目の前には小さくふっくらとした尻に、申し訳程度についたこれまた小さな尻尾がちょこちょこ揺れている。狩猟本能が首をもたげるが、ティエリアは大変賢かったのでウズウズする手を鉄の理性で押しとどめていた。 きっとロックオンは分かってやっている。おちょくっているのだ。 なんとも腹立たしい。 じっと閉ざされた扉を見つめていた黄金色の毛並みがくるりとこちらを振り返った。つぶらな瞳がティエリアの視線とかち合う。 「なあティエリア、あっち行きたいんだけどドア開けてくれないか」 「断る」 「俺の体じゃ無理なんだって」 「自分で出来ないのなら諦めればいい」 「冷てぇの!」 抗議するかのようにティエリアの顔によじ登ってきたハムスターを手で払いのけると、若干恍惚とした悲鳴が漏れた。メタボ気味の体が床に落ちる。 「に、にくきゅー・・・・・・」 フローリングに倒れたまま鼻息荒く悶えるロックオンに心底怖気が走った。 ティエリアはこの同居人が余り好きではない。やけに馴れ馴れしいし、それに危機感というものが著しく欠落している。猫であるティエリアに対して恐怖というものをこれっぽっちも見せないのはどういうことか。おまけに主人が留守の間は居るべきケージから幾度となく脱走し、こうして家捜しをする始末。図体は小さい癖してその神経の図太さといったら! 「おい、さっきから五月蠅ぇんだけど」 きいっと音を立てて、ロックオンが望んでいた扉が向こう側から開いた。次いでのそっと顔を出したのは手足と口元が茶色い以外は黒毛の大型犬だった。右耳だけがピンと立ち、左耳は伏せられている。その端正な顔は生来のものと寝起きとが合わさって凶悪に歪められていた。 「ハレルヤ! 早く扉を閉めろ!」 「ああ?」 ティエリアが叫ぶがロックオンの方が早かった。その短い手足をフル稼働して一目散に走り出したのだ。あっという間にハレルヤの足元をすり抜けて扉の向こうへと駆け抜ける。あっちには細々したものが置いてあるからロックオンは立ち入り禁止なのだ。 「くそ、なんという失態だ!」 ティエリアはすかさずクッションから立ち上がり後を追おうとしたが、その行く手をハレルヤに塞がれる。苛立ちに咽の奥から空気を裂く声が響いた。 「邪魔だ!」 「落ち着けっての。こちとら寝起きなんだ、ギャーギャー騒ぐと喰っちまうぞ」 「これが落ち着いて・・・・・・!」 鼻先で体を無理矢理押されたティエリアが首だけで振り返ると、ハレルヤの後ろからもう一体同種の犬が姿を見せた。こちらは左耳が立っている。 「お届け物だよ、ティエリア」 ハレルヤと同じ顔だというのに、ドーベルマン本来の愛情深い性格に輪をかけて穏やかな表情をしたアレルヤがティエリアに片目を瞑ってみせる。その口元にくわえられたロックオンが手足をジタバタさせてもがいていた。 「くそー、離せー!」 「あんまり脱走すると刹那に怒られちゃうんだから」 牙で傷つけぬよう口先で支えたままアレルヤはトコトコとケージの傍まで歩く。器用に前足で入り口を開けると中にロックオンを放してやった。ポテッと柔らかい木屑の上に落ちたロックオンは少しの間起き上がれずにもがいていた。 短い手足が左右にワタワタ揺れる。片側に重心をかけて戻ろうとしても上手くバランスが取れず、すぐにコロンと仰向けになってしまう。何度も繰り返すその動作をアレルヤは微笑ましく見ていた。 やっとの思いでくるんと元に戻れた時には、ケージの上に重たい本が置かれていた。これでは脱走ができない。 「あっ、てめハレルヤ!」 「ちったあ大人しくしてろや。ティエリアの癇癪に付き合うこっちの身にもなれ」 一仕事したといいたげな欠伸をしてハレルヤは鼻を鳴らす。鉄格子を両手で掴んでキーキー騒ぐロックオンをティエリアは呆れた目で見ていた。 一体どんな風に育ったら大型犬に刃向かうハムスターが生まれるのだろうか。 |