やたらと大きい蚊を蹴り飛ばしたら、反動でふらついてしまった。体力、技術力共にもうすっからかんだ。頼むからもう起き上がってくるなと念じると、それが通じたのかモスキャプテンと呼ばれる蚊は息絶えた。漸く休憩を取れる事にほっとして思わず座りこむ。
つい勢いに任せてルアス森の奥の方まできたけど、ここはまだ早過ぎた様だ。一匹倒すだけでも疲れてしまう。
とりあえず体力だけでも回復しておこうと、鞄の中を漁る。師匠の家の薬品棚にあるだけの回復剤を持ってきたから結構重い。中から一つのヘルリクを取り出すと、自然と顔がにやける。

師匠がくれたヘルリク。

見送ってくれた師匠の笑顔は可愛かった。聖職者に相応しい穏やかな顔は見るだけで安心できる。時たま辛辣な言葉も飛び出す口からは、それなりに尊敬に値する話だって聞ける。何より聖職者としての腕は絶品だ。
弄ばれる事も多いけど、彼女の弟子になれて良かったと思っている。
本人の前では絶対言わないけど。

コルクを抜き取ると、微かに漂うスパイシーな香り。
・・・・・・・・・スパイシー?
恐る恐るフラスコの口を鼻先に持ってくると、やっぱり匂いの元はヘルリクらしい。嫌な予感がしたけれど開けたからには飲まなければ。意を決して俺は一気に呷る。

「――――――――ッ!!」

辛・・・・・・ッ?!
辛い辛い辛い辛い!!
俺は喉を押さえながら思い切り咳き込んだ。
ありえない、何だこのヘルリク・・・!
これじゃあ丸っきりタバスコじゃないか!!
それでも一応体力は回復してる辺りが遣る瀬無い。
一体何をいれたんだ師匠・・・ッ。

漸く辛さが収まった頃には大分疲れていた。このまま狩りを続行する気にもなれず、とりあえずお昼にする事にした。俺が狩りに行く時は必ず師匠が弁当を持たせてくれる。師匠の料理は絶品だ。
わくわくしながら弁当箱の蓋を開けると・・・。

「くさッ!」

反射的に閉めてしまった。
ありえない。
弁当箱にあるまじき匂いだったぞ・・・!
もう一度チャレンジしてみると、さっきよりは鼻が慣れたのか割と平気だった。見た目は良いのにそれを裏切る匂いが食欲をなくす。この分だと味もきっと、いや、考えるのはよそう。匂いがどうあれ師匠が作ってくれたのに変わりはない。

「・・・・・・・・・頂きます」

そして俺は地獄を見る事になる。





通りすがりの聖さんに蘇生してもらって、俺は目を覚ました。
喉はヒリヒリするわ頭痛はするわで散々だ。もう精神的にぐったりしてきた俺は早々に帰ろうと思ったが、鞄の中には大量の薬が残ってる。せめて使い切るまでは頑張ろう。折角持ってきたしとグビグビ飲みながらやっていたのがいけなかったのかもしれない。

「―――――――ッぐ!?」

ごくんと喉を鳴らした瞬間に襲い掛かる灼熱。液体が通った体の中が燃える様に熱い。熱いというより、さっきのヘルリクで痛んだ喉が大ダメージを受けてシャレになってないんだよ・・・!俺は思わずの地面をたうち回った。

「こ、れ・・・・・・酒?!」

俺がステリクだと思っていたその琥珀色の液体はどうやらかなり度の強い酒みたいで。こんなの飲酒してる人だって滅多に飲まないだろう。
俺ははっとして容器を凝視する。さっきのヘルリクと同じく、このステリクは師匠がくれたものだ。納得したと同時にふつふつと怒りがこみ上げてくる。
自慢じゃないが俺は未成年だ。酒なんて経験はないに等しい。師匠はそれを分かってて仕込んだに違いない。一気に飲んだせいで酔いがあっという間に回ってきて、怒りよりも吐き気が勝ってきた。ぶっちゃけ昼に食べた物がアレなだけに・・・お察し下さい。

(やっば・・・・・・ッ!!)

曲りなりにもここは狩り場。
そして今は丁度ナイトモスにタゲられている。

「ちょ、ちょッ・・・・・・タンマ!!」

迫りくる鋭い槍から逃げる術もなく。
ミルレス森に俺の叫び声が空しく響いたのであった。