指の骨を当てて扉を二度叩くと振動が体の中に響いてくる。硬質な音が廊下に反響するものの部屋の主からはなんの返事もない。ルークは少しの間思案して、迷った末にそっと扉を開けた。隙間から顔だけを覗かせて中の様子を探ると、丁度正面にある机でジェイドが書き物をしていた。擦れ違いにならなかったとルークはほっとして部屋の中へ入る。 「ジェイド、おやつ持ってきた」 「ありがとうございます」 目の前にきても顔すらあげないジェイドはひたすら書類と睨み合っていた。細かな文字ばかりでルークには何を書いているか分からないが、難しい事なのだろう。 ルークはケーキと紅茶の乗ったトレイを応接用のテーブルに置き、ソファーに寝そべった。ちらりと時計を見てジェイドがいつから仕事をしてるか逆算して考えてみる。ルークには拷問のような時間だった。 テーブルの上ではゆらゆらと紅茶から湯気が昇る。ケーキはアニス特製なので間違いなくおいしい。一緒に食べようとひっついてくるガイをなんとか押し留めてジェイドの元へ来た。一人で食べるのは淋しいとルークは知っていたから。 「ジェイドー、一休みしろよ」 「これが終わったらたっぷり休ませて頂きますよ」 まだ書類は山積みだった。どうみても休む気などこれっぽっちもない。 嘘つきとルークは呟いて起き上がった。一人分のケーキと紅茶を持ってジェイドの机に置く。机を挟んで向かい合う形になってもジェイドは相変わらずルークと視線を合わせなかった。ルークはフォークでケーキを一口サイズに切り分け、それを刺してジェイドの口元に持っていった。 「あーん」 戯れにそう呟いてみれば予想外にジェイドの口がかぱっと開く。相変わらず書類に意識が向けられているものの、別段気にすることもなく口を開けている。ルークは目を丸くした。 ジェイドの事だから書類に集中していると見せかけて俺をおちょくっているのか。それとも本気でこういう事に慣れているのか。いやでもまさかあのジェイドが。 ルークがぐるぐると考えている間もジェイドの口は開いたままだった。恐る恐るジェイドの口にケーキを放り込むと静かに咀嚼し始める。暫くしてジェイドの喉が鳴ると、再び部屋の中にはペンを走らせる音が響いた。 (ただの反射かよ・・・・・・) なぜか落胆する心を不思議に思いながらもルークはもう一度ケーキを小さく切り分ける。同じように口元に持っていったけれど、今度は開くことがなかった。フォークをぐるぐると回してみたり鼻先に近づけたりしたけれど、ジェイドの口は真一文字に閉じたままだった。 (もういらねえのかな) アニスのケーキは絶品だ。それこそ毎日食べたいくらいに。 作ってくれと催促しても製作料としてガルドを巻き上げられそうなので、ひたすらアニスが気紛れに作ってくれるのを待つしかない。 一度切り分けたケーキを放っておくのも勿体無いので、ルークは自分で食べてしまおうとフォークを遠ざける。口に入れる直前でふと気付く。 「・・・・・・あーん?」 声をかけてもう一度ケーキをジェイドに向ければ、さっきのようにまた口が開いた。 (うっわ) 大人しく食べるジェイドを見てるとなぜかルークの方が恥ずかしくなってくる。だいたいなぜ俺はこんな事をしているのだろう。赤くなった頬を押さえてルークは紅茶に手を伸ばした。これはジェイドの分だけれどとりあえず落ち着きたい。 こくりと一口飲めば、いつの間にかカラカラ乾いていた喉が潤う。すっきりと甘みのない紅茶はケーキと良く合うのだろう。 そこでまた気付いてしまった。 ジェイドがもごもごと口を動かしている。 (紅茶は、流石になあ・・・・・・) 甘いものが続いてジェイドも飲み物をほしがっているのだろう。しかし今は自分で飲むはずもない。 少し戸惑ったけれどルークは紅茶を口の中に含んだ。飲み込まないように気をつけてそっと机の端に手をつく。そのまま体を倒し、下から覗き込むように唇を合わせた。 「ん・・・・・・っ」 閉じた唇を舌で抉じ開け、溢れないかとビクビクしながら紅茶を押し込む。ルークの中から水分がどんどん減るのに比例してジェイドの喉がごくりと鳴る。そうして全て移し終わってからルークは静かに唇を離した。 (気付いて、ねえよな?) 今更ながら大胆な事をしたと胸が高鳴る。いつもならばしない事だ。 (ジェイドが、いけねえんだ) 自分を放っておいて仕事ばっかりするから。 俺は悪くねえとばかりに責任をジェイドに押し付けてルークは体を起こそうとした。 「いけない子ですねえ」 「え、うあ・・・・・・っんん!」 いつの間にか後頭部に回っていた手がぐいっと引き寄せる。深く抱き込まれて体が机に乗りあがった拍子に、書類がバサバサと床に落ちていった。何枚かはルークの下で皺を寄せていることだろう。 触れている唇から淫らな水音が部屋に響く。逃げようと引っ込めた舌は難なくジェイドに絡みとられた。たっぷり数分は翻弄され、ようやくルークを解放したジェイドは唇の端をぺろりと舐めとった。 「ご馳走様でした」 |