切りつけた剣をそのままV字に返すと、サコパリンクが文字通り三枚に下ろされる。その剣技は自己流なのか荒々しくも威力があった。 どうやら最後の一匹だったようで、戦士は周囲に敵がいない事を確認して剣を地面に突き刺しアメットを外した。中に隠れていた赤い髪を乱暴に掻き毟ると、蒸れていたのか汗が飛び散る。その湿った感触に戦士は眉を顰めた。 ルケシオンの気候が暖かいのは覚悟していた。戦う事で汗をかくのも当たり前の事。そう思っていても一旦意識すると嫌な物は嫌だ。 朝からルケシオンダンジョンに篭っていて太陽はすでに真上を通り過ぎていた。随分長い事狩ったと思う。 ドロップもそこそこ出たので今日はこれで切り上げようと、戦士はアメットを被り直して近くにいるはずの相方を探す事に決めた。お互い前衛型なので別行動を取っていたが、そう遠くには進んでいないだろう。 相方の黄色いひよこ頭を思い浮かべながら数歩進んだ所で気付く。 この広いダンジョンの中、果たしてすれ違いにならないで探し出せるだろうか。下手をすると擦れ違いになりかねない。 無駄な労力を使うよりもと、戦士は木陰に入って耳元のカフスに魔力を送る。スクールを卒業すると一人前の証として渡されるのが、一つのカフスだ。これを装備していると冒険者同士でパーティーを組んだ際にメンバーのみで会話が出来たり、相手の正確な名前さえ知っていれば一対一での会話も可能になる。今、戦士は件の相方と二人でパーティーを組んでいるのでグループチャットとして言葉を念じた。 『おい、聞こえるか?』 『はいはーい。 どしたん?』 戦闘中だったらどうしようかと思ったが、そうではないようだ。戦士はほっと胸を撫で下ろした。下手をすると自分より強いかもしれない相方にそれは要らない心配だと、頭のどこかで苦笑する。 『そろそろ陽が沈む。 今日は早めに切り上げよう』 『俺も丁度連絡しようと思ってたんだ。 今そっち行くから待ってて』 正確な座標を教えるために二、三言交わして二人は会話を終えた。 戦士は一息ついて木に寄り掛かる。それにしても今日は一段と暑い。宿に戻ったらまずシャワーを浴びよう。これだけ戦った後はさぞかし気持ちが良いだろう。その後は食事がてら酒でも一杯引っ掛ければ良く眠れそうだ。 決して気を抜かずに戦士が他愛もない事を考えていると、背後の茂みからひょこっと吟遊詩人が顔を出した。 「お待たせ〜」 帽子も被っていない頭の上にペット化している守護動物を乗せて、レイムドラゴンマスターバレンカを着こなしているこの吟遊詩人こそが戦士の相方だった。誰が見ても後衛型だというのに、この線の細さで自分よりSTRがあるのは未だに信じられない。とは言っても戦士はDEXを重点的に上げているので仕方がないと言えば仕方がないのだが。 「それじゃあリンクを使うぞ」 敵が沸く前にと戦士は手早く荷物からリンクを取り出す。広げて呪文を唱えようとしたが、服の裾を掴まれて戦士は溜め息をついた。 言いたい事があるなら言えとばかりに戦士は何も言わない。吟遊詩人も何も言わない。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 折れたのは戦士だった。 「今度はどんな『頑張るお願い』だ?」 「・・・・・・やっぱりバレてた?」 「バレないとでも思ってるのか」 やれやれと戦士はリンクをバッグにしまい、すぐ傍に見えるポータルを顎で指した。 「とりあえず話は向こうでだ。 ここだと沸いて落ち着かん」 ルケシオンダンジョンは広い。それは一つのマップ自体が、というだけではなくだ。 一般的に誰でも行けるのがワイキベベやドロイカンが生息するマップ。そしてある程度の実力を持っていなければ入る事すら許されない場所、海賊要塞。 大まかに区別するというならばこの二つに分けられる。この二つの間には待機所が設けられ、そこに危険性のあるモンスターは沸かない。なので狩りに疲れた冒険者が休憩したり、仲間と待ち合わせするために待機所にはよく人が集う。 戦士と吟遊詩人も待機所に移動し、邪魔にならない様隅に座りこんだ。 「実は、さ・・・・・・」 言い辛そうに吟遊詩人は指先を弄繰り回す。膝の上の守護動物が指の動きを追って目を回しているが、どうでもいい。 何時ものパターンだ。吟遊詩人が何か強請る時は妙にしおらしい。 戦士はこの後の展開を思い浮かべてウンザリした。恐らく戦士が却下するような内容だ。問題はその後で、いくら却下しても吟遊詩人は「狩りも買い出しも頑張るからお願い!」と絶対に諦めない。これがさっきの『頑張るお願い』である。 「狩り場でも変えたくなったか?」 「あー、いや・・・・・・むしろ変えなくていいっていうか変えたくないんだけど、その・・・・・・」 言葉を濁して吟遊詩人は愛用のバギバックパックを探る。こちらの顔色をちらちら窺いながら取り出した物に、戦士は眩暈を覚えた。 「拾っちゃった」 それは、てへっと可愛く言う吟遊詩人の両手と同じくらいの大きさの白い卵。一見すれば守護動物の卵にも見えるがそんな訳がない。戦士の記憶が正しければ、それはドロイカンの卵だった。 スクールに在学していた頃習った覚えがある。本来ならば卵が生まれた後は母親が孵るまで温めるのだが、極稀に何らかの理由で砂浜や狩り場に卵が流れ着くことがある。 「捨ててきなさい」 「まだ飼いたいとも育てたいとも言ってないだろッ」 「じゃあ言わないのか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・言うけど」 今度こそ本格的に頭痛を感じた戦士は、どうしたものかと思案する。過去のお願いは装備が欲しいだの何処に行きたいだの、まだ叶えられる範囲だったから良かった。 しかし今回は訳が違う。生きてるモノの、しかもモンスターだ。 おいそれと許す訳にはいかない。 だけど、向こうも頑として譲らないだろう。曲がりなりにも吟遊詩人。この困った相方は例に漏れず生き物に対する慈悲の心が深い。 狩りの時はモンスターだと割り切っているが、この卵の様に無抵抗となると犬猫の如く接しようとする。 「俺達は冒険者だ。 モンスターは倒すべき敵。 確かに戦いを望まないモンスターもいるだろう。 それは認める」 「だったら・・・・・・!」 「だが、その卵の中身がそうだと保証できるか? 絶対に人を傷つけないと断言出来るか?」 「俺が面倒見る! 責任持って育てるから!」 予想していた言葉に戦士は息をつき、鋭く吟遊詩人を睨む。戦闘の時と同じ眼差しに吟遊詩人は気圧され、ぐっと言葉を飲み込んだ。 「自惚れるな。 それで人が死んだらお前はどう責任取るというんだ」 戦士の低い声はいつだって温かかった。綺麗なテノールで、まるで音楽を奏でているみたいだと思っていた。 その声が今は冷たい。 自分がとんでもない事を言っているなんて分かっている。だけど、放って置いたら卵がどうなるかも知っている。 「・・・・・・・・・スクールで、習ったよな」 息すら吸いにくい空気の中で、ポツリと吟遊詩人は呟く。 アメットに隠れていて戦士の表情は分からない。それでも吟遊詩人はきっと顔を上げて戦士を真正面から見据える。 「流れ着いた卵は死んでしまうって、教わったよな」 外敵から身を守る術を持っていない卵に待ち受けてる未来は一つしかない。 「それが自然の摂理だ」 「でも俺はこの卵を見つけた。 助ける力だってある。 目の前で死にかけてる命をそのまま放って置きたくないんだ」 守るように卵を胸に抱いて、吟遊詩人は祈るような気持ちで泣き出したいのを必死で堪えた。泣いて喚いて懇願するなら赤ん坊と変わらない。意志を伝えられない子供じゃない。 全てを守れると思う程傲慢じゃないが、目に映る命だけでも助けたい。そのために魔術師としての力を捨てて転職したのだ。助けられるものを守るために。 「万が一の時の覚悟は出来てるんだろうな?」 もし孵化して成長して害を成すようになった時。 被害が出る前に息の根を止められるか。 「やる。 俺が、止める」 「愛着が湧いて出来ませんなんて泣き言、聞かんぞ」 「そんな女々しい事言わない!」 むきになって反論すれば、戦士がぷっと吹き出した。さっきまでとは別人の様にくっくっくと笑いながら吟遊詩人の頭を撫で回す。 「わッ、ちょ、やめろって!」 「今の言葉、忘れるなよ」 最後にくしゃっと髪の毛を握ると、戦士は荷物を持って立ち上がった。 言葉の繋がりが読めずにぐちゃぐちゃ頭の吟遊詩人はぽかんと口を開ける。 「宿の人にばれない様にだけ気をつけろ」 「え、それって・・・・・・」 「お前が狩りも買出しも頑張ってくれるんだよな?」 「・・・・・・勿論!」 逆光で悪戯っ子の様に微笑む戦士はやっぱり良い男だなと思いながら、守護動物を頭の上に乗せて吟遊詩人も立ち上がった。 |