「な、に・・・・・・・・・コレ」 吟遊詩人だけではなく戦士も開いた口が塞がらない。 こんな事があっていいのだろうか。 戦闘体勢に入るのも忘れて二人は立ち尽くした。夜明け前に人目を憚って決行したのが裏目となったのだ。 視界を埋める程のモンスター。 何時もは聴こえる漣の音がモンスターの息遣いに押し込められ、彼らの雄叫びはそれだけで凶器だった。地面が見えないくらい沸くなんて、今のマイソシアではモンスターキャッスルだけだと。ルケシオンダンジョンがこんな風になるはずがないのに。 「・・・・・・逃げるぞッ!!」 戦士の声に弾かれて全員一斉に駆け出す。それを合図にしたかの様に、モンスター達が咆哮を上げた。 地震とも思える地鳴り。何十、いや三桁を超えるかもしれない数が追いかけてくる恐怖。 吟遊詩人は震える奥歯を食いしばった。 「殿は任せろ! 待機所を目指すんだ!!」 戦士はくるっと向きを変え、後ろに迫っていたパワーマレックスを薙ぎ払う。気が込められた剣からは炎が表れて、切ると共に焼いていった。刃を返して振り下ろされたラティメリアの爪を弾き心臓を貫く。 自分の間合いにモンスターが入ってこれない距離なのを確認して、再び走り出してはまた応戦する。聖職者がいなければこの数はまともに相手するだけ無謀というものだ。こちらに気が向く様に戦いつつも、戦士はモンスターとの距離を段々あけていく。 そうして何とか逃げ切った矢先に事は発覚した。 「ドロマジがいない・・・・・・ッ!?」 膝を付いて息を整えていた戦士はすぐに立ち上がる。吟遊詩人の隣にはドロイカンナイトしかいない。どこではぐれたのか。吟遊詩人が記憶の引き出しを空けても出てくるのは恐怖しかなかった。 「俺が探してくる。 お前らは待機所に隠れてるんだ」 戦士はカプリコ肉を口に放り込み咀嚼する。いくらか体力が回復したのを感じながら、今来たルートを頭の中に思い描いた。海沿いを着たから変な風に動いていなければ見つかるはず。 「俺も行く!」 「駄目だ。 またソイツを危険に晒すのか?」 「ドロナイだって行きたいって言ってるもんッ」 そんな馬鹿なと思ったが当のドロイカンナイトは血気盛んに飛び跳ねている。これで置いてくなんて言ったら、もはや十分な殺傷力を持ったその槍に貫かれかねない。 「・・・・・・守る事だけを考えてろよ」 吟遊詩人は返事の変わりになけなしの魔力を使って補助をかけた。まだまだ甘い自分を一笑し、戦士は元来た道を歩き始める。 最初に見つけたのは戦士だった。 自分達の他にもパーティーがいたのに驚いて、意識を向けたのだ。聖職者と盗賊と魔術師のトリオだった。どうやら一戦終わった後らしく労いの言葉をかけあっている。 そのまま通り過ぎれば何も気付かなかった。 気付いてしまったのは幸せだったのだろうか。 「このドロ小さいね」 「私も初めて見たよ〜。 こんなのいたんだ」 何気ない会話。 聞こえるかどうかの距離、吟遊詩人は気付かなかった。 けれど戦士はそれに足を止めた。 吟遊詩人が止める間もなく戦士はパーティーにつかつかと歩み寄る。向こうの聖職者を押しのけて足元を見れば。 息絶えていたのは小さな、小さな。 「行き成り何すんだよ!」 聖職者を庇う様に盗賊がつっかかってきた。普通に考えればそれは当たり前の行為だ。パーティーから見れば、何の理由もなく仲間がつき飛ばされた事になる。理不尽な暴力に腹を立てても責められはしない。 「謝る事も出来ないのッ?」 「何とか言ったらどうなんだ、おい!」 魔術師にも怒鳴られ、盗賊に肩を掴まれた戦士はゆらりと動いた。刹那、不審に思う間もなく盗賊は地面に叩き付けられる。 実際は戦士に頬を殴られたのだが、余りにも速すぎる一撃に思考が追いつかなかった。痛みを感じる前に盗賊は気を失い泡を吹く。投げ出された四肢は何度も痙攣した。聖職者も魔術師も現状を飲み込めずに固まっていた。 盗賊が倒れた事により視界が開け、吟遊詩人にもやっとそこで何があったか理解できた。 どこか冷めた頭で、ただ、ああ遅かったんだな、と。 「っいやあああああああああ!」 一番最初に我に返ったのは魔術師だった。聖職者の泣き叫ぶ声に反応して盗賊に駆け寄る。意識のない身体を庇う様に胸に抱き込んで、キッと戦士を睨みつけた。 「何なのよアンタ! 私達に恨みでもあるの?!」 気丈に振舞う魔術師を、戦士は冷たい目で見下ろす。底の知れない深い色に魔術師はぞっとした。 一体自分達が何をしたというのだ。 早朝に狩りをしにきて、モンスターを倒して。 たったそれだけしかしてないのに。 何故こんな。 「まだ、一週間だったんだ」 脈絡のない言葉に魔術師も気が触れそうになった。 頭が可笑しいんじゃないか、この戦士。 訳が分からないのに、動いたらそれだけで殺されそうな気がした。 「やっと元気になったばかりで、これから・・・」 これから、生きていくはずだった。 このルケシオンという場所で。 仲間のドロイカン達と暮らして。 時に冒険者と戦ったりして。 食べて、眠って、成長して。 生きていくはずだったのに。 「知らないわよそんな事!!」 吐き捨てられた言葉に、戦士の中で何かが音を立てて崩れた。それまでの静かさが嘘の様に激昂する。 「ふざけるなッ!!!」 「ひッ・・・!」 一喝されて魔術師はぼろぼろ泣き出す。 「何なのよぉ・・・ッ! ちょっと、貴方コイツの仲間なんでしょッ? 何とかしてよ!!」 魔術師は傍らに立って傍観している吟遊詩人へ助けを求めた。が、早々に望みは叶わないと直感的に悟る。 吟遊詩人は微動だにせず、さっきまでの戦士に負けず劣らず虚ろな眼をしていたのだ。 いかれてる。 いっそ気を失えたらどんなに良いだろうと、魔術師は自分の精神力の高さを呪った。がたがたと震える聖職者の元まで無様に後ずさりした魔術師は、嵐が過ぎるのを待つしかなかった。 「・・・・・・・・・おいで」 吟遊詩人が歩き出すと身体を引き摺る様に後ろをついてくる音が聞こえる。肩を怒らせている戦士の横に立つと、吟遊詩人はドロイカンナイトの背中を押した。だがドロイカンナイトは怯えた様に首を振る。 澄み渡る空の様な水色の皮膚を自身の血で真っ赤に染め上げたその姿は、別の生き物に思えたのだ。それは確かに吟遊詩人が拾った卵から孵り、戦士が世話をしたドロイカンマジシャンだった。 「良い子だから、お別れを言おう?」 ドロイカンナイトは恐る恐る同胞の身体を鼻先で突付く。何度突付いても反応が返ってこないと分かると、今度は体の下に槍を挿し込んで上体を起こしてやった。ぐったりとした身体を一生懸命に支えるのだが、バランスを崩した拍子に音を立てて倒れてしまった。 閉じられた瞼の上に砂がかかったのを見て、ドロイカンナイトはぺろぺろと舐め取ってやる。けれど、瞳が開かれる事はなかった。 「キュアアアアアアッ」 まるでフルートの音色だった。 ドロイカンナイトは空を仰いで、高く、大きく叫ぶ。その声は悲痛に満ちているのに綺麗な声で、ダンジョンの隅まで響き渡った。 「見て、モンスターが・・・・・・」 ふと周囲を見渡せば円を描く様にモンスターに包囲されている。マレックスやサコパリンク、ラティメリア、パワーマレックスにビックマレックス。マップに入った時と同等、否それ以上の、ひょっとしたらこのマップにいるモンスター全部が集まっているんじゃないかと疑う程だった。誰を襲うでもなく、泣き続けるドロイカンナイトを食い入るように見つめていた。 ドロイカンナイトの悲鳴は止まらない。その内に、モンスターの中からもぽつりぽつりと吼え出すものが出てきた。 最初は曖昧に、次第にはっきりと。やがて一つのカノンとなった。繰り返される弔いの歌声。 それは余りにも荘厳で、悲しすぎた鎮魂歌だった。 「凄い・・・・・・」 「ああ、こんな事ってあるんだな」 神秘的なその光景に目を奪われて二人は気付かなかった。 もし気付いていたらと後悔するだろうが、それでもどうなったかなんて誰も分からないのだ。 それでも人は後悔を止めない。 後悔する事で忘れないために。 気付けたのは、ただ。 |