後ろで心配そうに見守るガイの視線を無視してルークは包丁を手に取った。剣とも違う初めての感触に多少緊張はするものの、みんなに出来て自分に出来ないことはないだろう。適当に切って適当に焼いて適当に味付けすればきっとなんとかなる。

「手伝うかルーク?」
「大丈夫だっつーの! いいから黙って見てろって」

するとガイは言葉の通りじっとルークの手元を凝視する。見てろなんて言ったのはつまるところ暗に大丈夫だと言ったつもりだったのだが、心配性の幼なじみは離れるつもりはないようだ。
他のメンバーは食事が出来るまでの間思い思いにくつろいでいる。なんで自分がこんな事をしなくてはならないんだと愚痴りたくはなるが、そんな事を言っては全員からバッシングを浴びて面倒臭い。ああ、王族なのに料理する自分はなんて偉いんだ。
レシピなど知らないルークは適当に食材を見繕ってまな板の上に乗せる。洗いもしないで包丁を添えると後ろでガイがあっと声をあげた。その声を無視して力任せに包丁を引く。ガタンと大きい音が立って食材が飛び跳ねた。そうか、手で抑えなければならないのか。

「ルーク! そこに手を置くと切っちまうぞ!」
「あーもーウゼェな! 大丈夫だって言ってるだろ!!」

心底焦ったガイがたまりかねて口を出すとルークの中で不快感が増す。どいつもこいつもそんなに俺が何にも出来ないと思っているのか。
睨むつもりでルークは後ろを振り返る。その際に握っていた包丁を手から落としたのにルークは気付かなかった。

「ルーク!」

ガイの真剣な顔に思考が一瞬止まる。続いてルークを襲ったのは鋭い痛みだった。

「・・・・・・ってぇ!」

思わず左手を押さえてしゃがみ込む。指先だけが熱を持ったように熱くなり、脈打つと同時に鋭い痛みが駆け抜けた。戦闘中に受ける痛みに比べれば大した事はないのだが、覚悟して受けるのと不意に襲い掛かるのとではショックの度合いが違う。

「ティア! 治癒術を頼む!!」

大袈裟ではないかと思うくらい切羽詰った声でガイが呼ぶものだからティアも何事かと険しい顔で駆け寄ってくる。料理中の怪我という事でティアは一瞬呆れた顔をしたが思ったより血が出ているのを見てさっと顔色を変えた。

「ルーク大丈夫?!」

傷の度合いを確認しようとしたティアよりも早く、青いグローブがルークの手を取った。そしてそのまま。

「――――っ?!」

余りの事に周囲の時間が止まった気がする。
いつの間にかルークの真横にきたジェイドが手を取ってそのまま傷ついた指を口に含んでいた。静かになった空間で微かに水音が響いてくる。

「な、な、な・・・・・・!!」

顔を真っ青にしたルークの肩がわなわなと震える。何かを言おうと何度も口を開くが言葉にならなくてその度に閉じる。怒りが来る前に気持ち悪さが競りあがってきてぞわぞわと鳥肌が立つ。ティアは見てはいけないものを見てしまった気分で口元に手をやるが頬に少し赤みがさしていた。ガイはというと固まったまま動かない。

「傷はそんなに深くないようですね。丁度血管が切れたので出血が多かったのでしょう」

ちゅっと音を立ててジェイドが唇を離すと、ルークの指先がぬらりと光った。まだ白く細い指にうっすらと一本の赤い線が入っているものの、だいたい出血は止まったようだった。

「しかしこのまま料理を作って血液を混入されたら困りますね。ティア!」
「は、はいっ」

治してあげてくださいと言われてティアは詠唱を始める。淡い光がルークを包んで消える頃には傷はもうなかった。ジェイドはそれを見届けると、一番離れた木の幹まで歩いていって腰を落ち着けた。

「なんなんだアイツ! 気色悪ぃ!!」

嫌がらせの一環だと思ったのかルークは肩を怒らせて再び料理に取り掛かる。今度はきちんと指を引っ込めていた。

「なあティア」
「なに?」
「俺、旦那が動いたの見えなかったんだけど」
「・・・・・・・・・私もよ」

どうやら思い過ごしではないらしい。ガイはその超人的な動きに寒気を覚えると同時に変な危機感を抱いた。

「ルーク」
「あんだよ」
「お前これからはおにぎりだけ作れ」
「は!?」
「お前このままじゃ危ないぞ」
「訳わかんねーよ!」
「いいから!!」

尋常ではないガイの剣幕にルークは怯えつつも渋々と包丁を置いた。それが正しい判断だとルークは知ることもなく、おにぎりマスターへの道を歩き始めたのだった。