「ルーク」

ガイの柔らかい声が聞こえる。ルークはベッドの上に寝転がったまま視線だけを動かした。片手にフォークを、もう片手にケーキを携えてガイがニコニコと立っている。

「食べないか?」
「俺はいいよ。 アニス辺りにあげれば喜ぶじゃん」

屋敷のメイドもそうだったが、女という生き物は甘いものがデフォルトで好きらしい。確かにルークも好きといえば好きだけれど、目の色を変えるほどではない。

「そう言うなって」

どうやらガイは最初からルークに食べさせる気だったらしくルークの横に座り込んだ。フォークでケーキを小さく切ると、ガイはルークの口元にそれを持っていく。

「ほら」

ルークの鼻孔を甘い香りがくすぐるが食べる気にはなれなかった。ごろりと寝返りを打ってガイに背を向けると、後ろの方で溜め息が聞こえた。
諦めたかとルークがほっとした途端、肩をぐいっとひっぱられた。転がるように仰向けになったルークは驚く間もなく口付けられる。

「んぅ・・・・・・!?」

思わず開いた口の中にガイの舌が侵入してくる。同時に押し込まれた柔らかい何かから甘さを感じた。ケーキだ。
慌てて押し返そうとする舌を逆に絡め取られてキスが益々深くなる。

「ふ、ん、んん・・・・・・ぅっ」

身体は正直なもので、口内にある食べ物は摂取しようとする。噛んでもいないのに唾液でぐちゃぐちゃになったケーキを無理矢理飲み込むと、よくできましたとばかりにガイが歯列をなぞった。

「うまいだろ?」

身体を離したガイがにっこり笑う。

「馬鹿ガイ!」

手元にあった枕をガイの顔面に投げつけると、ルークは勢い良く起き上がって扉へ向かおうとした。すかさずガイはその腕を捕らえてルークを胸に抱き込む。

「ふざけんな! 放せ!」
「落ち着けってルーク」

じたばたと暴れるルークを後ろから抱きしめる。その身体はガイの中にすっぽりと収まった。屋敷にいた頃は抱え切れなかったのにとガイは長い髪を懐かしく思う。
あやす様に何度か身体を軽く叩いてやったら、疲れたのか諦めたのかルークが静かになった。ガイはまたケーキをフォークで刺してルークの口元に運んでやる。酷くゆっくりとした動きでルークはそれを受け入れた。

「昔はよくこうしてやったよな」
「・・・・・・そうか? 全然覚えてねーや」
「大変だったんだぜ」

本当に大変だった。
復讐のために自分を殺してルークに尽くしたことも、最初からルークを育てたことも、何もかもが大変だった。
食事すら満足にできるまで何年かかかった。その間ずっとガイがルークを抱っこしながら食べさせてあげていた。そうしなければルークは何も口にしなかったのだ。

「もう子供じゃないっつーの」
「何言ってんだ7歳が。 お前はまだまだガキだよ」

ルークが頬を膨らました気配がした。そういう仕草がまだあどけなさを色濃く残していた。ぎゅっと抱きしめると骨ばった感触が服越しに伝わる。旅を始めた頃よりルークの背中は一回り小さくなった。
つい最近までガイはその事に気付けなかった。

「ガイ」

ルークがそっと手を重ねた。いつの間にか震えていたガイの手の上から感じるルークの体温が温かい。

「ありがと」
「・・・・・・大きくなったなあ」

ルークは確実に痩せ衰えていた。