天使出張所〜獄巡期〜
Comisson:6「天翼」




神王山で、一緒に行きたいと散々駄々をこねられたが、危険だからといって何とか説き伏せて置いてきたはずの人物の登場に姫浪達は唖然となっていた。
「神威様!?」
「・・・馬鹿か!お前はっ」
「馬鹿は酷いよ、ベリア〜〜」
ベリアルの苦虫を噛み潰したようなその言葉に神威はむうっと頬を膨れさせいじけたように見せて反論する。
ベリアルとしてはさらに神威が言った自分の呼び名に反論したかったが状況が状況だけにぐっと堪える。
そして混乱の中、1人ひとみを輝かせる人物がいた。
「神威くん?!」
嬉しそうに牢の柵まで近づいてきて神威の名前を呼ぶ瑠架にその場にいた当人同士以外の全員が目を丸くし、声を漏らして驚く。
そして、その呼び声に答えるように神威はにっこりと微笑む。
「久しぶり、瑠架」
1歩、1歩牢に、瑠架に近づいていく神威に一同は驚きで思考と行動が停止しているため、ただそれを見ているだけだった。
否、ただ1人、ベリアルだけが真剣な面持ちで冷静にその様子を見ていた。
そして、神威が牢のすぐ近くまで来たところで小さく意味深な言葉をつぶやいた。
「やはりな・・・」
それを聞き逃したものは誰1人としていなかった。
「やはり・・・ってどういう・・・」
「架月は・・・お前の片割れだな」
咲賀が皆まで言う前に神威にむけて言ったその一言に、その事実を知っていた・・・その意味を知る者意外がまた目を見開いて驚いた。
「片割れって・・・?」
「思兼神が普通の天使と生まれが・・・いいや、そもそも思兼神に『生まれる』という言葉すら当てはまらないことは知っているな」
こくりと頷いたのは天使である3人だった。

普通の天使は人間同様、父親と母親の両親との間に『生まれる』。
しかし、思兼神は違う。
思兼神は最高神である天照神王の創造の力を屈して『光臨する』光の結晶とも言うべき存在。
ゆえに代々の思兼神には親も、兄弟もなく、子を成す必要性すらないためにその能力が与えられていない。
さらに加えていうなら、そのために恋愛感情すら欠如している・・・
家族という存在が一切なく、周りに対等に接する存在がまったくない思兼神に哀れさを感じた天照は思兼神の魂の1部を人間の魂と同化させることにした。
それが思兼神の『魂の片割れ』、『もう1枚の翼』とも言われる存在。
ただし、それがどういった人間になるかは天照にも片割れを持つ思兼神にも決めることはできない。
ただ、片割れは思兼神にとって何よりも1番大切な存在になるということだけは確かで、それは兄弟とも評して良い存在。

「神威が架月のデータを消去したと解ったときから感ずいてはいた・・・そんなことをするのは自分にとって何よりも大切な『片割れ』だから」
はあと溜息をつき、目を一瞬閉じた後、再びその瞳を開いてまっすぐに神威を見据える。
「そして、瑠架が言っていた知り合いの天使は先程の事からも解るように間違いなくお前。思兼神は『片割れ』が幼い時、1年間だけ人間界で共に過ごし、別れた後数年してから再び会う・・・と、魅神に聞いたことがある・・・」
魅神という名を出した瞬間どこかベリアルは悲しそうな、悔しそうな表情を作り、俯いてしまう。
「なるほど・・・その時に会ってたと・・・」
「うん。でも、ベリアルの言った事には抜けてることがあるよ」
屈託ない笑顔でそう言う神威にベリアルも俯いていた顔を上げて驚いたような表情を作る。
「抜けてる?」
「うん!俺の片割れは他に2人、1人は瑠架・・・そして架星」
「他に2人」といわれた時、瑠架はなんとなく予想ができていた。
それはそれで驚くべきことではあったのだが・・・
架星・・・その聞き慣れない名前に一同はきょとんとする。
「誰ですか?それ」
同じ片割れの瑠架でさえ解らないようで、一同と同じように不思議な顔をしている。
「えっ?そこにいるじゃない」
そう言ってその細く白い、綺麗な指で示した先にいたのは・・・
目を大きく見開いてただ話に耳を傾けているだけだった、架月と名乗っていた彼・・・
「こ、こいつが・・・!!」
まともに驚いて反射的に声をあげながら指で彼・・・架星・・・・・
「そうだよ!名前の由来は『星の十字架』、架月は『月の十字架』ね。2人とも俺がつけた名前なんだv」
「いや、それは良いんですが・・・こいつが、本当に神威様の・・・」
「すくなくとも、冗談で片割れのことは語らんぞ・・・こいつら、は・・・」
先ほどまでのシリアスは雰囲気はどうしたのか頭痛がするといったようにこめかみ辺りを抑えているベリアル。
「架月が12歳・・・つまり、瑠架が死んじゃった時に架星は生まれた・・」
その言葉のある部分に申し訳なさを感じ、瑠架は顔を伏せる。
「架月の辛い思い、苦しい思い、悲しい思い・・・色んな負の感情を受けて、架月の中で生まれたのが架星・・・だから、架星の方が魔族の血が強くなる。あっ!言っておくけど、二重人格とは違うからね」
それなら姫浪も知っていた。
二重人格や多重人格は1つの精神が枝分かれしたものであり、原点は同じ精神であり、すべてを共有している。
しかし、このケースはおそらく別のもの。
ダブル・・・二双心・・・・
このケースに当てはまると思われる。
身体、魂は共有はしているが、心だけはまったく別々のものになっている。
魂の中に別々の心が、精神が、枝分かれなどでなく、完全に別の離れたもの同士として存在しているというもの・・・
ただ、二重人格と同じで片方が表に出てきている間はもう片方は出てはこれない。
「・・・そういえば、神威くんが『いずれもう1人弟ができるよ』って、別れる時に言って・・・ような」
その当時の瑠架は7歳。
あまりに幼い時のことで、また、言っている意味がよく解らなくてすっかり忘れてしまっていた。
どうしてそんな事がわかるのか不思議だったし、それに、架月のようなパターンが早々あるはずない。
「あるはずないって、どいうこと?」
結芽に尋ねられ、無意識のうちに声に出してしまったことに瑠架は思わず口を塞ぐ。
その様子を見ながら、架星は苦々しそうに呟く。
「母親が・・・違うってことだ」
「えっ?!」
「俺と、架月の奴の母親と姉さんの母親は・・・別人だ!育ててくれた義母さんは姉さんの母さんで、れっきとした父さんの本妻・・・俺と架月の母親は・・・」
「愛人・・・か?」
普通ならこういった場面では言わないのが情緒というものなのだが、悪魔であるゆえか、それとも個人的な感情なのか、あっさりとベリアルはその言葉を言って見せた。
「そうだよ・・・母親なんて思ってないけど。俺にとっての母さんは姉さんの母さん・・・一応、架月の奴もそうみたいだけどな。顔も知らない、生まれてすぐに捨てたような奴を母親と思えるか・・・」
しかし、これで血液型の謎も解明されたわけだ。
母親が違うというなら、いくらでもそれの説明はつく。
おそらくその架月と架星の母親のほうが魔族の血を引いていたのだろう。
そして、瑠架の母親が架月のことを憎んでいたのもこれで納得がいく。
「架月の奴は全部、自分が悪いんだって思ってやがる。当然だ!あいつのせいで姉さんも母さんも死んだんだ!自分が生まれてきたことさえ罪と思うのはとうぜ・・・」
「それは・・・」
「それは違うよ」
架星の言葉を遮り、哀しそうに反論しようとした瑠架の言葉を、さらに神威が遮る。
資料管理室で西夏にパスワードを教えた、あの時と同じような表情をしながら。
「架月は悪くないよ・・・悪いのは・・・」
神威が言葉を続けようとしたところで後方の方に気配を感じ、全員は一斉にそちらに視線をやった。


その姿を見たことの在る者、いない者。
怯む者、睨み付ける者。
様々ではあったがそれが誰であるか、また、こんな所に自ら足を運ぶようなものでもないことを全員は良く知っていた。
「閻魔大王・・・様」
結芽がぼそりと小さく呟いた、普段なら聞こえないであろうというくらいの大きさで言われたその声は、あまりの静けさのために全員に聞き取れた。
そして、全員の反応などお構いなしに、閻魔大王はただ真っ直ぐに神威を見据えていた。
「・・・久しぶり、か?思兼神」
「・・・・・・その呼び方やめてください。俺には神威という名前があるんですから」
にっこりと微笑んではいるが、いつものような笑顔ではなく、神威には絶対ありえないといってもいいような重たい空気を纏った笑顔だった。
「・・・名前を気にするのも同じだな」
「名前は大切ですから」
「・・・・・・・・」
神威のすかさず告げる言葉に閻魔大王は何か考え込むように口を閉ざす。
「・・・・・殺す気か?」
閻魔大王が現れてからの重たい空気の中、今まで何かを押し込めるように肩を震わせていたベリアルが怒気を含んだ微かな声でそう呟いた。
「・・・・・ベリアルか」
「こいつも、殺すのかと訊いているんだ!・・・魅神のように!!」
糸が切れたのようにあからさまに怒りを露にしながら怒鳴りつけたベリアルの言葉に驚愕のあまり神威以外の全員は閻魔大王を見る。
「人聞きが悪い・・・殺しては・・・」
「いないとは言わせないぞ!!お前が、赦塩を利用して魅神を殺そうとしたのは事実だ。それに・・・直接でなくても・・・・・お前が原因であいつは死んだようなものだ!!」
だから、殺したのと同じ・・・・・
ベリアルはそう言いたいのだろうが、頭に完全に血が上ってしまっているようで今はただ閻魔大王を睨むばかりだった。
「・・・神威様を殺すために、架月達を利用したということですか?」
冷や汗を流しつつも、冷静に対処する姫浪。
しかし、閻魔大王は静かに首を横に振る。
「片割れについては、上級クラスの神族にも秘密にされている。私が知りうるはずがない」
「なら、なぜ・・・」
「単純に殺すための戦力・・・としてだ。思兼神を殺すのは一筋縄ではいかないからな」
「瑠架は架月を利用するための人質・・・ですか?」
「そうだ・・・あいつは自分自身よりも、姉のことを大切にしていたからな」
その言葉に、瑠架は顔をしかめ、俯かせていた。
「そして、こいつも・・・」
そう言って、ちらりと架星の方に視線をやると、架星は瞳に複雑そうな色を浮かべていた。
「今代の思兼神が寿命が尽きる以外の理由で死んでくれさえすれば・・・どんな方法でもよかった。先代の時もそうだったが・・・それは果たせなかった」
その言葉にぴくりと反応したベリアルが頭に血を上らせ、閻魔大王に向かっていこうとした時、神威がいつもどおりの優しげな声を出した。
「そんなに大事なんですね・・・神代様のことが・・・」
その言葉、その名前に全員が反応する。
ベリアルも向かっていくのを止め、瞳を見開いて微笑む神威の方を見る。
そして、閻魔大王すらも驚いたようにその言葉に耳を傾けていた。
「・・・・・貴様」
「知ってますよ。貴方の思兼神を殺そうとするのが最初の理由と少し食い違っているのを・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「天照様が提唱された『十戒計画』において、神と同等の天使・・・つまり、俺たち思兼神を10人創り出すこと。それによって、完全に魔族を消滅させること、それが計画の核になっていた」
ただ、静かに全員は神威の言葉に耳を傾ける。
「でも、さすがにそれには反対する神族もいた。貴方もその1人。そして、初代の神代様を殺そうとした・・・でも、失敗した。でも、神代様は事件の後すぐに寿命が尽きてお亡くなりになった」
神威の言葉を肯定するように閻魔大王は唇をかみ締めてぎゅっと手を握る。
「その時に、貴方は気がついた。神代様が自分にとって大切な存在になっていたことに・・・だから・・・」
「だから、『十戒計画』を潰そうとした」
神威の言葉に続くように閻魔大王はぼそりと小さくつぶやいた。
それから後は何かが吹っ切れたかのように彼は淡々と話しつづけた。
「『十戒計画』が続く限り、あいつは解放されない。運命に縛られつづける。だから、『十戒計画』を潰そうとした」
「そのためなら、その後継者の思兼神様達を殺しても良いというんですか?」
咲賀が思わず叫んだその言葉に反応し、閻魔大王はぎろりと咲賀を睨み付ける。
さすがの咲賀も神と天使の力量の差を感じて退いてしまう。
「私にとって重要なのは神代だけ・・・あとは、どうでも良い」
「貴様・・・・・」
「お前と私はある意味同じと思うがな・・・」
閻魔大王のその言葉を聞き、ベリアルの怒りは臨界点を過ぎたようだった。
「お前と一緒にするな!」
その様子を鼻で笑うような行動をとった閻魔大王は再び神威に向き直る。
「そろそろ・・・死んでもらおうか」
その言葉に全員の顔がさーと蒼白になった。
神威を殺そうとしていた架星でさえも。
しかし、当の殺される対象の神威はただにっこり微笑んでいた。
「・・・・・何が可笑しい?」
「まだ殺されるわけにはいかないので」
そう言うと神威は胸の前で両手を組むと祈るような格好をとる。
その様子にベリアルはさらに顔を蒼白にさせた。

あれはかつて、魅神もやったことのある行為・・・
両手を胸の前で組、瞳を閉じると身体が光に包まれだす。
そして・・・光がおさまると・・・


白い2枚の翼が、神威の背に生えていた。
神の象徴たるその翼が・・・
天使には生えないはずのその翼が・・・
身体には血のような色の文様が浮かび上がっている。
そして、その手には金色に輝く美しい杓杖が握られていた。


「・・・・・『天使の翼』と、『天令の杓杖』・・・」


ベリアルにとっては、ある意味恐怖の対象であるその翼と杓杖を見て、愕然と膝を突いた。
他の者達は、その姿が、光景があまりに美しくて微動だにせず声も出ない。
「これから架星と架月の中にある魔族の力をできる限り弱める。・・・・・このままじゃ、いずれ覚醒した力の大きさに耐え切れなくなるからね・・・」
にっこりと微笑んだ神威の表情はどこか悲しそうで憂いを含んだものだった。
しゃらんっと掲げた杓杖がなる。
「この状態なら天照様の力の1部を召還できるから・・・そうでもしないと・・・できないことだから・・・」
まるで何かに謝罪するように瞳を閉じる。
それがどういう意味かを理解しているのは、先代までの思兼神に関わった者たちだけ。
「・・・めろ」
そしてその内の1人であるべリアルが苦虫を噛み潰すように、耐えられないとでもいうようにぼそりと呟いた。
「やめろ!お前、死ぬことになんるんだぞ?!」
ベリアルのその一言に全員の時間が再び動き出した。
あまりに突然で衝撃的な言葉に、当の神威と閻魔大王以外の全員がベリアルの方をみて驚愕の表情を作っていた。
「どういうこと?ベリアル」
姫浪に尋ねられ、一瞬思い悩んだがベリアルは決死の覚悟のように語りだした。
「思兼神の髪と瞳の黄以外の色・・・あれはお前達とは違う意味合いを持っているんだ・・・」
「違う・・・意味?」
「あれは思兼神の寿命を計るための。髪と瞳の色が段々と緑に染まっていき、すべて染まりきった時・・・・・死ぬ」
「ちょ・・・嘘だろ?!」
「嘘なものか!実際、魅神は染まりきったすぐあとに死んだんだぞ!!『天令の杓杖』を使って、天照の力の1部を召還したすぐ後に!!」


ようやくベリアルの言っていたことがわかったような気がした。
つまり、先代の魅神も閻魔大王とのトラブルの際に『天使の翼』と『天令の杓杖』を使い、髪と瞳の色が一気に染まって死んだ。
閻魔大王が直接は殺していないというのはこういうことだったのだろう。
直接殺してはいないが原因にはなった。
何もしなければ使う必要はなかったのだから。


「死ぬ寸前まで・・・今までと同じように何事もないように振舞っていて・・・いざ、死ぬ時になってそれを知らされる・・・本当に一瞬の・・・光のような速さの別れの苦しみが・・・お前に解るのか?!」
きっと、何度目になるかもすでに解らないがベリアルはもうさすがに堪えきれなくなったのであろう瞳から涙をあふれさせながら、閻魔大王を睨みつけた。
閻魔大王はそれには何も答えず、ただ静かに俯いているだけ。
「・・・・・ごめんね」
神威はどこか苦しそうに微笑みながらその言葉を口にした。
「・・・生きてる時に、救けて上げられなくて・・・・・・・ごめんね」
『審判の門』で神威が去り際にに呟いたあの一言の意味がこれだったのだ。
神威のその言葉を聞いて、瑠架はふるふると必死に首を横に振る。
「神威くんは・・・悪くない・・・あたしこそ、約束守らなかったもの・・・・・」


『また会おうね・・・・・』
『そしたらまた雪蛍見に行こうね』
『4人で一緒に・・・・・』


かつて交わした約束が頭の中に響き渡り、瑠架はその場に泣き崩れた。
今まで呆然としたいた架星は大きく瞳を見開いて、失われていた架月の幼い頃の記憶を垣間見て、なんだか無償に哀しくなってきた。
そんな中、瑠架の謝罪の言葉に神威はふるふると首を横に振る。
「俺が教えた歌と・・・あげた鞠持っていてくれただけで十分だから」


姫浪達天使があの歌を知っていて当然、神威が歌っているのを聴いたことがあるのだから。
ベリアルがあの歌を知っていて当然、魅神が歌っていたのを聴いたことがあるのだから。
そして、閻魔大王もこの歌を聴いたことがある。
この歌は初代天使総帥が・・・神代が彼の片割れに教えてもらい、それ以降代々の思兼神が歌い、片割れに教えてきた歌なのだから。
先代までも記憶を受け継ぐ思兼神にこそできる芸当。


−天空の依り代、陽の化身、万物の創母に願い奉る
     我は一乗の白き翼を持つ然光の結晶にして
     古の紅き紋を宿す者、神縁の名を持つものなり
  願わくば、其の御力の欠片を我がもとに   
           」


いつの間にか始まっていてた召還の詠唱に全員が気が付いた時には既に遅かった。
こうなってはもう誰にもとめることができないのは明白で、敵対していた閻魔大王でさえどこか心苦しそうではあった。
誰もが諦め、一種の絶望を感じている中で、詠唱が完成しようとするそのさなかで、別の詠唱が重なっていた。


−四精の力の結集、一条となりて此に現れよ−


あとから始まった短い詠唱のほうが先に完成し、瞬間神威めがけて何かが飛んで行き、絶対に破られるはずのない詠唱中の結界を突き抜け、『天令の杓杖』を神威の手から弾き飛ばした。
「・・・・・『精霊の槍』?!」
詠唱を邪魔され、びっくりと言うように神威は自分手から離れた『天令の杓杖』を目で追うと、そこには『天令の杓杖』を弾き飛ばしたであろうもの、『精霊の槍』の槍が突き刺さっていた。
そして、『精霊の槍』を扱うことのできる人物といえば・・・
「・・・・・姫浪、お願いだから邪魔しないで」
「・・・・・・そういう訳にもいきません」
頬を膨らませて少し拗ねたような素振りを見せる神威に対して、淡々と姫浪は切って捨て、そのまま『精霊の槍』の槍を拾いにいく。
「神威様、あたしの1番嫌いなもの知ってますね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「自己犠牲の類はもっとも嫌いです。特に自殺は」
そう言って、姫浪が見たのは泣き崩れている瑠架の方だった。
「誰かのために自分が犠牲になるなんて・・・それこそ相手に対する最悪の手です」
「・・・姫浪の言ってる事はわかるけど」
「これがしなければいけないことだとはなんとなく解ります。ですから・・・・・」
『天令の杓杖』を拾うとそれを神威にゆっくりと渡す。
神威は何が言いたいのか解らずきょとんとしている。
「『天令の杓杖』での陛下の御力を召還する際に生じるデメリット・・・つまり寿命が縮まってしまうという作用を『精霊の槍』で中和しよう・・・というわけです」
姫浪のその言葉にぽんと咲賀は手を軽く打つ。
「そうか!『精霊の槍』は生命活動にプラス効果を及ぼす能力も持ってるから、上手くいけば姫浪のいうとおり、中和が可能だ」
咲賀のその言葉に姫浪がこくりと静かに頷く。
「神威様、それでよろしいですね?」
「うん!俺としても本当は出来れば生きていたいし・・・駄目でもともとのつもりで」
「駄目でもともとは余計です・・・・・・」
それでも、にっこりと微神威にはいつも空気が戻ってきているような気がした。
ちらりと、姫浪は閻魔大王のほうに目線をやる。
「あなたのやり方では・・・余計に神代様を悲しませるだけだと思いますが?」
姫浪のその言葉にぎゅっと拳を握り締め、閻魔大王は俯いて何かを呟いた。
その中で、先程とは少し変わった条件のもと再び詠唱が再開されていた。


−天空の依り代、陽の化身、万物の創母に願い奉る
     我は一乗の白き翼を持つ然光の結晶にして
     古の紅き紋を宿す者、神縁の名を持つものなり
  願わくば、其の御力の欠片を我がもとに降ろされんことを−
」     

−四精の力にて其の心、其の命、育まれることを望みと力に−


やがて、その場を光が包み込んでいた。





事件から1週間がたった神王山では相変わらずの光景が繰り広げられていた。
「所長、いい加減にしてくださいよ!!」
「見逃せ!秋継」
その光景を慣れたように平気でお茶会をしている人物が2名ほど。
「今日も平和だな〜〜」
「そうね・・・・・1部を除いては、ね」
なぜかここにいる豊とお手製のケーキと紅茶でお茶会をしながら姫浪はあきれたように言葉を漏らした。
「ところで、神威様は?」
「また、天界に行ってらっしゃるみたいよ」
「ふ〜〜ん・・・元気にやってるな?御陰達」
「それなりにやってるんじゃない」
無事に魔族の力を押さえ込むことに成功し、瑠架は釈放され、架月も霊仙をやめ、架星と3人そろって、神威の片割れとして天界で暮らすことになった。
神威はさすがにすべてを中和しきれなかったが、多少後ろ髪の毛先部分が染まった程度で大して寿命は縮まらなかった。
それには全員胸を撫で下ろした。
閻魔大王はいうと、今回架星を無理やり覚醒させるために、人体実験をあの2人に施すというような事までしていたらしく、それ以外にも何らかの事情により、さすがの天照神王も見逃すわけにはいかず、長期にわたる謹慎処分をくらった。
そんなものでは軽すぎるという声は多々あったが、慈母の存在である天照神王にとってはこれでも厳しい処罰を与えたほうである。


「・・・・・それにしても気になるのよね」
「なにが?」
「神威様の身体に浮き出てた紋様・・・あんな文字、あたし見たことがないわ」
姫浪は現代で使われているものはもちろんのこと、古代の文字まで全て見知っている。
しかし、あれは今までに1度も垣間見たことのないものだった。
「そんな気にすることないと思うけど?」
「・・・・・・・・うん」
豊に言われて、姫浪はまだ納得しないものの静かに頷いた。
「姫浪おかわり♪」
「うん」
ただ今は、1日、1日を、目の前にいる大切な存在と共にいられることだけを望んでいようと、姫浪はその大切な存在にしか見せない笑顔で応えた。
今自分がここにいるのは自分にとっての大切なもののためであると信じながら・・・・・・


第一期〜獄巡期〜  完




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