今しがたシャワーを浴びて温まってきたばかりだというのに、戦士は全身の血が引いて行くのが分かった。迂闊だった。
こればっかりは確認しなかった自分のミスだ。今更駄目だなんて言えるはずもない。

「・・・・・・お前も賢くなったよ」

本の少しの皮肉を込めれば、ベッドの上の吟遊詩人は嬉しそうに笑う。

「俺だって成長してるもんね〜」

戦士は腹いせの如く、賛同するかのようにぴぃと鳴いた守護動物の上にバスタオルを落とした。抜け出そうと足掻く守護動物を吟遊詩人はバスタオルごと顔の前に持ち上げる。

「八つ当たりされて可哀相に」
「なんならお前宛てでも構わないが?」
「冗談。 壊れちゃうよ」

そんな訳あるかと、戦士は鼻を鳴らした。
吟遊詩人が少しバスタオルをずらしてやれば、涙目になった守護動物の顔が現れる。主人の顔を見て安心したのかもう一度小さく鳴いて、いつもの定位置である頭の上によじ登った。

「あーあ、すっかり怖がっちゃって。 優しくしてやってよね」
「生憎だが本日の優しさは完売しました」

戦士は吟遊詩人の隣のベッドに何時もより荒々しく座りこむ。元々戦士は余り感情を行動に表さない性質なのだが、この時ばっかりは吟遊詩人に一本取られた事が余程悔しかったらしい。眉間に皺を寄せる戦士が妙に可愛く見えて仕方がない。精神的に有利に立つとこんなにも余裕が出るものなのかと、吟遊詩人は酷くご機嫌だった。
それもそのはず。吟遊詩人の枕元にはタオルで丁寧に包まれた卵が二つ。ルケシオンダンジョンで戦士に見せた物意外にも、実はバックの中にもう一つ入ってたのだ。

「私は一切手を出さないからな」
「懐かれたらどうするのさ」
「簡単な事だ。 懐かれない様な事をすればいい」

そこの守護動物みたいにな。
にやりと意地悪く笑って見せれば、頭の上の守護動物が震え上がる。

「まるっきり子供じゃん」
「そっくりそのままお返しするぞ」

それもそうだと吟遊詩人はけたけた笑う。戦士はそれを見て怒りを納めた。やっぱり吟遊詩人は笑っている顔がいい。
本当の所、戦士は今回だけは却下するつもりはなかった。あそこで卵を捨てても持ち帰っても、吟遊詩人にとって辛い結末がある事には変わりがない。ならば頭ごなしに否定するのではなく、納得のいく現実を見せてやればいいと考えたのだ。そうすれば吟遊詩人のお願いも少しは少なくなるんじゃないかと淡い期待も込めて。
そこまで考えて、私も随分と絆されたと戦士は自嘲する。どんなに大層な理由を並べても、結局は吟遊詩人が少しでも笑ってくれる選択を選んだだけなのだから。

「私はもう寝るが、寝ぼけて卵を割らないようにな」
「そっちこそご飯代わりに食べないでよね」
「明日のメニューを楽しみにしてろ」

とにかく今日は疲れた。
隣で喚く吟遊詩人を無視して、戦士はシーツの中に潜り込んで早々に意識を手放した。





「・・・・・・!」

眠りに入ってから時計の短針が二週しかしてない頃、微かな気配を感じて戦士は飛び起きた。枕元のカンテラに灯をつけて吟遊詩人を叩き起こす。

「起きろ、孵るぞ!」
「ぅん・・・・・・、ッて嘘?!」

吟遊詩人も完全に覚醒して慌てて枕元の卵を振り返る。凝視すれば確かに二つとも卵が動いている。中から蹴破ろうとしているのか、段々激しく左右に揺れ始めた。
転げ落ちないかハラハラしている吟遊詩人は何度も手を伸ばすが、その度に戦士に止められる。
実際はとても短い時間だったと思う。卵の殻が最初に剥がれ落ちてから二匹が産声をあげるまで、酷く長く感じられた。

「う、わあ・・・・・・」

この時ばかりは、戦士も吟遊詩人の気持ちが理解できた。
産まれてきたのは小さな小さなドロイカンマジシャンとドロイカンナイト。常にあの巨大な身体の方を見慣れてるだけあって、掌サイズのドロイカンは非常に可愛らしい。泣き声はか細いものの、それでもやはりどこか雄々しかった。
二匹が全身をぷるぷると震わせて羊水を弾く姿を見て、吟遊詩人はタオルでドロイカンナイトの身体を拭いてやる。

「ほら、ドロマジの方もやって」

ぽいっと投げられたタオルを反射的に受け取ってしまった戦士は、寝る前に宣言しただけにどうも気まずい。狩り中は冷静な判断をてきぱきとする癖に今はあーだの呻いて挙動不審だ。
目線をドロイカンマジシャンに向ければ、きょとんと大人しく戦士を見上げている。戦士の中で決意が大きくぐらついた。

「早く拭いてあげなよ。 別にそいつをずっと面倒見てって言ってる訳じゃないんだから」

その言葉に後押しされるように、戦士はおずおずとドロイカンマジシャンの身体を拭き始めた。当たり前なのだが鱗はまだ柔らかく、温かかった。壊してしまわないかと戦士は慎重に少しずつ拭き取っていった。
拭いてもらえるのが気持ち良いのかドロイカンマジシャンは目を細める。

「結構様になってるじゃん、お父さん」

吟遊詩人は胡坐をかいて、膝の上にドロイカンナイトを乗せていた。ドロイカンナイトは綺麗になって満足したのか戦士の手の動きをじっと見つめている。

「馬鹿を言うな。 ほら終わったぞ」

後は知らんとばかりに戦士はドロイカンマジシャンを抱えて吟遊詩人の膝へと移動させようとした。だがしかし、ドロイカンマジシャンは戦士の腕に噛みつき離れようとしない。抱える手を離しても食らい付いたままプランと必死で垂れ下がる。

「懐かれたね」
「・・・・・・・・・・・・」
「懐かれない様な事をするんじゃなかったっけ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ知るか」

抱き直す戦士は眉間に皺が寄ってるが、不安げに見上げるドロイカンマジシャンの頭を優しく撫ぜる。それを見て吟遊詩人は微笑ましい気持ちになった。

「お? お、お、お、お?」
「今度はどうした」
「ドロナイが急に暴れだして、・・・・・・っと」

抑えきれなくなった吟遊詩人の膝の上からぴょんと飛び出したドロイカンナイトは、何だか怒っていた。殺気を感じたものの所詮は生まれたて、二度目のヘルを越えた戦士にとっては怖くもなんともない。
小さな槍を構えるドロイカンナイトはやっぱりと言うか戦士に襲い掛かった。戦士は少し横に身体をずらして攻撃を避ける。するとぼふっと音を立てて、ドロイカンナイトが背後にあったベッドにダイブする形になった。

「わわ、大丈夫?!」

慌てて駆け寄る吟遊詩人には何もしないで、ドロイカンナイトはひたすら戦士を睨み付けた。

「どうしたんだろ・・・・・・」
「大切なお仲間が苛められてると勘違いしたんだろうな」

戦士がひょいっとドロイカンマジシャンの首根っこを掴めば、またもやいきり立って飛びかかってくる。同じようにして戦士がかわすと、今度は隣のベッドへとダイブ。

「馬鹿だな」

人間の言葉が分かったとは思えないが悪口を言われたと察知したのか、ドロイカンナイトはぴーぴーと騒ぐ。否定できなかった吟遊詩人はドロイカンナイトを宥めにかかった。ひたすらオロオロするのはそっぽを向く戦士の腕の中のドロイカンマジシャン。

「もう、しょうがないなあ。 宿の人に怒られたら責任取ってよね」

吟遊詩人は荷物の中からハープを取り出してポロンと弦を弾く。その音につられたのかドロイカンナイトが急に大人しくなった。流れるように音を奏でればさっきまでの威勢はどこへ行ったのやら、ちょこんと吟遊詩人の隣に座りこんだ。
響くは子守唄。
隣の部屋に迷惑がかからないよう極力音を抑えて、けれどそれが逆に心地良いメロディーとなる。一曲終わる頃には、二匹のドロイカンはすっかり熟睡していた。

「腐っても吟遊詩人か」
「五月蝿いよ」

再び流れる子守唄に戦士は耳を傾ける。穏やかに微笑む吟遊詩人の顔を見ながら、たまにはいいかと夜が開けるのを待った。