四花精伝 第一幕〜祝福の章〜
1:夢告




太陽が煌き、どこまでも続く壮大な青空。
風は荒れ狂うこともなく、今は穏やかに吹き木々の声を奏でている。
その心地良い陽と風を一身に受け、少年は柔らかな草を布団代わりに、すやすやと天に顔を向けたまま寝そべっていた。
穏やかに眠るその姿はとても無理矢理に起こすには忍びないと誰もが思う表情をしながら。





「・・・・・って・・・・・・ってく・・・・い」
「ん・・・・・・?」
「起きてください」
いきなり耳によく届いたその声に少年はびくりと反応し、反射的に起き上がってしまった。
「えっ・・・・・?ええ・・・・・・・??」
今の状況が寝起きとはいえ、少年にとって理解が苦しむものであった。
ただ呼びかけられた程度ではおきない自分がこうもあっさりと起きたのだ。
普段は師の手酷い一撃でないとなかなか起きない、寝坊すけで通っている自分がである。
少年は不思議になって呆然としていると、上のほうから透き通った綺麗な、それでいて穏やかな声が降ってきた。
「ようやく起きられましたね」
「あっ?」
間の抜けた声を出しながら反射的にそちらを向くと、そこには1人の女性が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
歳は18・9前後で、長い濃緑の髪と瞳、優しげな雰囲気を醸し出す美人ではある。
だが、少年はそのどれよりも彼女の服装に目が釘付けとなっていた。
このような服は見たこともないし、服の布もかなり上等なもので、この倭国に点在する幾つもの小さな国々の王達ですらも着られないのではというくらい上等なものだった。
それがよりいっそうその女性を不思議な存在として少年に認識させた。
「驚かせてしまいましたか?」
「・・・・・驚いたかというか、なんというか」
呆然となりながら少年はまじまじと女性を見つめながら、まず一番の疑問点について、女性を無意識のうちに指差しながら尋ねた。
「あんた・・・・・誰?」
「あら、これはとんだ失礼を。まずは名乗るのが上等というものですわね」
女性は鈴がなるような声で笑うと、スカート・・・ただし少年はこれをスカートという名だとは知らないそれをちょっと持ち上げて一度お辞儀をする。
「私、シェルナと申します。精霊族の四人の王の一人・・・風の精霊『風華王』です。以後お見知りおきを」
「はあ・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
半ば茫然自失で聞いていたものの、シェルナの一言に少年は目を丸くして叫んだ。
「か、風の精霊?!」
「はい♪」
少年は反応が気に入ったようで、シェルナはことさらにっこりと微笑んでみせる。
一方の少年は精霊という概念は知っていた。
自分の師に聞いたこともあるし、何よりもこの国、邪馬台国の先代と今代の女王は神の神託を受け、精霊と接することのできる巫女だ、精霊に関して否定的な国もなるが、少なくともこの国の者達は王が王だけに皆信じ、崇拝している。
しかし、こうも聞いたことがある。
精霊の中でも、火、地、水、そして風の精霊は四大元素として最も高位な存在であり、この国の先代の女王も、今代の女王も直接接触したことも一度もないと。
しかも、風の精霊は他の火、地、水を統括する四大元素の精霊の中でも長なのである。
そんな存在が自分とこうして話していることが不思議でならない・・・というよりも疑わしい。
「嘘だろ?」
「本当です」
疑惑の眼差しで自分を見てくる少年に対し、シェルナはなおもにっこりと微笑んだまま短く告げた。
「第一、私が本物でなければ、この空間の説明がつきませんわ」
そこで少年は起きて初めてその空間を良く見渡してみた。
今までは目の前にいるこの人物に気をとられてあまり気にしていなかったが、改めて冷静に見てみると不思議な空間だった。
淡い緑色を主とする涼やかで、幻想という言葉の良く似合うこの世界。
所々に大小様々な緑と白のまじった球体が煌々と輝きを放って浮かんでいる。
「ここは貴方の夢の世界・・・正確には記憶の世界といったほうがよろしいでしょうか・・・」
「記憶?」
「夢とは、その人物の記憶の断片を様々な形に組み合わせてできたものですから。・・・ただ、一つ例外はありますが、貴方は・・・というより世界中のほぼ全ての人達はそのケースにはあてはまりません」
「・・・・・ケース???」
聞きなれない言葉に少年は首を傾げて見せた。
すると女性は、ああっと少し罰の悪そうな表情を見せて丁寧に説明する。
「形・・・例題といいますか・・・・・とにかくそのような事です。この倭国からかなり離れた西の言葉で、私達精霊は常用しています」
「ふ〜〜〜ん」
世界にはいろんな言葉があるんだなとか、世界は思っている以上に広いんだなと少年は素直に思った。
その様子にシェルナはくすりと微笑む。
「さて、本題に入ります。私が貴方と接触したのは他でもありません」
シェルナはいきなり真剣な面持ちになると重い口調で語りだした。
少年も反射的につられて真剣な表情になる。
全てを信じたわけでもないが、嘘をついている様子もないということを感じたからだった。
こう見えても少年は人を見る目は確かなほうだった。
「貴方に『黒き精霊』を倒していただきたいのです」
少年はその言葉に小首をかしげた。
「『黒き精霊』?」
「はい」
「何だよ?それ。それにどうして、精霊が精霊を倒してくれなんて・・・」
精霊は精霊同士で争いごとはしないし、めったなことでは多種族との争いもしない、共存主義型であり、無益な争い事は一切嫌う。
多少、相反することはあるが、このようにお互いの存亡をかけた事などしない。
しかも、精霊を人間に倒せるはずもない。
「あれは・・・・・正確には精霊とは呼べません」
「?・・・・・どういうことだ?」
「姿形、能力そのもの等は精霊のそれといえなくもないので、我々の間ではそう呼んでいるだけです」
どうも、『我々』の部分を強調している以上何かありそうだが深くは追求しない。
「魔族・・・・というのをご存知ですか?」
「?・・・・・なに、それ?」
初めて聞くその単語に少年が怪訝そうな表情をすると、シェルナはそれがごく当たり前というような表情をしてみせる。
「全ての生命の天敵・・・破壊と憎悪の象徴。今から六千年程の昔、神族と悪魔と戦い、最高神で在らせられる、天照神王様によって封印された存在です」
「・・・・・それと何の関係が?」
「『黒き精霊』は魔族の持つ、『闇の力』が長きに渡って結晶化したものなのです。そして、今では己の意思を持ってしまっています」
「えっ・・・・・」
「『黒き精霊』は、ゆえにとても危険な存在なのです。・・・この倭国が未だ、戦乱の中にあるのも『黒き精霊』のため」
「何だって?!」
少年はその言葉に過剰なまでの反応を示した。
今まで、半信半疑、特に興味もなさそうに聞いていたが、発した後半の言葉に怒りさえみせて反応した。
「どういうことか・・・・・詳しく説明しろ!」
「・・・この倭国はとっくの昔に統一されていてもおかしくはないのです。邪馬台国の先代の女王はそれをなすに十分たる人物でしたし、今代の女王もそれに等しい。本来、先代が亡くなり、今代の女王に変わった一年後には、先代の女王がなしたことを引き継いだ今代の女王がこの国を統一できているはずでした・・・」
それが精霊や神族の予測であった。
しかし、その予測は大きく崩されることになった。
原因は当然『黒き精霊』にあった。
「『黒き精霊』はある一つの国に着手し、裏からその国を乗っ取りました。その国の名は摩富国・・・」
少年はその国の名を聞いたことがあった。
例の精霊の存在に否定的な国で、少年が生まれる少し前から急成長して栄えている国である。
そう、その頃から『黒き精霊』は摩富国に入り込んでいたのだった。
「負の力は魔族にとって力の源でしたから・・・『黒き精霊』にもいえることです」
この戦乱の世が続けば相当な負の力は得られ続けることができるというわけである。
精霊の存在に関して否定的なのもこの『黒き精霊』の仕業である。
この時代、この国において、精霊を否定するということは正の力を減らすことにつながる。
そして正の力が減れば精霊も弱まってしまう。
「まさしく、メビウスの輪・・・・・明確な始点も終着点のない輪のように」
「それじゃあ・・・なんで、さっさとそいつを倒そうとしないんだよ?!」
「申し上げました通り、我々の力は衰えています。それ以前に、この『黒き精霊』には我々精霊単体では力が通用しません。ゆえに、貴方なのです」
シェルナにそう言われても、精霊にさえ手におえないようない相手に、なぜ自分が太刀打ちできるのかが理解できなかった。
今の話を聞く限り、『黒き精霊』のしている事は許せるはずもない。
しかしどう考えても人間である自分は精霊よりも弱いはずなのだ。
「『黒き精霊』を倒すためには、人間に我々の力を合わせるのが1番と考えました。そして我々四大精霊は各々と波長のあう人間を探し、『祝福』と称し、力を授けました」
「はぁ・・・・・」
「そして私が見つけ出し、『祝福』を与えたのが、貴方というわけです」
「はぁ・・・・・・はいっ?!」
シェルナの言っていることが多少良く理解できなくて、まるで夢物語でも聞いているような調子で返事を返していたら、急にとんでもないことを言われて目を大きく見開いた。
「お、俺がっ?!」
「そうです」
まるで予想通りの反応とでもいうようにシェルナはにっこりと笑顔を崩さない。
「ちょ、ちょっと待て!俺はそんな大層な奴じゃないぞ・・・」
「しかし私と波長があった以上、貴方がそう思おうと思わないと、これらは全て事実です」
「事実・・・」
「そう・・・そして私はどうしても貴方に動いて頂かなければ困ります」
そこまで言ってシェルナは一転神妙な面持ちとなる。
それはここまで話はしたが、引き受けてもらえるのかという不安と、『黒き精霊』に対する不安が入り混じっているためのように思われた。
その表情と雰囲気がその『事実』という言葉を確かなものにさせていた。
「・・・・・解った」
「えっ・・・」
「その『黒き精霊』とやらを、倒せばいいんだろう?」
「本当に・・・やって頂けるので?」
言葉を聞いたシャルナの表情がゆっくりと神妙なものから明るい部類にはいる表情に変わっていく。
「ああ。それに、そいつが本当にこの国の混乱を持続させているなら・・・俺としては黙っていられないしな」
まるで苦虫を噛み潰したようなその表情に、シェルナが痛々しそうな表情を作る。
それは彼がこの言葉を言う原因の1つである、彼の過去を知っているためなのであるが、そのことをあえて口には出さなかった。



「それでは、伝えることは伝えましたので、私はこれにて失礼します」
「・・・ちょっと待てよ!具体的に俺はこれからどうすればいいんだよ?!」
単純に摩富国に行って『黒き精霊』を倒して終わりというふうには感じなかった。
そしてその言葉にシェルナはにっこりと微笑む。
「まずは貴方と同じ、『祝福』を受けた残る地、水、火の3人をお探しください」
「って、それもどこにいるんだよ?!」
「大丈夫です。運命が必ず貴方がたを出会わせます。全ては成すがままに」
「説明になってない!」
「それでは」
必死に呼び声にそれ以上何も答えないまま、シェルナはそこから霞のように消え去った。
それと同時に、こちらの意識も現実へと引き戻されていた。






あとがき

天使出張所の外伝となる四花精伝をついに始めてしまいました;
第一幕〜祝福の章〜はまだかなり平和なほうだと思います。
第二幕以降からがすさまじくなりますから・・・・・
特に第二幕がある意味1番どろどろとする予定です。
とりあえず、天使出張所本編ともどもお付き合いください。





BACK       NEXT