薄暗い個室の中で、ずいっと突きつけられたマイクを前に刹那は目を瞬かせた。ただ単に誘う口実としか思っていなかったのに、本気だったのかとロックオンの顔をまじまじ見やる。

「おいおい、まさか本当にそれ食べるためだけにきたのかよ」

苦笑するロックオンの目線は刹那の手にあるグラスだった。初っ端からみっちりと詰め込まれたソフトクリームが縁よりも高い場所で綺麗なとぐろを巻いていて、彼の器用さが無駄に発揮されたことを物語っている。

「そういう約束だ」
「んなこと言うなって。お前カラオケしたことないんだろ? 一発目は気持ち良いぞー」
「断る」

尚もマイクをゆらゆら動かすロックオンは折れる気がなかったが、刹那も歌う気など更々なくぷいっと顔を逸らした。

「あっ、可愛くねー」

口を屁の字に曲げるお節介よりも今は目の前のソフトクリームが重要だ。刹那はぶつぶつ文句を言うロックオンを意識から排除し、いそいそとスプーンを手に取る。
半ば引きずられるようにして連れてこられた道中、宥めるようにアレルヤが食べ放題だと教えてくれ、それだけを楽しみにティエリアの馬鹿にした視線を耐えてきたのだ。食べずしてどうする。
密かにはやる気持ちを抑え、スプーンで白い山の頂を掬い小さく開いた口の中へ放り込もうとした。矢先の出来事だった。
手首を捕まえられ、文句を言う暇なくロックオンがスプーンに食らいつく。呆然とする刹那の向かいでロックオンは口の端をぺろりと舐めあげた。

「あれ、まだ始めてなかったの?」

ドリンクバーから帰ってきたアレルヤとティエリアは睨み合う二人を見て首を傾げる。

「刹那が歌わねーんだよ」
「こういうのは強制的にいれてやればいいんです」

ソフトクリームを黙々と食べ続ける刹那の横に陣取ったティエリアがやけに慣れた手付きで電目を操る。やがてスピーカーからゆったりとした、けれどテンポの良いイントロが流れ出した。ぴくりと刹那の肩が動く。

「あ、これ知ってるよ。刹那が好きなアニメの曲だよね」

ティエリアの反対側、つまり空いた刹那の右側に座ったアレルヤが刹那に笑いかける。この手の話題には目を輝かせてくるのが常なのに、今日はむっつりと押し黙ったまま足元を見ているのでアレルヤはおや、と思った。

「折角だから歌ってみたら? 一番メロディー知ってるんだし」
「・・・・・・」
「刹那?」

お腹でも痛いのと見当違いな心配をするアレルヤの横で、スプーンをくわえたまま刹那の耳がぴくぴく動くのをロックオンは見逃さなかった。

「もう放っておこーぜ」
「でも刹那が・・・・・・」
「俺達の美声に尻込みして歌えないっつーんなら仕方ないよなあ?」

にやにや目を細めるその仕草がとどめだった。
刹那は唐突に立ち上がりロックオンからマイクを奪い取る。グラスをアレルヤに押し付けたところで歌い出しを告げるドラムが鳴った。
そして彼らは絶句する。





「…カラオケしたことなかったんじゃないのかよ」
「歌が苦手と言った覚えはないな」

ほっこりした顔で二杯目のソフトクリームを攻略にかかった刹那の横で、二番手のハードルがいきなり高くなったことに三人は無言で電目を擦り付けあった。