二十四年間生きてきてこれほど判断に困ったことはなかった。スナイパー時代にターゲットが三つ子で揃いの服を着て寸分違わぬ髪型で並んでいた時だって、その頭を見事ぶち抜いて見せたのだ。 「食べないんですかロックオン・ストラトス」 ああそうか、これは食べ物か。食べれるんだなティエリア。 なんてことは思っても口にしない。どこぞの空気を読めない超兵と違って言葉を選ぶ余裕くらいあった。 「えーと、これはティエリアが作ったんだよな?」 「当たり前でしょう。あなたがポテトサラダを食べたいと言ったんです」 ポテトサラダ。形の良い唇から聞こえたのは確かにポテトサラダ。 うん、トレミーで言った覚えがある。地上の駐屯地に移動したら食べたいってぼやいたのは記憶に新しい。数日後に望み叶い、なぜかクルー全員で降りたったのだ。自由行動になってすぐティエリアが厨房でこそこそしてると思ったら、そうか、これを作ってくれていたのか。 しかしながら、どう頑張って見ても目の前の皿に盛られたのはおどろおどろしい匂いを漂わせる炭以外の何物でもなかった。 そういえばさっきメンテなのに刹那がエクシアから出てこないってイアンのおやっさんがぼやいてたなあ説得しに行かなきゃなあ。 思わず現実逃避したくなった。 「そうかー、わざわざ作ってくれたのかー」 棒読みの挙げ句乾いた笑いしか出てこなかった。同時にしまったと思う。こういう反応をティエリアは良しとしない。怒られるかと恐る恐る様子を伺えば、大して気にすることもなく(ひょっとしたら本気で気付いてなかったかもしれない)、ただじっとロックオンの手元を見つめていた。余りにも凝視しているので赤い瞳が零れそうになっている。 悪戯心が首をもたげた。 殊更ゆっくり手を持ち上げてフォークを握り左右に揺らすと、ティエリアの視線も同じだけ揺れ動く。肩を震わせて笑いに耐えていると、ハッと我に返ったティエリアが頬を染めてそっぽを向いた。 くつくつと咽の奥から笑いが漏れてしまい恐ろしく睨まれたが、これを目にしてしまったら可愛いものでしかない。 「食べないなら廃棄するので結構!」 「あー、待て待て。悪かったって」 ティエリアはフォークを取り上げたが、離れていく前にロックオンがその腕を掴んで宥めると渋々返してくれた。 最初から食べてもらいたい気持ちがありありと見て取れたのだ。殺人料理を前に多少怯んだものの、そんないじらしい子を無碍にできるほどロックオンは非道ではなかった。 腹を壊すくらいいいじゃないか。 ティエリアに片目を瞑って見せて、突き刺せばガリっと嫌な音を立てるポテトサラダをフォークに一欠片乗せて口に含ませる。じんわり苦味が広がった所で廊下の奥から騒がしい足音が近付いてきた。 「食べちゃだめだロックオン!」 食堂の扉が開ききる前に隙間から体を滑り込ませたアレルヤが飛び込んできた。目を丸くするロックオンの口からフォークを抜き取り、代わりに手にしたボトルの飲み口を突っ込んで一気に逆さまにする。一連の動きは流石超兵、無駄もなくこちらが反応できないほど素早い。 重力に従って流れ落ちてきたのは幸いミネラルウォーターだったが、容赦ないその勢いにロックオンは咽せた。咽せずにいれようか。 「ぐ、かはっ・・・・・・! げぇ、げほっ!」 「大丈夫? 吐き気は、目眩は、喉は焼けてない?!」 「の、咽が今まさに・・・・・・」 「ああ、やっぱり! しっかりして下さい!」 いやお前のせいだよ、と言う暇もなくアレルヤに背中をさすられた。 「ティエリアの料理を食べたんですよね、僕も酷い目にあいました。あれは食べるものじゃないですよ! 苦いし堅いし変な匂いするし食べたら舌が痺れるし具合悪くなるしでもう最悪! あれどうしたんですかロックオン、顔色が悪いですよ。まさかティエリアの料理にやられて?!」 「うし、後ろ・・・・・・」 「後ろがどうしたんですか」 ロックオンが最後の力を振り絞り、震える手で指さす先を確認しようとアレルヤが振り向いた瞬間、ティエリアの拳が直撃した。肉体派ではないものの、骨ばった拳が頬にめり込んだら誰だって痛い。 「痛ー! って、ティ・・・・・・ティエリア! いたの?!」 「俺がここにいて何が悪いアレルヤ・ハプティズム! 言ってみろ!」 「いっ、いた! 蹴らないで!」 乙女座りよろしく倒れ込んだアレルヤを容赦なく蹴り続ける涙目のティエリアの顔は、怒りと羞恥で耳まで真っ赤になっていた。こればっかりはロックオンも庇ってやれない。 結構痛いだろうに、それでもアレルヤはめげずに叫んだ。 「だってこれは酷いよ! 焦げすぎた料理はガンの素なんだよ!」 「それがどうした! 刹那・F・セイエイは完食したぞ!」 「ええっ、刹那は大丈夫だったの?!」 「感激して泣いていた!」 「・・・・・・エクシアに閉じこもった理由はこれか」 ロックオンは頭を抑える。 中東の内紛を経験した刹那は食料の貴重さが身に付いているだけに逃げられなかったに違いない。後でチョコレートでもやって慰めに行こう。 「ロックオン・ストラトスだって快く食べようとしてくれた! ギャアギャア喚いたのは貴様だけだアレルヤ・ハプティズム!」 「だってそれは・・・・・・!」 「もういい!」 憤慨したティエリアは最後にアレルヤの腹部を思い切り蹴り上げ、まだこんもりポテトサラダが乗った皿を持って食堂から飛び出していった。とどめの一撃を食らったアレルヤはダメージの大きさにうずくまる。 「行っちまったぞー」 「ううっ、酷いよティエリア・・・・・・」 「酷いのはどっちだって。折角作ったのにボロクソに言われたら傷つくだろ」 「だって・・・・・・」 壁にもたれ掛かったロックオンをアレルヤは恨みがましい目で見上げる。 「ティエリアがロックオン、ロックオンってそればっかりなんだもん・・・・・・」 「ったく、若いねえお前さんたちは」 ロックオンは立てた膝に顔を埋めるアレルヤの頭を軽く撫でてやった。刹那だけでなく、後二人にもチョコレートが必要なようだ。 自室のストックを思いだしながはら、そういえばポテトサラダつきのフォークが机に投げ出されたままだったのを思い出す。微笑ましさに緩む口に放り込み、その後動けなくなった。 「俺だって下手なのは自覚している。しかしあんなにはっきり言うこともないだろう。そう思わないか刹那・F・セイエイ」 「それでまた俺の所に持ってきたのか」 「・・・・・・嫌か」 「・・・・・・・・・よこせ」 「あっ」 「どうした」 「・・・・・・フォークを忘れてしまった」 「問題ない。摘んで食べる」 「刹那・F・セイエイ・・・・・・」 |