ふと、目を奪われる存在がいた。
なんの飾りもないシックなワインレッドのドレスのみで会場に一人凛と佇む。しかしそれが逆に彼の人の美しさを際立たせている。
アメジストをそのまま宿したような長い髪が華奢な肩に流れていて、薄い唇がそっとグラスに触れる様は気品が漂う。女性にしては多少背が高すぎる嫌いがあるものの、間違いなく極上の美人だった。

「ティエリア」

長い睫毛に覆われた瞳が動く。視線の先からはタキシードの男が足音もなく近づいてきた。育った環境のせいか、決して音を立てるまいとする彼の歩き方だけは四年前から密かに好きだった。
いつもは左右にはね放題の黒い髪を、今日ばかりは整髪剤で撫で付けているものだから別人のように見えてしまう。けれど思ってみれば自分も似たような、否、もっと酷い。ティエリアは自嘲気味に笑った。

「どうかしたか」
「いや」

微かに首を傾げる刹那の肌は浅黒く、正装など似合わないと思っていたが、なかなかどうして様になっている。こんなところでも月日の流れを感じて、泣けば良いのか喜べば良いのか迷ってしまった。
まだ訝しげな視線を誤魔化すようにティエリアは再びグラスを傾ける。刹那の目が上から下までゆっくり動いた。

「刹那、あまり女性を不躾に見るんじゃない」
「・・・・・・すまない」

刹那が素直に謝るものだから、ティエリアの中でちょっとした悪戯心が芽生えた。普段ならこんなことは考えない。アルコールが少し回り始めているようだ。
一歩踏み出して刹那の胸につ、と触れてみる。マニキュアを塗った爪先が布越しでも分かるしなやかな筋肉を捉え、口の端を高く吊り上げた。

「なんだ、見惚れていたのか?」

背後から小さく黄色い声が聴こえる。傍から見れば単なる恋人同士の戯れでしかないのに、どうして自分たちがやると笑えてくるのだろう。
無性に泣きたくなってティエリアは体を離す。冗談だ、と告げようと手を下げた。それで終わりになるはずだったのに、なぜか刹那がその手を捉えた。

「刹那・・・・・・?」
「綺麗だ」

ティエリアは目を瞬かせる。
くすくす笑うつもりだった。コミュニケーションが取れるようになった刹那がどういう反応をするか見るつもりだったのに。

「綺麗だ、ティエリア・アーデ」

逆に手を取られて甲に口付けをされてしまった。
彼の影響であることは疑う余地もない。らしくもなく耳に熱を感じながらティエリアはグラスを傍のテーブルに置く。捕まえられたままの手にもう片方を重ねて刹那の指先をなぞった。
やられっぱなしは性に合わない。

「僕は君の方が美しいと思うよ」
「ティエリ」

名前は最後まで紡げず、刹那は咄嗟に唇を噛み締めて短い悲鳴を押し殺す。交差した瞳にからかいの色が混じっているのを寸前に見てしまった。
白魚の指が刹那の手の上をゆるやかに這っていく。皮膚を触れ合わせるだけの手の甲から指の根元の骨へ辿り付き、そのまま窪みの部分を擦られると身を捩りたいほどの感覚が静かに走る。
性感帯は性器だけではない。いつだったかロックオンにからかわれた時、そういえばティエリアも同じ席にいたのだった。涼しい顔をしておきながらあんなことを覚えているなんて!

「帰還した後は覚悟してるんだな」

そっと落とされた言葉に、ただただ戦慄を覚えるのみだった。