最初はなんのボロ雑巾かと思った。
泥で全身薄汚れて顔すらも判別不可能、久しく毛繕いをしていないであろうゴワゴワの毛、よく見ないと呼吸すら確認できない。
そんな風に叢の中で丸まっているのを見つけたのは奇跡に等しい。実際ただのゴミだと思って通り過ぎようとさえしたのだ。しかし、視界の端でピョコンと飛び出た耳を見てしまっては堪らなかった。





「と、言う訳だ」
「よし、そこに直れ。俺が介錯してやろう」

研ぎ澄まされたご自慢の爪を光らせてティエリアはハレルヤを睨みつけた。

「別にいいじゃねえか。今更ガキの一匹や二匹増えたって構いやしねえよ」
「お前は世話をしないのだから当たり前だ!」
「よーく分かってんじゃん」

にんまり目を細めるハレルヤは大きく欠伸をした。すでに自分は関わる気のない合図だ。目の前で拾ってきた子供がみぃとも泣かず震えていても傍に寄ろうとしない。

「ティエリアー、タオルってこれでいいかな」

自分の体以上に大きなタオルをくわえてやってきたアレルヤは、ハレルヤと逆にいそいそと子供の元へ急ぐ。首の柔らかい皮を優しく噛んで持ち上げると、広げたタオルの上にそっとのせてやった。警戒して体を強ばらせていた子猫は柔らかいタオルが身を隠すものだと気付いてあっという間に潜り込む。
確かこれはつい三日前にロックオンが新しく買ってきたタオルだったはずだが、まあ、あの男なら怒らないだろう。

「うわあ・・・・・・! ちっちゃいねえ、可愛いねえ」

アレルヤは目尻をとろんとさせ、尻尾をバタバタ振る。
だめだ、こいつは可愛いものに目がない。今すぐ捨ててこいと言ったところで泣きながら猛反対を喰らうだけだ。

「あれ、この子目が開いてないよ。どうしたのかな」
「ビョーキだから親に捨てられたんだろ。野良で目も見えないガキなんざ邪魔なだけだからなあ」
「可哀想に・・・・・・」

耳を垂れて同情いっぱいのアレルヤの横でハレルヤは面白そうにニタニタ笑っていた。後半部分は明らかにティエリアに向けてだった。
お前はこんな可哀想な子供を見殺しにするのかい?

「ね、ねえティエリア。僕達でなんとかロックオンを説得できないかな・・・・・・」
「人間の言葉を喋れない俺達がどうやって?」
「それは・・・・・・足元で訴えるとか」
「恥も外聞もかなぐり捨ててニャーニャー鳴けと? この俺に?」

あえて抑揚をつけて言えば静かな怒りを感じ取ったのかアレルヤが怯んだ。しかし諦める気はないらしく、視線はティエリアから外さない。

「だってこのままにしておけないよ! まだ子供なのに・・・・・・あたっ」

必死で訴えかけてくるアレルヤの顔を尻尾でたしんと叩く。
ティエリアはアレルヤに比べて小柄だったため、必要以上に近づかれるとコンプレックスを刺激されるのだった。

「いいからお前はもう一枚タオルを持って来い」
「え、それって」
「・・・・・・ある程度綺麗にしておかないとロックオンも躊躇うだろう」

アレルヤはポカンとティエリアの横顔を見ていたが、溜め息混じりの言葉の真意に気づいた途端にみるみる笑顔になっていった。大きく返事をして子供のように駆けていくアレルヤは確か今年成人するはずだった。気のせいかもしれない。

「おーおー、お優しい事で」

からかうハレルヤの言葉を受け流してティエリアは鼻先を子供に近付けた。流石のティエリアもそこまで鬼になれなかったのだ。

「おい、言葉くらい分かるだろう。俺達は何もとって食べるつもりは微塵もない」

なるべく優しく話しかければハレルヤが笑い声を噛み締める空気が伝わってくる。しかし今はタオルに潜り込んだままぴくりともしない子供が優先だ。
怯えているだろうと少しの間反応を伺ったがうんともすんとも言わない。
これだから子供は嫌いなんだと溜め息を咽で飲み込んだティエリアはタオルの膨らみに前足を伸ばした、その時だった。

「おれにさわるな!」

子猫らしい舌っ足らずで甘い声が叫ぶ。そしてタオルの中から飛び出してティエリアの足に噛みついた。
子猫の牙は鋭く痛い。力の加減もないのだからそりゃあもう痛い。
しかしこの子供の場合、体力が極限まですり減った上にろくに食べていないせいで顎も大して発達していない。つまりそんなに痛くない。せいぜいハムっとくわえられた程度だ。これがアレルヤなら可愛いなあで終わったが、相手が悪かった。

「万死!」

一喝と共に子供の頭を叩く。呆気なく子供が倒れ伏した。ぷるぷる震えて痛みに耐える様子に、ついにハレルヤが弾かれたように笑い出した。