ドロイカンの成長は想像以上に早かった。一週間と経たない内に吟遊詩人の腰元まで育ち、宿に隠せなくなってきたのだ。
食べる量も半端じゃなく多かったため、近くの森で現地調達した方が良いと言う結論に至った。二人は早々に宿を引き払ってルケシオン森の一角に陣取って野宿をし始めた。

「目の前に町があるのにな」
「たまにはいいじゃん、こんなのも新鮮で」

まあなと戦士は傍らのドロイカンマジシャンに果物の山を差し出した。嬉しそうに一声高く鳴いてから頬張る姿は、生まれた時と比べて大分大きくなったとは言え可愛いのは変わらない。
すっかり懐いてしまったドロイカンマジシャンを無下にする訳にもいかず、戦士が世話をする事になった。やる前は愚痴愚痴言ってたものの、いざやり始めれば戦士は甲斐甲斐しかった。元々真面目な性格だからそんな予感はしてたが、いざ目の当たりにすると何だか母親の様に見えたのは内緒だ。

「ほら、お前も食べるか?」

その様子を羨ましそうに見てたドロイカンナイトにも同じように果物を差し出す。こちらも吟遊詩人には懐いているし、戦士にも余り敵意を剥き出しにする様な事はなくなった。
喧嘩友達みたいなものかなと戦士に怒られそうな事をぼんやり思う。ドロイカンナイトが戦士にちょっかいをかける理由を知っていたが、それを認めると寂しくなるので考えないようにしていた。

「・・・・・・おい、どうした」

もそもそパンを食べていると、急に戦士が怪訝そうな声をあげる。視線の先には身体を丸めて震えるドロイカンマジシャン。
吟遊詩人は目の前が真っ暗になった気がした。

「まさか・・・・・・」

食べかけのパンを落としたのも気にせず吟遊詩人は傍らに膝を付き、そっと背中を撫でてやる。苦しそうに呼吸をするドロイカンマジシャンが顔色を窺うように見上げると、安心出来る様に微笑んでやった。

「大丈夫だよ。 怒ったりしないから」

ドロイカンマジシャンは申し訳なさそうに小さく鳴くと、その場で嘔吐した。食べたばかりなだけに量も多く何度も何度も戻した。
吟遊詩人は汚れるのも構わずにひたすら背中をさすってやる。少しすると落ち着いたのか、吟遊詩人によりかかる様にして目を閉じた。

「・・・・・・・・・悪い」

音を立てないように戦士は水とタオルを吟遊詩人に渡した。吟遊詩人は首を振って受け取り、まずドロイカンマジシャンの身体を拭く。その後に手をくの字に折り曲げる事で受け皿変わりにして水を注いだ。ドロイカンマジシャンの口元に持って行けば軽く首をもたげて弱弱しく舐める。全部飲み切ったらまた同じようにして満足するまで繰り返した。

「ごめん、俺のせいだ」

俯く吟遊詩人の口は重い。こうなる事は分かっていた。
ドロイカンは水辺の生き物だ。こんな森の中で隠れるように暮らしていたら、水分不足になるのは目に見えていたのに。
分かっていて選んだ代償がこれとは笑うに笑えない。唇を噛み締めるとそれに気付いたのか、うっすらを瞼を開けたドロイカンマジシャンが吟遊詩人の頬を舐めた。もう一度きゅうと鳴いて、今度こそドロイカンマイシャンは瞳を閉じた。

「・・・・・・ッ!!」

どうして。
どうして。
責めてくれた方がずっといいのに。
自分をこんな風にした人間を、何で。

「こいつの体力が回復したらルケシオンダンジョンに行こう」
「・・・・・・」
「もう、分かっただろう?」
「・・・・・・・・・・・・分かってるよッ」

最初から、全部分かっていた。
それでも決め付けたくなかった。

「ごめん、ごめんな・・・・・・」

吟遊詩人の手からタオルを奪って、戦士は嘔吐物を拭き取ってやる。荷物をまとめて出発の準備をして。謝り続ける吟遊詩人の頭を引き寄せて時が来るのを待った。
視界の端でドロイカンナイトが眠っている同族を心配そうに覗きこんでるのが見える。