あなたが月へ帰らなければならない事を耳にした時、胸が苦しくなりました。
でもそれは、あなたの運命。
私なんかが、引き留めて良い訳がない。
そう頭では、分かっていた筈なのに――――・・・・。
天満月
昔、東の果てに位置する島国のある町で、世にも不思議な出来事があったそうだ。
シグ・カーティスという男は、竹を取っては竹細工を作り、それを売って生活していた。
妻のイズミと、平凡ながらも幸せに暮らしていた。
そんなある日の事、シグが何時ものように山へ竹を取りに行った時に、とても美しく黄金色に輝く竹が一本あったのだ。
黄金色に輝く節の部分を切ってみると、中には三寸(約10cm)くらいの大きさの可愛らしい少女が座っていた。
――
子供のいない自分たちに、神が授けてくださった子だろう。
シグは大切に、その少女を家へと連れて帰った。
イズミも最初は驚いていたけれど、子供ができたと喜んだ。
竹から産まれた可愛らしい少女は、"エディ"と名付けられた。
エディは日に日に大きくなり、三ヶ月後には、成人を迎えるのに十分な年頃にまで成長した。
髪を結い上げさせ、大人の衣裳を着させ、成人式は行われた。
その美しさといったら、この世の者とは思えない程の者だった。
エディが来てから、カーティス家は光り輝くようになった。
夫婦は、どんなに辛い事があっても、エディを見ると心が安らいだ。
エディを拾い育て始めてからと言うもの、黄金の入った光る竹を見つける事が重なった。
見る見るうちに、カーティス家は大きな富を手に入れたのだ。
子供ができなくて寂しい思いをしていた夫婦に、子供を授け富を与えてくださった神に感謝しても足りないと、よく夫婦が話していたと言う。
エディの噂は、たちまち国中に広がった。
家の周りには、エディを一目見ようと、色々な身分の男たちが集まった。
こっそり忍び込もうと企む者もいたくらい。
求婚してくる者も後を断たない。
しかしエディは、男たちの前には姿を現さなかった。
求婚者たちの気持ちに答えようとしない、エディ。
月日が経つにつれ、諦める者が現れ始めた。
あれだけ多くの者がエディの家の周りに、毎日のように集まっていたのに、今では数えるのが容易なほどにまで、減ってしまった。
ところが、どんなに粘っても無駄だと諦めていく者の中で、たった四人の者だけが諦めずに、求婚し続けていた。
その男たちの熱意をずっと見ていたカーティス夫婦は、エディにその事を伝えた。
「あの四人の中から、結婚相手を決めてはどうだ?」
「オレは、誰の妻になるつもりはない・・・・・」
「どうして!?」
いくら言っても聞こうとしないエディに、少し声を荒げたイズミ。
「・・・・・・・・・・・・」
黙り込むエディ。
"まあまあ"とイズミを宥めるシグ。
「エディ、無理しなくていいんだぞ」
「あ、あんたっ!!」
「・・・・・・条件があります。オレの事を本当に思ってくれているのか、確かめたいんです」
それもそうだなと思う反面、言い包められているような気がしたが、可愛いエディを不安な気持ちのまま、お嫁に出すのは心苦しい。
「エディがそこまで言うのなら仕方がない」
エディは、イズミの一言にホッと胸を撫で下ろした。
何時ものようにエディの家の門の前で、四人の求婚者たちが、今日こそはエディに会えるだろうかと待っていると、門が開きイズミとシグが出てきた。
イズミは、エディに相応しいかどうか見極めるような目で、四人を見た。
「エディを妻にと思っているのは、お前たち四人だな」
怖いと有名なイズミ。
何故か叱られているような気分になる四人。
「条件を出し、その条件を見事合格した者と結婚をするとエディは言っていた」
一瞬固まる四人。
「条件って如何してですかっ!?」
求婚者の一人が、イズミに食って掛かる。
怖いもの知らずなのか、阿呆なのか・・・・・・。
そんな事を気にしない様子のイズミ。
「自分の事を、本当に思ってくれているのか知りたいらしい。条件を飲むのか飲まないのか?」
エディを妻にしたいと願う気持ちに、何の濁りもない四人。
「では、アルフォンス・エルリッル、リザ・ホークアイ、アレックス・ルイ・アームストロング、グリード以上四名に告ぐ。二年後の今日の正午に『賢者の石』持ってきた者に、エディを差し上げよう」
『賢者の石』とは、幻と詠われた秘宝中の秘宝。
血のように赤いそれは、誰もが欲しがる代物。
不思議な光を放ち、一度でも見た者を虜にすると言う。
多くのものが探しに行ったが、見つからず行方不明になった者も多い事を、よく耳にした。
そんな見つかるかどうか、分からないような石をエディは、欲しいと言っている。
「面倒臭い」と言う者もいれば、「頑張ろう」と言う者もいた。
口ではこう言っていても、愛する者の望みを叶えようと、心に決める四人であった。
イズミの目には、今の所で全ての男がエディの事を、心から思っている様に見えた。
「最近、噂になっている娘の事を調べてくれ」
とても偉そうに座っている彼は、この国の帝であり政治を中心に行う人物。
名は、ロイ・マスタング。
光源氏のように、女癖がかなり悪い。
「私に落とせぬ女性はいない」と言っているそうだ。
そんな事を言うだけあって、本当によくモテているらしい。
漆黒の瞳に見つめられたら、くらりときてしまうのも納得出来る。
そんな彼が美しいと評判のエディを、みすみすほうっておく筈がない。
ハボックはため息をついた。
何時も、仕事をサボって女の所に行っているのに、今回に限って調べてこいだなんて何か裏がありそうな気がしてならなかったのだ。
ご自分でお会いに行っては?と言いたいが、言った所で減給にされるのがオチなのは分かりきっていた。
「分かりました。すぐに調べに行って参ります」
嫌々ながら主君であるロイの為に、エディの事を調べる事になったハボック。
どんな裏があろうとも、自分には関係の無い事であって欲しいと、願わずには居られない。
重い足を引きずりながら、エディの住む町へと馬を走らせた。
ハボックの持ち帰った情報に、愕然とするロイ。
情報と言うより伝言と言った方が良いだろう。
「いくら偉い奴だろうと、オレは会う気は全くナイ!」
と言うエディの言葉をシグから聞いたと、ハボックは伝えたのだった。
「ほぅ・・・多くの求婚者をふっただけの事はあるな」
何故か不適な笑みを浮かべるロイに、また嫌な予感を感じる
「では、"エディを私にくれるのならば、あなたに高い地位を約束しよう"と伝えて来い」
ハボックは、やっぱりと肩を落としながら、エディに同情していた。
この男ロイ・マスタングは、自分が欲しいと思ったものは、自分の"帝"という地位を使って手に入れる。
ロイらしいと言って良いのか、悪いのか・・・・。
使える物は使うと言うのが、ロイの中では常識なのだ。
それで毎回、使い回されるハボックが哀れでならない。
それから数日がたち、ハボックが帰って来たが、良い返事など帰ってくるはずがない。
ハボックが言うには、「そんな自分の地位を、使ってくる奴なんかと結婚させられるなら、死ぬからなっ!!」と外まで聞こえるくらいの声を出し、激怒していたそうだ。
今まで、地位を使って手に入れてきた物は、どれだけあっただろう。
数えるのが困難だと言う事は分かる。
初めて、自分のやり方を否定されたロイ。
しかも、死ぬなどと言って・・・・・。
手に入らないとなると、さらに手に入れたいという願望が強くなる。
それが、今まで手に入らなかった物のないロイなら尚更だ。
「面白い」
ロイはもう一度、不適な笑みを浮かべた。
よくエディが散歩に来ると言う竹林をシグから聞き出したロイは、急いでそこへ向かった。
そこには、噂以上の美貌を持つ女性が、楽しそうに動物と戯れていた。
ロイは目を奪われてしまった。
黄金色の生糸のような髪に、触れてみたいという衝動にかられた。
しかし、触れてしまうと壊れてしまいそうなほどの美しさに、少し恐怖を感じてしまった。
気を取りなおして、ロイはゆっくりと歩み寄っていった。
ロイの気配に気付き、見をかたくするエディ。
「あなたが、エディ・カーティスですね?」
ロイが女性のみに向ける、柔らかい笑顔。
これこそが、世の女性が好いて止まないもの。
「誰だ、お前!?」
ロイの笑顔も空しく、エディは渋い顔をした。
それでも笑顔を崩さない所が、ロイのすごい所だろう。
「私はこの国の帝であり、名はロイ・マスタングと申します」
「何度来ても同じなんだよ!もうオレに構うな!!」
怒った顔も美しいなどと、ロイは的外れな事を思っていた。
「何故そこまで嫌がるんです!?私が嫌いなんですか?」
エディは言葉に詰まった。
理由はあるのだけれど、言う事の出来ない理由もある。
エディが、どうやって誤魔化そうかと考えているのが、分かったかのような笑みを浮かべるロイ。
「理由がないのなら、断われないでしょう。すぐに結婚したくないのなら、文から始めませんか?」
文ぐらいなら良いだろうと思い、エディは頷いた。
エディが四人に条件を出して、もう約束の二年が経とうとしていた。
ロイは焦りだした。
文の交換を始めてから、今までなんの進歩も無いままなのだから。
もし、四人の中の一人が賢者の石を見つけて来てしまったら、そいつにエディを取られてしまう。
いくら地位を使ったとしても、エディはその男との約束を果たすだろう。
今までこんなに一人の女性に居れ込み、振り回された事のないロイは、どう対処して良いのか分からなかった。
そんなロイを無視するかのように、約束の日が来てしまった。
エディの前に四人が座り、その間にイズミとシグが座る、という状態で審議が始まった。
「それでは約束の品を前へ」
と、イズミが言った後、エディの顔が一瞬にして青ざめた。
四人中三人が赤い石を差し出したのだ。
「二年間、世界中を探し回り、やっとの思いで見つけました」
と、アルフォンス・エルリック。
「我が、アームストロング家に代々伝わる、極秘の方法で作り出したのであります」
とアルに続いて、アレックス・ルイ・アームストロングは言った。
「オレは、高い金を払って買い取ったんだ」
と偉そうに言うグリード。
一人だけ、石を差し出さなかったのは、リザ・ホークアイ。
「ホークアイ殿、あなたは見つけられなかったのか?」
イズミの問い掛けに、俯いていた顔を上げイズミの目をしっかりと見据えた。
「私も二年間、探し回りました。しかし、見つける事は出来ませんでした」
最後までイズミの目を見据え、はっきりと発音した。
エディは、三人の持って来た赤い石を手見取った。
暗く青ざめていた顔が、明るくなったと思ったらすぐに、怒りの表情を見せた。
「これ、偽者だな?」
美しい顔に似合わぬ低い声。
「これは賢者の石じゃねぇ!鋼玉(ルビー)という宝石だ!!」
如何して分かったのだろうと、不思議がる三人。
エディは、騙されそうになった事への怒りを感じる反面、結婚しなくてもすむ事への喜びも感じていた。
端から見ると、四人ともエディの事を深く愛しているように見える。
だが、今回の出来事でそれははっきりした。
嘘をついてまで、結婚したいと思う愛もあるかもれない。
しかしそれは、本当にその人を愛していると言って良いにだろうか。
その点ホークアイは、石を見つからなければ結婚は出来ないと分かっていたが、嘘をついてその嘘がエディにばれた時、エディがどれだけ傷付くかと考えて、正直に言ったのだろう。
それで結婚できなくても、それは自分の力不足のためであると、思った故の行動でもあった。
この結果を聞いて、ロイがほっとしたのは言うまでもない。
求婚者の一件が解決して、エディがやっと安心できると思っていたカーティス夫婦。
しかし、エディは日を増すごとに元気をなくしていった。
夜、月を見ては涙していたと言う。
イズミやシグ、女官が
「何か悩みでもあるのか?」
と聞いても、ただ首を横に振るばかり。
求婚者への罪悪感からの涙ではないようだった。
もうすぐ十五夜だというのに・・・・。
その十五夜があと三日と迫った日の事。
エディはイズミたちに、自分は月の者であり、月で罪を犯しその罪を償う為にここへ送られた事。
その罪がこの十五夜で消え、月から迎えが来ると言う事を話した。
「もっと早くに言いたかったけど、みんなを悲しませたくなくって・・・・・」
涙を堪えながら、エディは話し続けた。
「オレ・・月なんかに・・・・・行きたく・・・ない・・・・・・・・・」
「私たちは、あんたを手放すつもりなんかないよ」
イズミはエディを抱きしめた。
堪えられなくなって、エディは泣き出した。
「不本意だけど・・・・帝に助けを求めよう」
とうとう十五夜。
エディの迎えが来る日。
ロイは、ありったけの兵士を連れてやって来た。
その中には、エディに求婚した四人の姿があった。
当の本人のエディは、鍵のかけられた竹籠の中で、イズミに守られていた。
これならエディを守り抜ける。
ここに居る全員がそう思っていた。
急に外が明るくなった。
月のある方向から、牛車が現れた。
月の使者と言うぐらいだから、さぞかし美しいのだろうと思っていたが、ただの思い違いのようだった。
「打て――――!!」
ロイは、弓を引くように指示をした。
何故か一本も当たらない。
「竹取のおちびさ〜〜〜ん?」
と、使者の一人が呼びかける。
「誰が豆粒どちびだってぇー!!」
鍵のかかった竹籠を、壊して出てきたエディ。
「あら、野蛮」
と、もう一人の使者。
「ラスト、エンヴィー、グラトニー。オレは月に行かないからなっ!!」
「別に、帰ってきてくれなくても良いけどさぁ。お父様に連れて帰れって、言われちゃってるんだよねぇ」
エディは歯を食いしばる。
イズミたちを振り返り、泣き顔に似た笑顔を見せた。
「やっぱり月に帰らなくちゃ・・・・」
言葉の裏では"帰りたくない"と叫んでいる。
「じゃあ、元気で・・・・・」
エディは牛車に乗った。
牛車は月へ向かって動き出した。
「エディは渡さない!!」
エディは声のした方を振り帰る。
そこには矢を構えるリザ・ホークアイ。
あっと思った次の瞬間、矢は牛車の轄に当たった。
バランスを崩した牛車からエディは落ちた。
「・・・・・・ったぁ」
結構な高さはあったのに、思ったより痛くない。
「・・・・・・・!?」
エディの下に、ホークアイがいたのだ。
「大丈夫ですか?」
「・・・・・そんなに、俺の事を思ってくれているのか?」
賢者の石が見つからなかった時に嘘をつかず、最後まで月に行きたくないと願う、エディの気持ちを察してくれた。
何よりも、月の者以外壊す事の出来ない牛車を、矢で射落とした事。
それは、エディを思う気持ちが強かったと言う証明になる事を、エディは知っていた。
そんな人を好きになるなと言う方が難しい。
「あなたの求婚を受けるよ」
「一生大切にいたします」
エディとホークアイは見詰め合い、恥ずかしそうに微笑みあった。
「エ、エディ、私は!?」
二人の様子を見ていたロイは、慌てて問い掛けた。
エディはロイを見てにこっと笑った。
「オレ、無能な奴には興味ないもんで」
産まれて初めて女性にふられたロイ。
可愛そうだけど仕方がない。
エディが選んだ事だから。
エディとホークアイは幸せに暮らしたとさ。
これは、遠い昔の物語。
END
お礼文
水無月楓夜さんからいただきました。
ホークアイ中尉の男性化と、ロイの無能さが良い感じですv
あとエドがカーティス夫妻の養子というところも。
私的に月からの使者にはびっくりしました。
本当に素敵な話をありがとうございました!
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