最近グミを食べる事が多くなった。 「ルーク、怪我してるぞ」 心配そうなガイの声に心臓が跳ねる。ここ、と耳朶の下をそっとなぞられると確かにピリっと痛みが走った。思わずビクっと体を震わせるとガイが慌てて離れてく。 「さっきの戦闘でか?」 「あ・・・・・・うん、そうかも」 ルークは傷を隠すように何度もさすった。一度自覚すると途端に痛み出すのだから体は正直だと思う。そんな事を思っていたらガイが自分の荷物からアップルグミを取り出した。 「ほら、口開けろ」 ぽかんとしてるとガイが笑った。 「ティア達には内緒だぞ」 再度促されてルークは恐る恐る口を開ける。親鳥が雛に餌を与えるようにガイは優しくその口の中にアップルグミを押し込んだ。入れられた瞬間微かにガイのグローブが唇に触れて、ルークは体が火照るのが分かった。だけどそれをアップルグミの回復作用だと頭の中で言い聞かせる。程なくしてじくじくとした痛みが消えていった。 「ん、サンキュー」 「どういたしまして、ルークお坊ちゃま」 「それやめろっての!」 軽口を叩きながら前方を行くティア達に追いつくように歩き出す。いくらルークがキャンキャン喚いてもガイは笑顔で受け流すだけだった。他愛もないやり取りに心が軽くなるのを感じる。ふざけてガイの背中に飛びつくと、自分のとは違う体温にルークは酷く安らぎを感じた。このままずっと触れていたい。 ガイの肩の上から顔を覗き込もうとしてルークは表情を凍らせた。 ジェイドが見ている。 立ち止まって二人を見ていた。 「ルーク?」 急に動きが固くなったルークを心配そうにガイが振り返る。そしてその視線の先を辿って「あちゃあ」と顔をしかめた。 「悪い悪い、旦那」 いつもどおり微笑を浮かべていたジェイドにガイは顔の前で片手を立てる。それに応えるようにジェイドが二人の方へ歩いてきた。はっと我に返ったルークはジェイドに視線を釘付けたままそろそろとガイから体を離した。 「ナタリアが呼んでいましたよ」 「分かった。 それじゃ、先に行ってるな」 走り出したガイの背中を恋しそうに見ていたら、急に首を鷲掴みにされる。その乱暴さに思わず顔を顰めるとジェイドが喉の奥で笑った。 「お優しい使用人で」 見惚れるほど綺麗な微笑みなのに、声はぞっとするほど冷たかった。 「グミは美味しかったですか?」 「う、あ・・・・・・」 「もっと食べたがっていたなんて知りませんでした」 手袋越しの指先が皮膚に食い込む。 ジェイドの言葉に、治ったはずの傷が鈍く痛み出した気がした。 この傷は戦ってついたやつじゃないんだ、ガイ。 「あ、ぐ・・・・・・っ!」 強かに殴られた。最初に頬に一発食らって固い床の上に倒れたルークをジェイドはブーツで蹴り上げる。瞬間的に浮いた体を潰すように上から踏みつけると、ルークは痛みの余り体を縮こませて喘いだ。 「余り大きい声を出さないでもらえませんか」 どこまでもその声は冷たくてルークは泣きそうになった。それでもぐっと奥歯を噛み締めてひたすらに耐える。 ジェイドが個室を取ろうと言い出した時点でルークは覚悟を決めた。 また、殴られる。 夜になるまで、みんなが寝るまでは決して手を出さなかったからルークは無理矢理明るく振舞っていた。そうして笑っていれば耐えられる気がしていた。 「まだあげませんよ」 玩具のようにグミを片手で弄ぶジェイドはつまらなさそうだった。面白くないのならやめてくれればいいのに。 ジェイドがルークを殴るようになったのはいつからだったろうか。 少なくともアクゼリュスを崩壊させる前まではそんな事はなかった。皆と合流して少し経った頃、ジェイドと相部屋になったのがきっかけだったのかもしれない。突然殴られて混乱したのを覚えている。 だけど誰かに助けを求める事はしなかった。その時はアクゼリュスの事でまだ怒っているのだろうとルークは考えていた。親善大使様だった頃の罰を与えられていると思っていた。しかしそんな事が繰り返される度に、なんだか違うような気がしてきた。 「もう少し余裕がありそうですね」 ぼーっとしていたルークはその声に慌てて身構えるが遅かった。無防備だった腹部にジェイドの拳がめり込んで、ルークは息を詰まらせる。こみ上げてくる吐き気に口で大きく呼吸をすると唾が溢れてきた。ジェイドはそれに気付くと顔を寄せてペロリと舐める。その様子が余りにも嬉しそうだったのでルークはついに泣いた。 「ほら、お食べなさい」 満足したのかジェイドはルークの口元にアップルグミを運ぶ。なんとなく食べたくなくて口を開かないでいると、ジェイドは強引に指を突っ込んできた。 「んぐ・・・・・・っ!」 遠慮なく奥まで侵入してきた指がぽいっとグミを落とす。反射的に舌で受け取ろうとするとグローブを舐めてしまってルークは眉をしかめた。ざらりとした革の味が舌一面に広がってアップルグミどころではない。早く指を抜いてくれればいいのに、ジェイドは暫くルークの顔を見ていた。 「む、ん、んうっ・・・・・・!」 暴力の後には必ずグミを食べさせられた。アップルグミだけじゃなく、たまにレモングミだったりもする。ジェイドは殴る時よりもこの時の方が楽しみなんじゃないかと最近思い始めた。でなければこうする意味がどこにも見当たらない。 漸く引き抜かれた指が唇にあたって、ガイの笑顔が浮かんでくる。 「美味しいですか?」 期待の込められた目に、正直もう飽きたなどとルークは言えなかった。 |