(ん、何だこれ)

机の上に見慣れない物があった。正確に言えばそれは良く見知った自分の物であったが、だいぶ古びていた。いつの間にこんなボロボロになったのだろうと不思議に思い手に取ると、だいぶ痛んでいるのか元は高価な表紙がガサリと音を立てる。

「日記だよな、俺の」

ルークはページを捲ってパラパラと軽く読んでみる。最初の方には確かに書いた覚えのある内容が綴られていた。
メイド達は滅多に中まで入ってこないし、ガイは汚したとしてもちゃんと謝りにくるはずだ。だとしたら一体誰だ。俺の日記をこんなにしたのは。
自分の物を汚された事に憤慨したルークは更にページを進める。驚いたことに日付が未来のものになっていた。それもやっぱり自分の字で。背筋がぞっとする。

「気持ちワリィ・・・・・・」

訳の分からなさにルークは机の上に日記を乱暴に叩き付けようとして、やめた。どうしてか振り上げた日記を放り投げる事ができなかった。変わりにそれを持ったままベッドに倒れこむ。枕に顔を埋めてみないようにしても意識は古びた日記に持っていかれる。
ルークは仕方なく日記に手を伸ばし、寝転がったまま明日のページから読み始める。
最初はいつもどおりのつまらない日常の愚痴。暫くの間はガイにしたイタズラやメイド達の噂話など他愛のないものばかりだった。一ヶ月ほど読み進めていくと、ヴァン師匠が屋敷にくる話になった。しかしそんな唯一の楽しみであるヴァン師匠との稽古も暫くはお預けになるらしく、未来の事なのにむっとした。なんでもローレライ教団の導師イオンってやつが行方不明になったせいで探索に借り出されてしまうとの事だ。

(やべ、ちょっと面白いかも)

小説のような内容にルークはごろりと寝返りを打った。うつ伏せの体勢になって本格的に日記にのめり込む。本嫌いのルークにとっては珍しい光景だった。
日記はこう続けられていた。ヴァン師匠が別れの挨拶に中庭で稽古をつけてくれることになり、ガイの立会いの元久々に剣を交えた。ところが稽古中に変な歌(譜歌って書いてある。なんだそれ)が聞こえてきた。それのせいで眠くなったところに変な女が乱入してきて、事もあろうかヴァン師匠を攻撃したというのだ!

(どこの女だ、ふざけんな!)

ヴァン師匠に攻撃するなんて頭がいかれてるのだろう。あんなに格好良くて強い師匠に叶うはずない。
再び向かってきた女の攻撃を咄嗟に俺が受け止める。

(ナイス俺)

思いがけない自分の活躍にルークは口角を上げた。ちゃんと修行の成果がでてるじゃん。鼻唄まじりに最後の行を指でなぞりながら読む。

「二人の間にもの凄い力が発生して、俺たちは見知らぬ渓谷の奥に吹き飛ばされちまった・・・・・・と」

ありえねーと思いつつルークは次のページを捲る。面白くはあるが文章を読むのはやはり疲れるもので、自然と欠伸がこみ上げてきた。大きく息を吸い込むと酸素が頭の中に入り込み、さっきの一文を冷静に解読した。

「え!?」

がばっと起き上がってルークは慌てて前のページに戻る。触れそうになるほど日記を顔の前まで持ってきて文字を凝視した。何度読んでみてもそこに書いてある文章は変わらない。震える指で一文字ずつゆっくりとなぞって確認する。

「外に、出られる・・・・・・?」

呆然とするルークの手から日記が滑り落ちる。柔らかいベッドの上に落ちた日記が衝撃で数ページ先まで捲られた。分厚い日記は最後のほうまで書かれているのか何度も読まれた形跡がある。
そんな馬鹿な。今までだって一度たりとも屋敷の外から出られた事などないというのに、いきなり渓谷まで、しかも飛ばされる訳がない。
この日記はガイが俺を面白がらせるために真似て書いただけだろう。きっとそうだ。ただの作り話だ。
一瞬でも真面目に考えた頭を振ってルークは立ち上がった。こんな日記は早くしまってしまおう。そしてガイに言うんだ。お前結構妄想癖があったんだなって。そうするとガイは面白かっただろって笑うんだ。
それでまたいつもどおりの毎日になるんだ。