天使出張所 獄巡期
Comison1:「血館」




使命を果たし終えた・・・そういう表情で彼女はその家をあとにした。
茶に黄色がかった短い髪にやはり同じような瞳をした16歳くらいの少女。
耳には十字架を模したイヤリングがされている。
否、十字架をイヤリングにしているといった方が正しい。
「さて・・・戻りましょうか」
凛としたこえで少女は呟き、次の瞬間そこには誰の姿もなかった。


白く霧だった空間にある10層からなる山がある。
そこの七層目に設置されたある一室で唸り声を上げている人物が1人。
「・・・所長、その唸り声止めて下さい・・・・・」
「〜〜、煩いぞ秋継!大体お前がこんなに仕事を回すから・・・」
「それは所長が昨日サボっていらしたのが原因です」
それを言われると何も言い返すことが出来ず、遠い目で書類を数秒間見つめた後、半泣きになりかけながら再び整理にかかった。
「咲賀所長、ただ今戻りました」
開かれた扉の先に現れた少女を見て助かったとばかりにガッツポーズまで作って咲賀が万歳をした途端、数枚の書類が投げ出され、慌てて秋継が拾う。
「しょ・ちょ・う!!」
ぎろり、と睨んでくる秘書に多少怯えて冷や汗をたらす。
「相変わらずですね」
「姫浪さん〜、聞いてくださいよ〜〜」
「聞くまでもなく・・・さっき返るなり東が情報もってきたわ」
仕事をサボった、朝魏とまたけんかした、そして近くにいた天使を巻き込んで第五層のフロアを破壊した・・・
「はっ・・・ははははは」
「笑い事じゃありませんよ!まったく・・・朝魏さんも、保管所の所長自らが怪我人出してどうするのか・・・」
半泣き状態で、嫌味のように破壊されたフロアの修理代をそろばんで計算し、そのぱちぱちという音を咲賀に聞かせる。
さすがに咲賀も引きつり笑いになっている。
その様子に慣れてはいるものの、姫浪は溜息1つをつく。
「で、今日は他に仕事は?」
「えっ?お前まだ行くのか??」
これもいつもの事だが咲賀と秋継が驚いたように目を丸くする。
「お前・・・今日だけで確かもう2件いったよな?」
通常は1件を1日で済ませるのだが、姫浪はよく働くために1日2件はいつも行っていた。
「まだ本日は時間もありますし・・・もう1件くらい行こうかと」
「・・・でしたら、結芽ちゃんの手伝いに行ってくれませんか?」
咲賀と一緒に固まっていた秋継が正気に戻って姫浪に尋ねた。
「結芽の?」
めったに帰ってこない同僚の名を聞いて、姫浪はただ事ではないと直感で思った。
それに気がつかず、どこか上機嫌で秋継はことの経緯を説明していく。
「実はですね。自分1人では調べにくい場所という事で結芽ちゃんに助人を頼まれていたのですが、あいにく本日は全員出払っていて困っていたんです」
地図を見せて場所を説明すると姫浪はすぐに踵を返して扉へと向かった。
「気をつけていってこいよ〜〜。結芽にもよろしくな〜〜」
ひらひらと手を振る咲賀にこくりと小さく頷くと姫浪は扉を閉めて所長室から退室して行った。
そして姫浪が去った後、咲賀が妙にニヤニヤしながら秋継をみる。
「秋継〜〜、お前本当は自分が行きたかったんじゃないのか?」
「な・・・そ、そんなことありませ・・・ん」
「本当か?結芽は帰って来るのはもちろん、連絡入れるのもめったにないからな。会いたくて仕方ないだろう」
「だから・・そんなんじゃありません!!」
咲賀にからかわれて顔を真っ赤に染める秋告の現在の頭の中は、咲賀の遅れた仕事の事など存在していなかった。


「まっさか、姫浪ちゃんが来てくれるとは思わなかったな〜〜」
「そんなに私は白状に見える?」
姫浪は真顔でその言葉を言ったのだが、結芽はすぐに冗談と見抜いて首を横に振るとにっこりと笑う。
「ちがうよ〜〜。姫浪ちゃん、忙しいからっていう意味だよ。でも・・・」
不意に明るかった幼い少女の姿をした結芽の表情がまるで夕日のように沈んでいく。
「・・・相変わらず、笑えないんだね・・・・・」
「・・・・・べつに」
姫浪が特定の相手以外に笑う事が出来ないのは、彼女を知る全ての者達の間で当然の事になっている。
姫浪に直接会っていなくても、彼女の噂の第一弾には必ずおまけとしてついてくるのである。
姫浪は別にそれでもあまり気にはしていないが、彼女をよく知る者たちにとってはそれがあまりにも気の毒で仕方がない。
それからなんとなく気まずい空気が漂う中、ようやく目的の場所へと到着した。

つくなり姫浪は思わず口許を右手で抑えた。
結芽は何度かここに来て慣れてしまったようで、特に気にはしていないようだ。
「・・・この匂い・・・」
「そう・・・血・・」
咽返るような、鉄の臭いにも似た血の臭いに2人は眉をしかめる。
2人の目の前にあるのは古くて大きな屋敷・・・・・
もう何十年も使われていないであろうそこからこの臭いは溢れ出ている。
「このお屋敷・・・古くて何度も壊そうとしたらしいんだけど・・・その度に怪我人が出て、何十年も放置されたままなんだって」
それで結芽が調査する事になったらしいのだが、どうにも結芽ですらつかめないような何かの思念がこの屋敷の中にあるらしく、それで助人が欲しいを秋継に頼んだらしい。
「1人で駄目なら2人でねv」
「・・・でも結芽・・これはかなり凄いわよ」
「・・・うん、あたしもそう思う。この血の臭い、あたし達みたいな存在じゃないとしないの」
とりあえず話していても仕方ないと、2人は屋敷の中に足を踏み入れる。
中に入るとさらに嫌になるほどの血の臭いがしていた。
「・・・・・」
「姫浪ちゃん!大丈夫?!」
「・・・血の臭いなら・・・自分のでなれていると・・・思ったんだけどね」
「・・・・・・・」

姫浪が死んだ原因は雪でスリップした車に跳ねられたためである。
内臓破裂、多量出血、頭部外傷などによる即死・・・
それでも彼女は最期の一瞬に自分血の臭いを感じ、大切な両親のことを考えていた。

「・・・大丈夫・・・あたしは・・大丈夫・・・」
「姫浪ちゃん・・・無理はしないでね?」
心配そうな表情の結芽に尋ねられて姫浪は答えるように精一杯頷いた。
こんな時は笑えたらまだ安心できるのだろうが、本当は自分には笑う資格などもうありはしない。
笑う事ができるのは唯一『彼』の前だけで充分だと姫浪は思っていた。
「・・・じゃあ、この部屋に入るね?」
まだ少し心配そうに結芽はそう言うと次の部屋へと続くふすまを開けた。
そこは結芽もまだは言ったことのない部屋らしく、これから調べるのだが、その部屋の状況に2人は見た瞬間立ち尽くしていた。
六畳程度の畳部屋には、真っ赤な血が辺り一面と言ってもいい胃ぐらいに飛び散り、ある一ヶ所には集中して血が存在していた。
そこだけが血の海であるように・・・
「なに・・・これ?」
結芽が呟き、姫浪は言葉も出ないほどだった・・・
2人がただ立ち尽くすしか出来ないでいるとどこかでがたんという物音がした。
「「・・・っ!!」」
物音に気がついた2人はようやく正気を取りもどすことができ、音のしたほうに急ぐ。
すると今度は外法からがさっという音がした。
慌てて外に出たがそこには何もなかった。
「今のなんだったんだろ・・・」
呆然とする結芽に対して違和感のする姫浪は辺りをきょろきょろと見渡す。
「・・・やはり天使か」
声は上のほう・・・屋根の上から降ってきた事に気がついた2人は焦ったようにそちらを見る。
するとそこには1人の女性が足を組んで座っていた。
ただしその姿は、耳が尖り、背中に蝙蝠にも似た羽をつけていた。
2人はそれを見てとっさに彼女の正体に気がついた。
「悪魔・・・?」
「それもその足の印・・・サタン配下の七大悪魔がわざわざなぜここに?」
「それを言うなら、その十字架・・・大天使が2人も揃って何をしている?」
七大悪魔ということから強いとは予想していたが、自分達の特殊な十字架を見逃さず、大天使と言い当てた着眼点に姫浪はかなりできると読んだ。
「私はただ、個人的にも気になることがありここに来ただけだが」
「あ、あたし達は仕事できたの」
先に答える悪魔に結芽持つあられたのか正直に答える。
悪魔にも色々と種類がいるが、どうやらこの悪魔は性格は良いようだと睨んだ。
これなら話が出来そうだなと、口を開こうとしたその時、思いもかけない出来事が起こり、その場にフリーズする。
「ベーリア〜〜〜♪」
「なっ・・・?!うわぁぁぁ〜〜〜」
思いもかけない背後からの接触に悪魔は屋根の上から落ちてしまった。
砂埃の舞い散る中で、姫浪と結芽は、姫浪がフリーズした原因であるここにはいないはずのその人物の名前を一斉に呼んだ。
「神威様!!」
「あ!姫浪〜〜♪結芽〜〜♪元気〜〜?」
外見は18歳であるにもかかわらずお子様的なその言動をしている彼に2人は呆然としてしまった。
「・・・っく・・お前、ど・・け・・・」
上に乗られて起きようとしても起きられない悪魔は自分の上に乗っている者を確認しながらどくように促そうとするが、神威の顔を見た瞬間その表情をみるみる変えていく。
「あっ!ごめんね」
言われてようやくよいしょと悪魔の上から降りて立ち上がりにっこりと微笑む。
それを見て上半身を起こし、けれどもその場にへたりと座り込んだ悪魔は信じられないといったような表情で神威を凝視する。
「み・・かむ?」
彼女の口からポツリと呟かれた言葉に姫浪と結芽は小首を傾げるが、神威だけ理解できているようでぶんぶんと首を横に振る。
「ちがうよ。俺はね〜〜神威♪魅神様の後継者で今の思兼神だよv」
にこにこと微笑む神威に対して、悪魔はいまだ驚きに満ちた表情をしている。
「神威様・・・この悪魔の事を知っているのですか?」
「ふえ?・・・うん!ベリアーはね〜魅神様の友達なんだよ♪」
「・・・誰が・・あいつの友達だと?・・それにその呼び方はやめろ!」
フリーズ状態にあった悪魔が大声で否定の言葉を叫び、怒りを露わにする。
叫んだせいで息が上がったらしく方で呼吸しているその姿は、先程までの冷静そうな姿からはかなりかけ離れていた。
「え〜〜・・でも〜〜」
「でもじゃない!私の名はベリアルだ!・・・まったく・・先代までの記憶を受け継ぐと言っていた奴の言葉は本当だったのだな」
『奴』というのは話から察するに魅神のことで、少なくとも知り合いではあったというのは本当らしいと取り残された2人は考えていた。
「ベリア〜〜」
うるうると潤んだ瞳と悲しげな声で呼ばれてベリアルはまた一瞬フリーズ状態になった。
「・・・だからその顔と、その声で・・その呼び方はやめろ・・・・・」
弱々しくそう吐き捨てた言葉はどこか悲しそうで、どこか寂しそうなものがあり、姫浪と結芽は不思議に思った。
2人の視線を察して我に帰ったベリアルは神威から1歩離れてから話しやすいと判断した姫浪のほうを見て口を開いた。
「私は神族は完全には信用してはいないが、お前達天使は嫌いではない。だから注告してやる」
「それはどうも・・・」
「・・・高位の神族にはともかく・・下級には気をつけろつけろ・・・特に閻魔大王にはな・・」
閻魔大王と口にした瞬間、ベリアルはいかにも憎々しそうな表情をし、奥歯をぎりっと強く噛み締めた。
その様子に姫浪と結芽は驚きを見せるが、あれほど騒いでいた神威は先程からは信じられないような真剣な表情で話を聞いていた。
どこか悲しげに・・・
「こいつが・・・思兼神が出現した以上・・・奴は何か仕掛けてくるぞ・・・今まで何もなかったなら確実に近い将来・・・」
その言葉だけを残してベリアルは消えてしまった。
突然の事で、もっと詳しく聞こうとしていた姫浪は引き止められることが出来ず、少しばかり悔しそうであった。
「・・・確かに、閻魔大王様はあまりあたし達天使に良い感情は持っていないと思うけど・・・」
「何か…昔あったような言い方ね・・」
その場で少し考え込むが、いくら考えても解らない2人が難しそうな顔をしているのを神威はじーと見ていた。
それに気がついた姫浪はそういえばと、神威の方を見た。
「神威様…どうしてここにいらっしゃるので?」
思兼神は原則として、神族の支配が事実上通用する場所以外に行く事を厳しく禁じられている。
特に人間界に至っては、その行動をかなり制限される。
思兼神を守るための絶対の決まりである。
その思兼神である神威がここに来ている事は、どう考えても尋常なこととは思えない。
しかし神威はただにっこりと笑って…
「ここの調査、ストップってことになったから・・それを伝えに来たんだ」
得意満面に告げる神威に、2人とも唖然と言う表情をしていた。
姫浪と違い、大抵の事は笑って納得してしまう結芽までもがである。
「た・・・た・・それだけのためにですか?」
「うん♪」
「そんなこと、他の者にさせればいいでしょう!自分の立場わかってますか?!」
「・・・だって・・来たかったし・・・・それに天照様の許可あるもん」
潤んだ瞳で関しそうに言われた上に、天照神王の名まで出されれば、2人にはもう何もきつく言う事は出来なかった。
結局、多少の注意程度で終わると、神威はまた笑顔に戻ってしまい姫浪から溜息がもれた。
「それでは・・・ここにいるのも意味のないことになったので、引き上げましょうか」
「あっ、姫浪ちゃん。あたしも一緒に戻る」
突然も結芽の言葉に姫浪が目を丸くして驚く。
「・・・どういう風の吹き回し?」
「ん〜〜、あの悪魔の言ったことが気になるから、その謎が解けるまではね」
理由を聞いても、結芽にしては珍しいと思いながら、帰ってくるならそれに越した事はないと、姫浪はあえて何も言わなかった。
こうして、もう少し人間界に痛いと駄々をこねる神威を引きずりながら、2人(+1人)は神王山の帰路についたのであった。

これから起こる事件にこの血塗られた屋敷が深く関わる事も知らずに・・・





あとがき
「天使出張所〜獄巡期〜」の始まり、Comition:1「血館」でございました。
とりあえず今回はキャラの顔見せがメインです・・・・(次回も・・・)
咲賀は次回で本領発揮というやつですかね・・・咲賀の「相方(?)」が出ますから(笑)
あと、姫浪の彼氏とかその親友君もでます。
ちなみに今回顔見せ程度の話で出てきましたお屋敷は、本当にこの「獄巡期」では重要ですから最後のほうまでお忘れなく。


BACK