で見ているのだ。
何が起こったのだろうと思いながらソファを見て、そこにいる人物に思わず顔を引き攣らせた。
「・・・・・・猊」
「だから今その呼び方はやめる〜〜」
そう言ってロイ同様ハボックの顔面にもルースは何かを投げつけた。
「いって〜〜」
「痛くて当然よ。顔面に当てたんだから」
それは偉そうに胸を張って言うことなのかと誰もが思った。
「・・・・・で、なんでここにいるんすか?」
なんだか嫌な予感はするがとりあえずハボックは尋ねてみた。
「ん〜〜とね。デートしない?」
ルースに言われたその言葉に理解するのに暫くかかったハボックは、理解した後に自分なりに結論を出そうと必死だった。
『それって猊下とデートってことだよな?でも何があるか解らないし、でも断ると余計に怖いような気もするし・・・しかし猊下って、性格はあれでも見た目はかなり美人だよな。いや、だが・・・見た目はあれでも歳は俺よりも遥かに上だし・・・・・でもやっぱり美人だし・・・・・』
この間わずか0.2678秒の思考である。
「わ、解りました」
ハボックのその一言に、室内にいた者の全てが「覚悟を決めたか」と、今までの中で1番ハボックを見直した瞬間であった。
そんな周りの空気を知ってか知らずか、ルースはぱんっと両手を合わせて嬉しそうな表情をする。
「本当〜〜良かった〜〜。・・・はい、じゃあこれ」
「・・・なんすか?これ」
手渡されたそれは1通の手紙だった。
「それにデートの日時と待ち合わせ場所・・・後、相手からの手紙も入ってるから」
「はぁ・・・・・って、相手から?!」
その言葉にハボックは目を見開いて驚いた。
「そうよ〜〜」
「え、だって・・・相手は猊下本人じゃ・・・・・」
「そんなわけないでしょう。なんで私がハボック少尉とデートなんかしなきゃいけないの?」
少しほっとした反面、ハボックは何故か妙に悲しい気分になってしまった。
「実はこの間立ち寄った町に住んでる貴族夫婦を偶々助けてね。すっかり信用されちゃって、1泊2食お世話になっちゃったわけよ」
「はぁ・・・・・・」
「で、食事の席で、『最近娘が男性に酷いふられ方をして落ち込んでいるのですが、誰か良い相手を知りませんか?』な〜んて言われてねぇ」
「なるほど・・・それでハボックに白羽の矢を立てたということですか?」
「そうそう。ハボック少尉も随分と彼女作りに苦労してるみたいだから、これは良いかもって思ったわけよ」
何気に酷いルースの言い草に、ハボックは嬉しさよりも悲しさが勝ってきていた。
「あの夫婦や娘さんにハボック少尉のこと話したら、かなり乗り気になったみたいでね〜。こうしてわざわざ手紙を届けに着てあげたってわけ」
まるで「感謝しなさいよ」と無言で言われたような気さえハボックはした。
「でも・・・俺はどんな子か知らないっすよ」
「そんなの手紙を読んで性格は想像しなさいよ。外見に関しては、一応写真同封よ」
最早1度了承しているのだからここでキャンセルは許さないと遠まわしにいわれているきがした。
そして諦めの気持ちでハボックは封筒を開けた。
ハボックが不安な気持ちから180度掌を返したのは写真を見てすぐだった。









中央のレストランにて、普段とは違うばっちりとしたスーツ姿に薔薇の花束などという、パターン的なデートスタイルをしているハボックの姿があった。
そして何故かそれを密かに隠れて観察している数名の姿も。
「あ〜あ・・・めちゃくちゃにやけてるよ」
「無理もないよな・・・どっかの誰かに今まで散々邪魔されてたわけだし」
「ほう、誰に邪魔をされていたんだ?」
まったく気が付いていないロイの言葉に、その場にいた一同が「あんただよ!」と心の中で声を揃えた。
そうこうしてるとハボックの本日のデートの相手となる女性が現れ、すでにハボックの向かいの席についていた。
それは金髪、碧瞳の可愛らしい美人だった。
服装も化粧派手なものでなく、清楚なものを着てナチュラルでいることから、センスもかなり良いことが伺えた。
しかもハボックとの初対面での照れようを見る限り、性格は大人しめで良いほうのようだ。
出会ってすぐだというのにかなり良い雰囲気が2人の間に流れている。
「よっし!なかなか良い雰囲気ね」
「・・・なんか腹が立ってきた」
上機嫌なルースに対して、ブレダの機嫌は急降下しているようだった。
目の前で同僚が良い思いをしていればある種無理もないのかもしれない。
「それじゃあ、あっちも料理頼んでるし。こっちも・・・・・・」
そう言ってルースはボーイを呼び止めてずらずらとメニューを読み上げていく。
そしてルースが読み上げた料理はこの店でも最高ランクに入るくらい高いもので、しかもそれをこの人数分(6人)である。
しかしさらに彼女の次の言葉に一同は驚かされることになった。
「支払いは大総統持ちで」
平然としているルースに対し、軍人5人は胃のあたりが痛くなってきた。









「でもどうしてハボック少尉に彼女を紹介したんですか?」
レストランを出て2人を尾行している最中、フュリーがぽつりとルースに疑問を漏らした。
そして他の面々も少し考えてそれに同意する。
「確かにそうだよな・・・」
「げ・・・じゃなくて。ルースさんなら、知らぬ存ぜぬでそのまま旅を続けてそうですすね」
「ファルマンの言うとおりだな」
口々に言われていることに対し、ルースは特に気にした風もなく自然に話し出した。
「長く生きてるとさぁ〜〜これといった娯楽も少なくなってくるのよねぇ〜〜」
「はっ?」
ルースの言っている意味が理解できず一同は間の抜けた声をあげる。
「どれもこれもやり尽くして飽きてくるのよ。だから自分で何か娯楽つくるしかないじゃない。息抜きも大切だしね〜」
その言葉に一同は暫し固まった後、1つの結論に至った。
ハボックの縁談・・・人生は彼女にとって娯楽の1つなのかと。
そして自分達がこうやって尾行に付き合わされてるのもまさか・・・と。
ふと、いつ自分達が同じ目に合わされてもおかしくないと誰もが思い始めた時。
「むっ!怪しい人影発見!!」
その割には嬉々としているルースに一同はもうげっそりとする。
「どうやら2人を狙ってるみたいね・・・・・よっし!出動よ!!」
こんな人物が真理に等しいなんて世も末だと、この場にいた錬金術師2人、エドとロイは特にそう思っていた。
そしてその数分後、出来たてカップルの邪魔をしようとした愚かな男達は、黒服女とその愉快な仲間達の手によって、空の星となってしまった。








「まあ、綺麗・・・・・」
うっとりと金髪の美女は街中に上がった花火に感嘆した。
ちなみに雰囲気を壊すようだが、それは実はロイがルースの「花火で攻撃!」という訳の解らない命令に従ってできたものだった。
しかしどうやら男達を懲らしめつつ、2人を盛り上げてやろうという作戦だったらしい。
やらされた側は情けないとかなりへこんでいるが。
「そ、そうですね・・・」
「ハボックさん」
花火よりも隣にいる美女に見惚れていたハボックに、金髪美女は少し顔を真っ赤にして恥ずかしそうに言った。
「あの・・・実は今回私が中央に来たのは、両親が今度中央に引っ越すための物件を下見するのについてきたからなんです・・・・・」
「はぁ・・・・・・」
単に自分とのデートが主目的ではなかったと言われたようでハボックはがっかりしてしまう。
しかし次の彼女の言葉でハボックの心象風景は薔薇色になる。
「あの、ですから・・・・・引っ越してきたらいつでもお会いできますから。・・・今後とも、宜しくお願いします」
不幸な男が幸福な男に返り咲いた瞬間であった。










「げ・・・じゃなかった。ルースさん、ありがとうございました!」
「い〜のよ〜別に」
デートの翌日すっかり有頂天になってしまっているハボックは、ルースの姿を見つけるとすぐに深々と礼をした。
「そりゃあ・・・自分も随分と楽しんでたもんな」
ぼそっとエドは顔を引き攣らせながらハボックにもルースにも聞こえない声で言った。
「まったくいい気なものだ・・・・・私すら、まだ本命に告白すらできていないものを・・・」
げっそりしながらロイが誰にも気付かれないように呟いた。
しかしなんだかんだ言いつつも、室内にいる人間はハボックに恋人ができたことを祝っている。
ただ1人を除いて・・・・・
「・・・・・あいつばっか良い思いしやがって」
まるで恨み言のようにハボックと同階級のブレダは1日中ぶつぶつとそんな言葉を呟き続けていた。









あとがき

かずらさんのお誕生日プレゼントということで書かせていただきました。
しかも「What death is expected」の番外編で;
リクエストはずばり、「ハボック救済」でした。
しかしこれは救済になったのかどうか・・・・・
ハボックよりも他の皆さん(特にルース)が出張ってるし;
おまけにハボックは救済できても、今度はブレダが不幸になってるし・・・
ちなみに尾行のさいいない2人ですが、アルは目立つからとルースに却下され(酷い;)、ホークアイ姉さんはブラハの世話があると逃げました;
すばらくしくだらないギャグになってもうしわけありません、かずらさん。
こんなのでよかったらどうぞお持ち帰りくださいませ。




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